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イワテバイクライフ2003年10月後半


10月31日(金)
温厚な晴天に終始した日。けれど、朝方の切れた透明度を語る者は少ない。 @昨日と同じ場所(岩手山東麓)


  父親も転勤族だったから、
  ひとつの土地に、せいぜい4〜5年、だった。
  信州、会津、千葉、会津、横浜、
  佐賀、甲府、名古屋、東京、広島、盛岡。
  名古屋、そして、再びの盛岡。
  
  「何故、それほどに岩手を求めるのか?」
  訝しげに問われることがある。
  言葉を探し、意を尽くし、説いたところで
  今朝の澄んだ走行風には、及ばない。

  さんざんの涙の果てに救われた、この大地。
  一人その懐に向き合う時、確信の嵐に包まれる。
  
  だから、近頃の返事は、ことさらに手短で、
  「マタギが山に入るみたいなものさ」
  

10月30日(木)
強い風は、白い雲や黒い雲を攪拌させ、アスファルトを黒く濡らし、さんざんな不機嫌のあげく、小心な青空。 @西根町(背後に姫神山)


  一段と雪を纏った岩手山を
  間近に見ておきたかった。

  焼け走り溶岩流に続く
  いつもの道を駆け上がると、
  山は、乱気流に包まれ
  踊るばかりで流れることを知らない雲に
  稜線の視界を阻まれる。

  我慢強い時が過ぎ、ふと振り返れば姫神山。

  あなた方は、いつもそうだ。
  イーハトーブの大地にあって、
  そんな役回りなのだ。
  

10月29日(水)
湿った曇は、青空に「なりゆき」を譲る度量もなく、求心力を失い、瞬間の陽射しなど許しながら、夕闇を濡らす。 @小岩井農場


  雨合羽なんて、
  パンク修理剤程度の保険に思っていた。
  
  イワテに再び暮らし始め、
  天候に関わりの無いバイクライフに慣れると、
  それは、もう、まったく必需品で、
  身をくるむ手間も苦にならなくなる。

  50ccの愛機は、
  クロームメッキの輝きにハーレーにも似た
  矜持をあらわすのだが、
  雨の中に飛び出す時、
  背負うものは何も無い。

  濡れた秋の色をタイヤに巻き付け、
  時速45km/hを楽しめば、
  捨てて手にする自由の、何と爽快なことか。
  

10月28日(火)
早朝の晴れ間は、早々と幕を引き、印象不鮮明な一日は、やがて小雨に黒く濡れて。 @盛岡市茶畑1丁目(十六羅漢公園そば)


  私が、新しい玩具を買って貰う度、
  君は、そんなものつまらない、とそっぽを向き、
  翌日、同じ玩具を持っていた。

  私が、先生に図画を褒められる度、
  君は、そんなものつまらない、とそっぽを向き、
  翌日、同じ構図の絵を描いた。

  ああ、懐かしい君よ、私と表裏の君よ。
  今、どうしている。

  久しぶりに君に会いたくて街に出たけれど、
  政治の嵐が吹き荒れて
  思わず神社の木立に逃げ込んだよ。

10月27日(月)
放射冷却は、やがて燦々たる陽射しにとけ出し、平年並みの秋晴れ。  @玉山村


  ことさらに賛美し、
  ことさらに否定し、
  そうすることで、
  かろうじて立っていられるものの難儀。
  
  もし、叶うことなら、歳月の彼方に、
  同じこの道に通りすがるかもしれない
  あなたと私にとって、
  昨日のことなど笑い話に過ぎない。

  すべては、心の中の出来事。
  賛美するほどに虚しく、
  否定するほどに悲しい。
  所詮、同じ空の下。


  この秋一番の冷え込み。盛岡で初霜・初氷。
  

10月26日(日)
空は蒼く、軽やかな雲の白さなどモダンで、猶予された秋ののほほん。@県北の山中


  ハイオクガソリンは、瞬間、秋晴れを見上げて
  タンクに満たされた。

  咆哮は、いつにも増して乾いて野太く、鋭い。
  前方の秋晴れに口を開け、
  気持ち加速するだけで、胸は蒼く染まっている。

  絵はがき然とした高原の孤独をさんざん撮る。
  望みとあれば明日もそこに立てる幸福。

  走り回って、燃費はリッター16.5km。上々。
  だから、空になった燃料ボトルはそのままに、
  束の間、初めての森に入る。

  山頂の青空や紅葉を見上げて追うほどに
  枯れ葉に夜が匂う。

10月25日(土)
薄曇り。時折の陽射しは、燃え尽きる秋の色を鮮明にする。 @葛巻町袖山(そでやま)高原の奥


  キックスタートしたのは、昼前だった。
  
  2サイクルオイルを新品に入れ替えたKTMは、
  すこぶる滑らかな巡航。

  北上山地、標高900mの高原牧場を4つほど
  繋いで夕暮れ。
  名古屋の高層ビルから思い焦がれた
  岩手の夕焼けを見届け、山を下りる。

  頼りない前照灯は、
  かろうじてヘアピンカーブの輪郭をとらえる。
  
  真っ暗闇の国道340号線に合流。
  法定速度の乗用車の後につき
  盛岡までの提灯とする。

  藪川で、革手袋の中が、冷えて痺れる。

10月24日(金)
強風に雲は奔走し、冷えた小雨や、前向きな陽射しが居場所を争う。まぎれもない冬。 


  早朝だから、自宅から150m愛機を押して歩く。
  公園の脇に停めて、チョークを引く。
  シリンダーの中をブーツの裏に受け止め、蹴り下ろす。
  一発で40馬力が弾ける。排気煙も控えめ。
  ほれぼれする復調ぶりに、たっぷり暖気。

