イワテバイクライフ 2008年 2月前半
2008年2月15日(金)
眩しいばかりの青空の下で、最高気温は+0度5分。風は強まり、地吹雪を誘い、ほぼ真冬日。 @盛岡市
今夜の酒のためなら、 似合わぬ仕事も引き受ける。 美味い肴のためなら、 意地のひとつも捨ててやる。 決別するためなら、 縁の無い輩と肩組んで歌う。 真の暦のためなら、 退屈な年間計画を是認する。 風になるためなら、 言動を削ぎ落として軽くなる。 この空のもとなら 行く先の無い道に歩き出せる。 |
2008年2月14日(木)
うっすら粉雪をまとって夜が明けた。踏めば、きしきし音を立てる雪。午後には青空も見えたが、制空権は冬雲が握った。 @岩手山麓
いったい、 どれだけ失点を重ねれば気が済むのだ。 コールドゲーム寸前のマウンドで なお一人相撲に酔いしれる者よ。 味方のベンチにすら見捨てられた者よ。 すでに捕手はサインも出さず、 野手は打球を追うこともない。 その惨憺たるフィールドの真ん中で、 自らをエースと言い張る者よ。 (私は、急に、お前を支持したくなった) 人は、自らの愚かしさと無力さに どこまで無自覚でいられるか 確かめたくなったのだ。 おそろしいほどに無益で かなしいほどに汚れた姿を 見届けたくなったのだ。 ポップコーンを頬張りながら、 残酷な力投に声援を送る悪魔になったのだ。 (さあ、果てし無い「ノーアウト満塁」だぜ) |
2008年2月13日(水)
この冬二番目の真冬日(盛岡で最高気温−3度5分)。うっすらと積もった新雪が、夕闇にキシキシ音を立てる。 @盛岡市
季節とともに 朽ち果て 消えていくものばかりではない。 移ろう時の中に 滲み出す色がある。 去年の紫陽花は、 ひっそり、うっすら、 ブラウンに染まっていた。 銀世界にこそ浮き立つ色かもしれない。 それを セピア色の過去と見るか、 かすかな未来の血色と見るか。 花びらは今日の寒気に凍り、 触れるだけで砕けてしまいそうだ。 春を迎えれば、 再び柔和な命が宿り、 雨を吸って紫に染まるというのか。 |
2008年2月12日(火)
最高気温+2度7分(盛岡)。雪もとけてきたが、風のある曇天は、ことさらに冷える。夕闇とともに吹雪。 @花巻市(トライアルパーク)
「いいですか。 無茶はしないでくださいよ。 春本番を前に 怪我をしては、困ります。 バイクを壊しても、困ります。」と やさしく諭してくれたばかりの師匠が、 いきなり岩場に難問を出した。 きつい旋回の連続と 道筋の読めない岩の群を駆け上がるのだ。 てっきり熟練ライダーのF氏に向けた 出題と思ってたいたのだが、 「さあ、どうぞ」と、トライを促された。 (足が震える) その頂に上がったことすらない私には、 過分な挑戦に思えた。 けれど、達人の練習問題には、 必ず安全に走破できる道筋が隠されている。 人を信じ、己を信じ、 息をためて、ゆっくりとセクションへ入った。 (三度目にクリーンした) 眼下に師匠の拍手が見えた。 階段をひとつ上がった気がした。 この日を忘れまいと、 貪るようにクリーンを出し続けた。 |
2008年2月11日(月)
もう最低気温がどうであれ、春へ地滑りを起こしているのだ。薄日と柔らかい大気に包まれるほどに、わかる。 @滝沢村(トライアルパーク)
迫る夕闇を気にしながら、 ベテランの背中を追った。 嬉しいことに、瞬間、同じことが出来る。 けれど、追いついたことにはならない。 未熟な私は、 その瞬間の前後を 支配出来ていないのだ。 越えるべき場所までの道筋。 越えてから辿る道筋。 それらが、ひとつの流れになって それぞれの「瞬間」は本物になるのだ。 (さながら流麗闊達に踊る筆の世界だ) 止まるのではなく、息をためるのだ。 抜くのではなく、心を一点に残すのだ。 全体に気をみなぎらせながら、 力むことはない。 自在な間合いと心の動きが 思い描いた以上のラインを残すのだ。 ともあれ、 春を思うことさえ憚られる北国の二月に 瞬間とはいえ、 冬を越える一滴の墨を残せたようだ。 |
