イワテバイクライフ2003年10月前半
「盛岡は、周囲の森にすんなり続いていく街」だと 誰かが言っていた。 高松の池は、さしずめ、森への中継点。 街を離れようとするライダーにとっては、 裏木戸のような所なのだけれど、 めずらしく、その角に佇んだのは、 秋の色合いではなく、 枯葉一枚も許さぬ気合いや、 気ままな繁茂すら許さぬ志を感じたから。 風まで清掃されていたから。 |
なぜだろう。 岩手に届く光線は、圧倒的な透明度で 見たこともない陰影を顕わしていく。 純度の高い風景に向き合うことで 絶望すらとけていくような気がする。 「何故、また、岩手なのか」と問われる度、 「おそらく、決定的に光が違うのです」と こたえることにしている。 けれど、困ったことに、 光に救いを求めるほどの病は、 到底言葉に出来ない闇の記憶と 相場が決まっているのだ。 |
イーハトーブの秋にまみれた翌日だから 精も根も尽き果てていたのだけれど、 雨音を聞きながら生業の仕込みなどする。 夕刻、家の照明で切れた電球5個を 黒石野のホーマックで調達。 ほったたかしにしていたものに やっと灯りをともす情けなさ。 緑が丘の坂を上田に下れば 雲間に岩手山。 50ccに飛び乗ったのは17時前。 シルエットに収まったお山は、 「もう、そっとしておいてほしい」と言うばかりで、 すがるようなものを探すうち、 とりあえずの灯りに出くわした。 |
同窓会の日って、ワクワクしません? 「秋トライアル」は、まさに同窓会。 8月の「イーハトーブトライアル」の記憶を辿りながら 「あの日」とは違うイワテに出会う一日。 主催者、万澤安央さんの言葉。 「本当にやりたかったトライアルです」 「気を入れて作ったセクションです」 「魂を入れて下見しなくちゃ」 「大切なことは、出口に辿り着こうという気持ち」 「基本を身につけたライダーは、 (爺さん婆さんになっても)下手にならないんです」 「野戦」という言葉が浮かぶ。 技やセンス以上に、 生きて進むことへの執着が 結果をもたらすのですね。 |
仕事のリサーチで釜石へ向かう。 久しぶりの三陸だが、 心は、その途中の秋に向く。 収穫しきれない程の紅葉の連続に 300kgに迫る愛機を停める理由を失い、 やっと止まったのは、 小便を我慢できなかったから。 見渡す限りの孤独に、カラスが鳴く。 狼も鳴いたような気がして、 身支度に慌て、振り向く。 私の体温に濡れ、やがて、朽ち果てていくのは、 季節の葉ではなく、私の終末。 嗚呼、生きて帰ろうじゃないか。 |
モーターサイクルで走っていると 道にとける、という感覚が、ある。 タイヤが路面に馴染み、 エンジン内部の爆発、回転が筋肉を纏い、 車体の質量が、道や地形の変化に同化していく。 そのような感覚は、 たいてい雑念の無い日にやって来る。 光と風を静かに呼吸する私を 優しく丘の向こうに運んでいくのも、また私。 先回りする私と導かれる私を感じ続ける時間。 途切れることなく 秋晴れにセンターラインは流れ、 いつもの道に新たな記憶が刻まれる。 |
玉山村から西根町の裏道を辿る。 田園地帯は、秋晴れの朝に 爽快なクリームイエローでこたえている。 けれど、問題は、頭を垂れる穂の中身だ。 農業共済組合の損害評価員が、 ニコリともせず、稲穂を手に乗せ見入る。 「厳しい。いつもの年の半分だ」 共済金は、万が一の天災に備えた保険。 保証されるまでには、二重三重の審査・手続きが待つ。 損害評価員の登場は、 その、ほんの序章だという。 稲作農家の長い秋を思わずにいられない。 |
