イワテバイクライフ 2008年 2月後半
2008年2月29日(金)
一気に緩んだ大気。最低気温+0度8分、最高気温+5度6分(ともに盛岡)。季節の大断層は、夕暮れの雨に濡れた。 @盛岡市(天峰山)
そうかい「のけもの」にされたのかい。 それは、おめでとう。 つまり、もう君を縛る掟は無い。 作り笑顔で従うべき退屈な行事も無い。 間断なく送りつけられる招待状も無い。 (形骸につきあう不幸よ、さらばだ) つまり、もう君は利用されない。 役に立つところだけ持ち逃げされない。 絆の保障の代償に貢物を要求されない。 (使いまわされる不幸よ、さらばだ) つまり、もう君は監視されない。 誰かの利害に添い寝する必要など無い。 己の言動の過不足に怯えることもない。 (身構え縮んでいく不幸よ、さらばだ) さあ、人影もまれな道程だ。 がらんとした孤独こそ、落ち着きそうじゃないか。 助けの来ない現実こそ、ひとり立つ証じゃないか。 |
2008年2月28日(木)
うっすら雪化粧して夜明け。まもなく青空。そして陽射し。最高気温+3度2分。けれど周囲の山は雪雲に支配された。 @盛岡市(天峰山)
いつもの場所だから 何を眺めるわけでもない。 今日の風が 私の頬に何を運んで来るか、 じっと目を閉じ待つだけだ。 (嗚呼、針の如き地吹雪よ) いつもの愛機だから、 走りを試すわけでもない。 今日の轍が 思い描いた通りのものか、 じっと道を振り返るだけだ。 (嗚呼、這い上がった私よ) いつもの時刻だから 太陽を探すわけでもない。 今日の心が 存分に光を呼吸できたか、 じっと西の空を仰ぐだけだ。 (嗚呼、轟々と寄せる闇よ) |
2008年2月27日(水)
最低気温・氷点下3度5分(盛岡)は本当か?湿ったうすら寒さは肌を刺した。日中の青空など心を温もらせることもない。 @岩手山麓
同じ力に頼り過ぎてはいけない。 道は刻々変化するのだ。 次の瞬間、 その力が過ぎたものになるか、 あるいは、 不足するものになるか、 イメージすることだ。 うまくいっていることは、 いつか破綻へ向かう。 うまく過ぎ去った感触を 後生大事に握り締めていてはならない。 昨日の力に安住していると、 新しい事態に臨んで修正もままならない。 ただ慣性に従い滑って転んでいくだけだ。 (だから、君よ) 絶えず「新たに動き出す瞬間」であれ。 今掴んだバランスを間断なく捨て去れ。 次の瞬間を果てしなく掴み取れ。 新しい力を無数に繰り出せば、 やがて確信のハーケンとなる。 めざす方角を手元に引き寄せる。 ついには不動のレールとなって 白銀の彼方へいざなってくれる。 |
2008年2月26日(火)
朝方は小雪が舞い、街は白く染まっていた。一転、日中は青空。夕刻は雪になれなかった雫に濡れた。 @花巻市(トライアルパーク)
かつて、 家族を盛岡に残して、 900km離れた街で働いていた。 月に一度、 飛行機で岩手に帰った。 空港に接近するほど、 低空飛行の機窓から、 花巻近郊の里山や早池峰山が見えた。 裏道の一本一本、集落の一軒一軒、 食い入るように見つめた。 この大地の人間になれる日を待ち焦がれて、 私の未来を俯瞰する思いで凝視した。 (あの時、この山も視野に入っていたのだ) 今、岩手の手応えを車輪に掴み、 私は、空に向かって跳んでいる。 嗚呼、あの日々の私よ。機上の私よ。 今日、ここにいる私が見えるか。 岩手で得た大切な友と 道を拓いている私が、 その窓から見えるか。 |
2008年2月25日(月)
とくに積雪もなく、−7度3分の最低気温が氷を引き締めたまま、どこか薄ら寒い一日。最高気温は+1度6分(盛岡)と低調。 @盛岡市
凍った圧雪路を行く。 前後のタイヤを「一直線」と心得、 すっと前方へ押し出していく。 その繰り返しだ。 湿った雪の道を登る。 後輪に体重をあずけて押さえ付け、 駆動に合わせ両足で雪を蹴る。 その繰り返しだ。 やがて深雪の急坂だ。 愛機を降りてハンドルを押し上げ、 あと10mあと5mと念じる。 その繰り返しだ。 ついに決断の場所だ。 焼けただれた肺に寒気を吸い込み、 自らの遺影を狂った様に撮る。 その繰り返しだ。 反復される命の営みが、いつ絶たれようと、 微塵の悔いも残さぬほど、今日もやった。 (その繰り返しだ) |