2008年2月10日(日)
深夜の雪化粧も、最低気温−1度8分(盛岡)で、やがて水浸し。午後には薄日も射して街は乾いた。 @盛岡市
見晴らしが無ければ 走り出す意味も無いのか。 (では、現れるまで待つがいい) 温もる光が無ければ 求める心も生じないのか。 (では、空を眺めて待つがいい) 仲間が揃わなければ、 ひたすらに先送りなのか。 (では、手紙を送り待つがいい) さて今日の私に必要なものは、 大地の手応えと 大気の息遣いと この五体の感覚。 目を閉じても途絶えることのない世界。 地図には載っていない心の道筋。 けして凍ることの無い血流。 説明のつかない轍の行方。 黙々彷徨う至福の時間。 |
2008年2月9日(土)
夜空を覆う雲もなく、最低気温−9度9分(盛岡)。日中も、まさに青天井。贅を尽くした陽射しに最高気温は+2度4分(盛岡)。 @盛岡市
どうやら、 どんなものにも、 ちょっとしたコツがあるらしい。 そんなこととはツユ知らず 私は、コツコツ続けるばかりだ。 何が降ろうと積もろうと、 コツコツとね。 何を失おうと誤ろうと、 コツコツとね。 誰に嘲られようと罵られようと、 コツコツとね。 憎むべきものの息の根を止めるまで コツコツとね。 偽ものが大口を叩けなくなるまで コツコツとね。 門番が口籠もり扉を開けるまで コツコツとね。 馴合いのピラミッドが崩れ去るまで コツコツとね。 死んでなお手を休めない凶器となって コツコツとね。 (氷河を砕くのさ) |
2008年2月8日(金)
青空の在処は風まかせ。冬雲は流れ、乳白色の時間が断続する。冷えた大気が切り裂かれ、晴れる瞬間の至福。 @岩洞湖(盛岡市・玉山区)
もぎ取られ、 持ち去られ、 沈められた夢が 今朝も夢に出て来たから、 その埋葬現場にやって来た。 (安らかなはずはない) あの日、 獣の手で髪を掴みあげられ、 頭を氷に叩きつけられ、 湖底に沈められた私を 私は助けられず、 ただ、泣きはらした。 もはや、 あの悪魔も歳月の彼方だが、 無残に呼吸を止められた私は、 ここに眠ったままだ。 厳冬の静寂に耳を澄ませば、 凍ることを拒む怒りが、 冬に楔を打つ音がする。 春の名を借りた復讐の熱が 束の間の平穏を とかし、崩していく。 |
2008年2月7日(木)
最高気温+2度(盛岡)。晴天続きで、南の縁側や幹線などは、乾いて埃っぽくなったが、日陰の氷は蒼白く健在。 @岩手山麓
深夜のカウンターで、 僕らは、いささか酔っていた。 しきりに誰かを非難する声がする。 その方向に口を開こうとして、 言葉を飲んだ。 隣の椅子で、 こちらの話を凝視する影がある。 とっさに会話の後輪を流して カウンターを当てた。 (それは君の思い違いさ。彼は立派だよ) なるほど、何処かで誰かが、 僕の本心を探っている。 軽蔑していること。 憎悪していること。 計画していること。 進行していること。 そして復讐のこと。 |
2008年2月6日(水)
薄雲ににじむ青空や陽射しに、どうも真実味がなかったわけだ。僅か0度1分の差で真冬日(盛岡)だった。 @花巻市
少し時間を手に入れた。 迷わず山に入った。 雪と泥にまみれた。 ぶっ倒れるまで走った。 荒い息の波が、凪となった頃、 小雪が舞い出した。 大気一面を覆う氷の羽は、 降下することを忘れ ただ揺らめくばかりだ。 (莫大なそれぞれのスローモーション) その一切を心に受け入れると、 深い安息が訪れた。 昨日のことも、明日のことも 宙に揺らぐ一片の雪に思えて来る。 日々のひとつひとつは、 曖昧に漂うだけだが、 やがて、定められた場所を得て 大地と和解し、春の水となるのだ。 答えの無い私の今日も、 いつか、どこかに受け止められるのか。 とけて流れて、 透明な春の一滴になるのか。 |