紅葉は、教えられて見に行くものではない。 罠を仕掛けた猟師の様に 確かめに行くものだ。 雲は無造作に影を走らせ、日溜りを追い込む。 求めた色は、先送りされ、もしかしたら、 二度とめぐり逢えない。 闇とまでは言わないが、 秋空の一寸先は、まあ、わからない。 ひとつ先のカーブや、まして明日のことなど。 冷えた風に涙が流れ、瞬きを繰り返す時、 全身に施したプロテクターが、 死に装束に思えてくる。 センターラインを奔放に横切り、 色付いた藪へ飛込む野性の尻尾を見送る。 |
安代町の「田山ドライブイン」で キノコとイワナの料理を見学・試食。 食材は71歳のお爺ちゃんが近所の山からとって来る。 ひとシーズン4千匹近い魚を釣り上げ、 毎朝、大きな籠いっぱいのキノコを詰めて帰ってくる。 「米と塩さえあれば、何日でも山に入っていられる」 そんな口癖のお爺ちゃんが 開店35年の味を支えている。 イーハトーブの秋を満喫する 「秋トライアル」は12日(日)。 食事は、件のドライブインで 「キノコひっつみ」と「イワナの唐揚げ」。 思いを更に深めて本番まで5日。 秋の森にコーステープを重ね、 「クリーン(減点ゼロ)」のイメージを楽しむ。 |
「今年の紅葉は早い」 安代に暮らしてきた爺様が言い切る。 「霜で、紅葉は傷む」とも。 すると、見頃ですか。 たまたま仕事で立ち会った秋。 ブナ林にさしかかって、 雨が降り出した。 森の中なら雨はしのげる、と思った。 けれど、葉が落ちかけている森は、 破れ傘のように肩を冷たく濡らす。 進むか、戻るか、決めかねて とりとめのない身の上話は続く。 |
行かなければならない所へ行けないのは 悲しい。 山の向こうに大切な人が待っているのに 岩や倒木や谷に阻まれて進めないのは、 せつない。 スコットランドの原野で、 大切な人に思いを届けられず、 君は自らの力に向き合い、一日泣きに泣いて、 進み続け、走破することの意味を知った。 オートバイトライアルは、そうして生まれたのだと、 僕は信じている。 終日、滝沢村でトライアル修行。 |
一日、空の曲折を辿った。 燦々たる滝沢村の牧場地帯に始まり、 トライアルパークや天峰山、 北上山地で雨上がりの夕暮れを迎えるまで、 2台の単車を乗り継ぎ、 ひたすらにイワテの光線を追った。 1秒前と1秒後の風景は、まるで別世界で、 流れる雲の中に太陽の現在地を睨む。 たかが風景を、そこまで追わせるイワテ。 シャッター音は、的はずれな対空砲にも似て 雲の彼方に散っていく。 気付けば、880枚撮っていた。 |
風が強い。 30リッターをタンクに満たし、錨(いかり)とする。 安代町の田山ドライブインをめざし、 田代平にさしかかる。 なだらかな牧草地に挟まれ 愛機を休ませる。 秋の光線を反射し、 騒々しくハレーションを起こす大地が、 みるみる押し黙る。 広大な雲の影が、彼方から押し寄せ、 濡れた皮膜が目前に迫る。 陰影の津波に備え、道端で息を詰める。 仕事の予定はさておき、 週末の目論みまで流されないように ぎゅっと拳を握る。 |
「まわり道 DETOUR」 そんな映画があった。 恋人に会うため ニューヨークからハリウッドまで ヒッチハイクで旅を続けるラウンジ・ピアニスト。 彼を拾った一人のドライバーが、 旅の途中心臓発作で死亡する。 警察を恐れた彼は、 死んだ男になりすまして旅を続けるが、 運悪く死んだ男の知り合いの女を拾ってしまう。 1945年公開。 監督:エドガー・G・ウルマー。 |
畦道でコンバインの動きを眺める。 冷夏の記憶を飲み下すように、 稲穂は消えていく。 実りの質量は、 育てた者が一番よく知っている。 遅れて来た陽射しに コンバインの農夫は、 怒るでもなく、悲しむでもなく、 ありのままを収穫していく。 |