2008年2月24日(日)
ところによって未明の強風、あるいは吹雪。盛岡などでは、うっすら雪化粧した程度で、日中は青空ものぞいた。 @岩手山麓
告発すべきことはある。 けれど、証人台に立っている時間は無い。 太陽は、瞬く間に位置を変えていく。 抹殺すべきものはある。 けれど、埋葬の穴を掘っている暇は無い。 吹雪は、瞬く間に眺めを変えていく。 忠告すべきことはある。 けれど、正しい方角を示す余裕など無い。 人間は、瞬く間に道程を変えていく。 |
2008年2月23日(土)
どす黒い空から、雨が吹き付けた。夕刻の大気を破る雷鳴。大荒れの気配。風雪注意報。 @岩手山麓(「馬返し」間近)
コヨーテが吠えるたび 夜風が走り、焚き火が踊る。 炎をかすめてウイスキーの瓶が舞い戻った。 私の酒だったが、 中身は、相棒が飲み干していた。 「どうにも気に入らねえ」 薪を放り込むように彼は話し出した。 「俺が牛を追って長旅から帰ってみると、 見慣れない野郎が親方の隣におさまっていた。 何十年の付き合いのような口をきいていた。 親方の考えに平然と意見した。 どこか遠い都会の口調だ。 親方は、それを嬉しそうに聞いていた。 おかみさんを寝取られたことも知らずに、 親方は何でも相談した。 やがて、ヤツが一切の糸を引くようになった。 俺達を監視する目は高利貸しのようで いつも値踏みされている気分だ。 気障な口髭は詐欺師みたいだ。 だがな、ヤツにも劣等感はあったのさ。 馬に乗る姿は、まったく不格好だった。」 相棒は、その件(くだり)に辿り着くと 間もなく寝息を立てた。 馬の話をしたいばかりに、 いつも、どこかで聞いたような物語を始める。 炎は、ふっと笑って消えた。 |
2008年2月22日(金)
雲ひとつ無い青空で一日は始まった。午後の曇天の予報など信じられなかったが、結果的に小雪まで舞った。 @盛岡市
いきいき語り合っていると、 誰かを傷付けるらしい。 挙句の果てに人権問題だ。 (一升酒をあおって激論する時代ではない) 会話もままならない者が基準なのだ。 のびのび振る舞っていると、 誰かが嫌がるらしい。 挙句の果てに破廉恥罪だ。 (裸で肩を組み応援歌を叫ぶ時代ではない) 他人に触れたことのない者が主役だ。 どしどし事を進めていると、 誰かが寂しいらしい。 挙句の果てに疎外の罪だ。 (無策の者を置き去りにする時代ではない) 心の傷の治癒が優先される決まりだ。 (さて、春へ、そろり参ろうか) 凋落の歴史が仕掛けた罠に油断めされるな。 遠い昔、祭の夜店で買ったお面など被り、 花の季節へ逃げ切ってみせようか。 |
2008年2月21日(木)
早朝の小雪で一面の化粧直し。ほどなく広がった青空のもと、春の雪はとけて消えて、昨日と大差の無い夕暮れ。 @岩手山麓
幼い頃の記憶なのか、今朝見た夢なのか、 どうも判然としないのだが。 村はずれのススキの原に 着流し姿の若い男が立っているのだ。 夕日は、まさに夜の波に飲まれるところで、 青白い横顔を紅色に染めていた。 風が吹き渡る天地の境界線で、 男は、紙に何かを書きとめては、深く嘆息する。 その様子を見ていた村の子供たちが、はやし立てる。 「やあい、文士気取り」「やあい、詩人気取り」 男は、切れ長の目を子供達に向けた。 「そうかい。お前達にとって、 それらは、そんなものなのかい。 ならば、本当にそれらしいものを見せてやろうか」 幾万羽のカラスが鳴き出したように思えた。 空は光と闇を巻き込み混濁した。 男の赤い眼球は爆発的に膨らみ、飛び出した。 腹はガマ蛙のように張り詰めると、 内側からメスが縦に入れられ、 どす黒い蛇が臓物にまみれて溢れ出した。 (坊や、よく見ておくんだよ) 男は血飛沫を上げて蛇を貪り食った。 |
2008年2月20日(水)
寒さに身構える心を、からかう様に空気はやわらいだ。朝方、湿った雪がうっすら積もったが、これとて束の間の客だ。 @盛岡市
