イワテバイクライフ 2004年8月前半
8月15日(日)
空の蒼さは秋。彷徨う雲は夏。濃淡陰影の秩序崩れ、唐突な雨、とりつくろう陽射し、やがて金色の夕暮れ。 @八幡平
確かに 青森県の十三湖をめざしていたのだが、 先の読めない黒い空と 正気とは思えない雨の激しさを避けるうち、 すっかり、ルートを外れ、 八幡平の山頂にいた。 雲は雄大、山並み遙か、 道は、うねり波打ち、 愛機は、軽やかなタービンとなって 絹ずれの如く回転を上げていく。 この日この場所に至った 宝石の手触りを愛しむうち、 ついにイワテから出られず、彷徨い、 30リッターのガソリンタンクと心は みるみる軽くなっていく。 |
8月14日(土)
大陸の高気圧は秋を運ぶそれで、雲はことごとく崩れ、ときほぐされ、たなびいた。 @玉山村
明朗な挨拶と 温厚な笑顔を絶やさず、 過不足なくうなずき、 意見など拷問されても述べ立てず、 酒は、ほどほどで、 けれど、野卑な笑いは心得て、 芸は無く、仕掛けも、すかしも無く、 丸腰で、やりこめられ、困って笑い、 ひたすら酌をしてまわり、 邪魔にならず、役にも立たず、 片隅に座り、周りの話に目を輝かせ、 居眠りし、忘れられ、 気が付けば、 翌朝、一人イワテを走っている。 (いいんだね、これで) |
8月13日(金)
墓参りの朝。おもいのほかに降る雨。昼前に陽射しが戻るが、暑さがピークを過ぎたことは明らか。 @玉山村
岩手に親類縁者は無い。墓も、まだ無い。 あるのは、ここで生きていくという思いだけ。 雨の中、馴染みの里へ向かう。 血縁の幻を求めて走る。 里のひとコマにカメラを向けていたら、 軽トラックが停まる。眼光鋭く農夫が問う。 「おれの家を撮っているのか?」 「いえ、この風景が気に入ったものですから」 「くるみの木と、トレーラーだな」 「はい、そうです」 「よし、撮っていけ、入選するぞ(笑)」 私は、あたたかい雨と涙に濡れて 里を離れたのでした。 |
8月12日(木) 帰省ラッシュのピーク。今日の岩手に降り立って「涼しい」と感じたら、もう、よその人。こんなものではない、はず。 @湯田町(錦秋湖) |
タンクの中をのぞく。 給油口すれすれにハイオクガソリン。 (うれしいなあ) で、出勤前の230分、 往復150kmの岩手散歩。 秋の匂う澄んだ朝風に Vツインの波動を楽しむ。 スロットルに伝わる筋肉質な駆動。 全身を包む淡麗な火炎のゆらめき。 鉄の重さを制御し、行く先を定める充実。 この安らかな走りは、 バイクの性能ではない。 岩手という大地の性能。 地形の恵みがもたらす快走。 大らかに奔放に踊り続ける道に寄り添うだけ。 |
8月11日(水) 乾いて澄んだ朝を迎えた盛岡は、真夏日を離れ、うっすらと秋の気配を雲に漂わせた。 @宮守村(寺沢高原) |
風景も歳をとるのか。 牧草の種を播く人が老いても 牧草地は今年も緑の風に輝く。 木立は朽ち果てても、 新たな草木が根を張り、 すがすがしい朝を丘にもたらす。 牛は、大地に養われ、肥え太る。 人が、牛を飼い、牧草の種を播く限り、 この丘がおわることはない。 過ぎ去った風景から離れられず、 今朝の眺めの爽快に、たじろぐのは 私が歳をとったからだ。 |
8月10日(火) 各地、真夏日。午後3時13分頃、盛岡でも縦揺れ二波。宮古市、野田村で震度5弱の地震。 @雫石町 |
女教師には、 よほど鼻持ちならない小学生だったのか、 よく立たされた。 立たされる理由に興味はなかった。 非難され、孤立することには、 生まれながらに覚悟ができていて、 廊下に流れる冷えた時間に、 さっさと身を置いた。 蝉の鳴き声は間近にあふれ 教室の出来事など遠い世界で、 校庭に焼き付く鉄棒の影を眺めるほどに 何か、美しい音楽が生まれるようで、 誇らしかった。 そのように、微笑みを浮かべて突っ立つ私は、 ますます女教師に嫌われた。 |
8月9日(月) イワテ大陸、ほぼ、くまなく真夏日。皮膚を伝う汗のなまぬるさにも慣れたが、夕刻、大気は常軌を逸し、局地的な大雨。 @七時雨山 |
山は笑ってくれない。 いくら待っても、 深くうつむくばかりだ。 (眠れなかった) まんじりともせず 病室の君のことを考えていた夜、 秋の虫が寄り添った。 やがて、すんだ風にのって この地にトライアルバイクの音が弾ける。 せめて、その日までに、 友よ、笑ってくれるか。 |
8月8日(日) おそらく命を削る炎天だったのだ。日陰で息をひそめるか、病院のベッドに横たわるか、現状維持で精一杯。 @岩手山麓(春子谷地) |
友人が倒れた。 秋田の病院で意識不明。 夏の怒りは、絨毯爆撃となって 空一面に積乱雲を叩きつける。 天空に爆裂音が轟く。亀裂がはしる。 混濁する時間を耐える。 夕刻、それでも光は残されていたから、 単車の重さを路上にひき出す。 風の中でリヤシートにたずねる。 (あんた、何歳だったんだ) 自らまねいた雷に、夏雲は轟沈し、 消え入りそうなイワテの稜線が浮かび上がった。 |