2008年2月5日(火)
朝方、所により吹雪いた。憂鬱な冬雲は、嘘のように流れ去り、上々の青空が広がった。 @花巻市(トライアルパーク)
山は、一面の銀世界だった。 練習を諦めて帰ろうとした。 そこに花巻のヒデさんが現われ、 雪かきを始めた。 ヒデさんは、さながらブルドーザーだ。 私も、箒でパウダースノーを払った。 今日の土俵が現われた頃、 したたる汗から湯気が立っていた。 もの静かなヒデさんは、 私より7歳も若いが、ずっと大人だ。 漠然と走る私の欠点を、じっと見ていて、 言葉少なに指摘してくれる。 やんわり痛いところを突かれる。 立ち往生する私を見て、 ヒデさんが、本気を出した。 思いもかけない角度で はっとするラインを描き、私を励ます。 たったひとりの生徒は、 幾万の観客となって歓声を上げ、手を叩き、 空を仰いで笑った。 |
2008年2月4日(月)
どうりで温厚な青空だった。立春の日の最高気温は3度1分(盛岡)。幹線道路の乾き具合も上々。 @盛岡市
いいですか。 守れない約束など けして、しないでください。 砂粒ほどの不確かな要素があれば、 口約束など、やめてください。 幸福に飢える者は、 あなたが口にする甘い未来に すがりついて生きる他ないのですから。 約束が、みるみる崩れていくなんて、 それはもう残酷な仕打ちなのですから。 (どうか、捨て置いて下さい) 人は、自らが想像できる不幸には、 どうにか耐えられるものですから。 99パーセントの青空など、 どうでもよいのです。 1パーセントの暗雲こそが、 すべてです。 |
2008年2月3日(日)
最低気温・氷点下9度(盛岡)が氷に磨きをかけた。最高気温・2度6分(盛岡)と脆弱な青空では、解凍に至らず。 @滝沢村
それは、異国の国際線ロビーだった。 私は、黄色いアロハシャツに短パン、 被る野球帽まで黄色といういでたちだ。 おまけに 見慣れぬ貨幣の束を 両手に握っているのだから、 目立たぬわけがない。 あたりの人ごみから声が上がる。 「日本人」を指す無数の蔑称が飛び交う。 人種という人種の鋭い視線が刺さって来る。 とりわけ怒気のこもった声に振り向くと、 自動小銃を抱える老人が、 浅黒い拳を震わせ私を見据えている。 その場に日本人は私ひとりだった。 もはや険悪な檻の中だった。 逃げられないと悟った私は、 銃口に向って歩き出した。 大論争の果ての和解を思って微笑むと、 夢は、そこで途切れた。 |
2008年2月2日(土)
この真冬に、1度9分(盛岡)まで気温が上がってくれれば、それはもう楽だ。まして青空があれば充分だ。 @滝沢村
俺はね、 こうしていて、ふと思ったのだ。 この大切な時を失うくらいなら、 何か大切なものを捨てられるか、と。 この愛しい場所を離れるくらいなら、 取り返しのつかない決心が出来るか、と。 天地のあるがままに立ち会う日々は、 俺に許された最後の救済なのだから、 おそろしいほどに迷いはないのだ。 この安らぎのためなら、 悪魔にだって、なる。 |
2008年2月1日(金)
かろうじて真冬日にはならなかった(盛岡)だけで、走行風に混じる夕暮れの寒気は針となって刺してきた。 @盛岡市
(光は、闇の中に生まれる) 求めるもの一切が 持ち去られた時、 目の前を塞ぐのは、 絶望の戸板一枚だ。 終った、と思えば、 漆黒の闇をかすめる音も無い。 もしや、と思えば、 白銀の地平から届く風の口笛が聞こえる。 網膜を縦に切り分ける光の帯が見えてくる。 かすかな命を予感して 戸板を蹴破れば、 どうだ、 間近に迫るこの海は。 轟々たる風が白波を叩きつけてくる。 どうだ、 宇宙が滲むこの空は。 めらめらと雲を朱に染め燃えている。 どうだ、 呆然と佇むこの私は。 未だ何ひとつ始めていないことを知る。 (嗚呼、夜すら千切れ吹き飛んでいく) |