さすがに朝飯の時間だ。 夜通し続いた砲撃が止んだ。 塹壕の中には雪解け水が流れ込み 死者の血がとけて、どす黒い。 「なあ、新しい将軍のことを知っているか」 隣の塹壕で誰かが声を上げた。 「知っているとも」 後ろの塹壕に煙草の煙が揺れた。 「戦略の一切を変えるらしい」 「なら、安心だ」と別の声がする。 「要するに雲の上を変えるわけだ」 鉄兜で何かを炒める音がする。 香ばしく弾ける音に 古参の声がまじる。 「銃の撃ち方まで変えるわけじゃない」 私は、泥の様なまどろみの中で呟いた。 (そうさ、殺し合う流儀は、変わらない) |
2008年2月19日(火)
まあ冷えましたよ。バリッと凍ったまま夜明けでしたよ。けれど、束の間広がった青空には春が匂ったのです。 @花巻市(トライアルパーク)
夕方の会議を控えた師匠と二人で 早めにウオーミングアップを始めた。 小雪が止み、雲が払われ、陽が射した。 濃厚な青空が広がる頃には、 花巻の猛者・ヒデさんと、 全日本選手権に燃えるユウジ君が加わった。 それぞれのトライが熱を帯びてくる。 滞空時間の長い跳躍が続出する。 そこに、イーハトーブトライアルの戦友二人。 ヤマダさんとポッキーさんが到着。 山は、俄然、活気に満ちる。 昼食後の練習が佳境に至ったところで、 師匠がマシーンを降りた。 「帰りたくない。ずっとここに居たい」と 山を振り返りながら帰り支度に入った。 ヤマダさんとポッキーさんも、続いた。 湯気が上がるほど汗に濡れたところで、 マシーンの泥を落し始めると、 ヒデさんとユウジ君が、 見事な手際で撤収していく。 ひとり山に残された。 雪の中に片づけるべきものを見渡す。 少しでも余韻に浸っていたくて、 ゆっくり今日の後始末をした。 |
2008年2月18日(月)
最低気温−7度9分は、季節の意地だ。けれど、最高気温+2度6分は、動き始めた季節の事実だ。 @盛岡市(天峰山)
一度、岩手を離れ けれど岩手に生きることを心に決めて、 お前と900km走って岩手に戻ってから 9年が経とうとしている。 以来、暮しの土台を築くことに追われ、 働くことで一角を占めることに夢中で、 絆を結び、根を張ることに懸命だった。 一緒だったはずのお前のことなど、 実は、ひたすら後回しだった。 ところが、どうだ。 厳冬の雪原に飛び出すお前は、 今日も怯むことなく 一日が終る場所へ私を運んで来るのだ。 迷い無く、揺らぎ無く、 歳月を見渡す丘に私を導いたのだ。 (よく、ここまで来たな)と私を労うと 自らの火を消し、 凍てつく風に黙って吹かれている。 (ようやく、わかった気がするよ) お前の堅牢な骨格の意味が。 お前の獣の様な足の意味が。 お前の燃え盛る炎の意味が。 私が、新たな地平を思い描くまで 歳月の吹雪の中で じっと待つ強さだ。 待ち望むその日が、何時やって来ても、 全てを出し切る強さだ。 |
2008年2月17日(日)
なお天気安定。鷹揚な青空と陽光は、冷えた風さえとかして、冬のピークが過ぎたことを知らせる。 @岩手山麓
宇宙へミサイルが発射された。 それを、さっさと告げると、 もうスポーツニュースだ。 再起不能の国家財政の次は、 破綻した二人の会見だ。 高齢社会を巡る残酷の直後、 いい気なグルメ三昧だ。 テンポよく、音楽に乗せ、他人事の様に、 考えさせない。論じさせない。 指摘させない。波を起さない。 不眠不休で流れる現象の欠片。 偏執的な私見が氾濫する市場。 暴動の兆しすら匂わない夜風に、 ほくそえむのは誰だ。 先送りされる真実の凄まじさを隠し、 この地上を篭絡するのは誰だ。 蝋燭一本燃え尽きる間、 暗澹たる明日に向き合う忍耐を嘲笑うのは 誰だ。 |
2008年2月16日(土)
最低気温−8度8分は、最高気温+0度1分まで回復。眩しいほどの青空が頑張った。 @岩手山麓
祭を仕切る黒幕は、君の心を見逃さない。 新しい御輿を探す目に、君は好都合なのだ。 (美しいだけのお人よし) その厄介な劣等感に支配される者は、 高い所をめざす。 名誉を欲しがる。 権威に接近する。 理想を熱弁する。 親派を優先する。 批判を憎悪する。 敬意を期待する。 黒幕には、 その軽さが好ましい。 担ぎやすい。 無難な日々を祈るだけの輩にとっても、 担ぎやすい。 君が精魂を傾けることは、 城の外壁を素敵に飾る程度のことだから。 土台を揺るがす話にはならないのだから。 所詮、ひとりのプライドを満たす祭だから。 (おあつらえ向きの御神輿なのだ) |
愛機:ホンダ ベンリィ50S