8月7日(土) 朝方の雲は、つまり、霧だったことが、しだいにわかる。寒気団と陽射しが大気を攪乱し、雷雨へ一触即発。 @宮古市(亀ケ森) |
夏草の茂りは、 何をかくまっているのか知らないが、 腐乱の気配を風にしのばせてくる。 鳥か、イタチか、カモシカか、 あるいは、 崖下から這い上がろうとして こと切れた単車乗りか。 ここで土にかえる以外に 身の振り方のない夏の午後たちよ。 せめてガソリンの匂いでも立ちのぼり、 ライターのひとつも持っていたら、 火葬の手はずなど整ったかもしれないのだ。 |
8月6日(金) 前夜の雷雨は、一夜明けたぐらいでは気が済まない。重い雨粒はビタビタと、メコンデルタの朝のようだ。 @小岩井農場 |
まぎれもなく、 今朝も、ここは、イワテなのだが、 毎日が澄み切っているわけではなく 毎日が輝いているわけでもない。 重く濡れるばかりの日もある。 絵地図に描かれた理想郷でもあるまいし、 失望や落胆をあげつらっていては、 走り出せない。 (いいではないか) この地が、この先、 いったいどれほどの雨を吸い続けるか 知らないけれど、 私は、ずぶ濡れとなり、 受け止められる雨という雨を身に纏い、 雫という雫をしたたらせ 止まることさえ難儀なほどに 重い風になろうではないか。 |
8月5日(木) 終日、薄雲に覆われながら、盛岡は2週間連続の真夏日。平成11年以来5年ぶり。 @雫石町 |
曇天の国道を3馬力が行く。 いつもの沿道が駆け寄り、山並みが移ろう。 かつて、遠く離れて思い焦がれたイワテが、 今、よどみなく現れる。 (奇跡だ)と思う。 (いや、これは現実だ)と言い聞かせる。 御所湖から鶯宿温泉に向かう。 湖畔のストレートにさしかかり、速度が落ちる。 言いようのない寂寥に包まれる。 何かに追い越され、次々に追い越され、 愛する大地に取り残されていく私が見える。 四半世紀前の私の夢まで 疾風となって脇をかすめ、彼方に消えた。 (いいんだよ、これで) スローダウンの風の中で、 すべてを見送った後におとずれる安息を思う。 |
8月4日(水) 昨日の熱気が払われ、束の間涼やかな朝も、いつしか白濁の真夏日を宿す。盛岡は13日連続の真夏日。 @紫波町 |
寝苦しさを逃れ、居間に布団を移した。 網戸を通して夜風はレースのカーテンを揺らす。 草木の吐息を鼻先に受けて、熟睡。 おかげで5時半に目がさめた。 製氷皿から氷を落とす音も憚られる。 アイスティに蜂蜜をとかす。 さて、腹が減った。 家人が起き出してきて、温麺を作ってくれた。 (有難いな) 滝の汗を流して食べる。 3馬力は滑らかに田園を行く。 朝風は涼しく、かすかに雨滴を感じる。 紫波町の新山に上がるが、霞んで展望は無い。 色あせた緑の中を蛇行して人里に下れば、 歳月を重ねた暮らしの匂いが嬉しい。 |
8月3日(火) 振り切りたい夜のなまあたたかさは、朝になって沈殿し、やがて陽射しに燃え上がり、真夏日。夕暮れの穏和な雲に秋を思う。 @玉山村 |
(氷山が来る。 一角を浮き沈みさせながら、氷山が来る) だから、丘の上で息を吸う。 吸って吸って、深く吸って、なお吸って、 イワテの至福とともに吸って。 胸がはちきれんばかりに吸って。 (氷山が来る。 一角を浮き沈みさせながら、氷山が来る) だから、丘の上で息を吐く。 吐いて吐いて、ゆっくり吐いて、なお吐いて、 歳月の音色を奏でるように吐いて、 苦しさに身をよじれば、 やがておとずれるものは、 氷山の体積と質量をめぐる おそろしくも、かなしい記憶で、 あふれる涙にあえぎながら、 吹き渡る朝風を見つめるばかりです。 |
8月2日(月) 岩泉で35度を越えても、ニュースにすらならない今年の夏。麻痺か疲弊か、炎天の寡黙はさらに深まる。 @馬返し登山道へ向かう道 |
重い愛機に、ごく軽いヘルメットで跨った。 風を切る音が大きい。エンジンの鼓動が近い。 岩手山麓のロングストレートで 高度を上げていくと、陽射しが背後から迫る。 逃げ場の無い道端で僕らは焼かれていく。 蟻が一匹、坂を下っていく。 下りきる前に夜になって朝になり夜になる。 蟻には、タイムリミットなどあるのか。 出勤前のライダーは時計を睨みながら 馬返しの登山口まで走って引き返す。 さっきの蟻を追い越す。 誰かが呼び止める声がした。 振り向いても、岩手山は雲の中だった。 |
8月1日(日) 朝の曇り空と、かすかな涼風に気を許していると、やがて機械仕掛けのように夏空は現れ、イワテを焼いた。 @田野畑村 |
テレビでは政治討論のどうどうめぐり。 僕は、風の通り道に陣取り、 冷えた床板に大の字になる。 曇間からの陽射しが 庭木と組んで日陰をもたらす。 気付くと君も同じ座布団を枕に 反対側に寝ころんでいた。 (涼しいねえ) (夏の家だったね、やっぱり) この家の間取りを 30センチの定規一本で、たった数日で まとめたのは、5年前の夏だった。 夏に設計した家か、冬に設計した家か、 専門家が見れば、すぐわかるらしいよ。 (だから、冬は、寒いものね・・・) |