  国道4号線を北上する。風が強い。
  東北農業試験場あたりの並木で枯れ葉の吹雪。
  イワテを離れていた4年の歳月までもが飛び散る。

  岩手山や八幡平を間近に見ながら
  濡れた草や小砂利、道幅一杯の水溜まりを楽しむ。

  かすかな陽射しの気配に停車し、
  轟々と流れる雲を見上げる。
  小さなファインダーが、大空のうねりに注文を出す。

10月23日(木)
流れの速い曇り空に、時折、青空の記憶。 @岩手山南麓


  午前中、花巻の小学生達に
  電波的表現作法を講義。
  子供達の大らかさと率直さに
  エネルギーが吸い取られた。
  
  昼過ぎ、滝沢村の古民家をリサーチ。
  帰り際、にわかに空が明るくなる。
  あきらめていた岩手山が現れる。

  雲の流れが速く、
  お山は、瞬く間に顔色を失っていく。

  「よく見て、よく聞いて、これだ、と思ったら
  とことん突き詰める」なんて子供達に教えながら、
  晩秋の光と風に翻弄される。

  

10月22日(水)
雨のち青い印象混じりの曇天 @滝沢村


  その知らせを聞いて走り出した。
  走らずにはいられなかった。
  
  娘の親友の父親が亡くなった。
  同年配。突然だった。
  御家族の明日を思うと、
  我が妻子に重なるものが多く、いたたまれない。

  雨合羽の下で肋骨を覆うプロテクターの堅さが
  かろうじて生きている証だった。

  合掌

10月21日(火)
曇り時々晴れ @自宅から50分


  麺類がいい。
  
  私の気ままな発言に、
  件(くだん)の後輩は、さんざん考えたあげく、
  滝沢村のはずれの店に案内した。
  
  「もりそば」1杯400円。無心に食らう。
  絶品などとは言わないが、わるくない。
  店内は、田舎の昼下がりそのもの。
  客はまばらで、美味いものを、当たり前に、
  のんびり味わっている。
  
  イワテは、ワケ知りの煽動などとは無縁で、
  まして、風景に行列し群れる者もいない。
  気に入ったら、各自、存分に愛でればよい。
  
  待てども待てども、誰も来ない秋だから、
  立ち会った者は、一人見届けるだけだ。

10月20日(月)
秋晴れに雲は泳ぐだけ泳いで、素っ気ないほどの夕暮れ。 @北上山地


  「吠える犬は噛まない」
  机を並べる韓国通の後輩が
  「最高に笑えました」と推奨する映画の題名。
  
  さて、吠えながらダートをうまく噛めなかった愛機は、
  キャブレターを大気に合わせ、蘇生した。
  シリンダーの中に煮えたぎり弾ける力が
  砂利や黒土を掴み上げ、行く手を引き寄せる。
  途切れず回り続けようとするパワーは、
  ブレーキを次の加速へのタメと感じていて
  瞬時たりとも退屈させない。
  
  「ならば」と、枯れ葉まじりの風に思う。
  「吠えない犬は、やはり噛むのか?」
  「いつか噛むのか?」
  
  反芻しながら、上目づかいにカーブを刺していく。
  

10月19日(日)
青空に配置された雲の動きも早く、晴れだの曇りだの断定するスキも無し。 @滝沢村(南昌山をのぞむ)


  昔、父親が、草花や空の美しさを熱心に語った。
  てんで興味の無い息子に、めげずに語った。

  父親は、アルミニューム精錬の技師で、
  雪深い会津の工場ラインを任されていた。
  電解炉の異常で、よく深夜呼び出され、
  自転車で飛び出していった。
  雪が空一面を覆うほどの夜、
  低く通る声で母親に状況を告げると家を出た。
  (工場にたどり着けるか)と布団の中で思った。
  それから、ずっと後、
  磐越西線の踏切で、山のように積もった雪に
  自転車を押し出せず、しばらく、
  荒い息の中にうずくまっていたと聞かされた。
  目前の工場にサイレンが鳴り響いていたんだね。

  夕暮れになるとさ、親父よ、
  あの夜のサイレンが聞こえてくるんだよ。


10月18日(土)
晴れのち薄雲、昼過ぎと夕刻の通り雨。 @盛岡市上堂(国道4号線)


  初めてオートバイに乗ったのは、
  高校2年生の秋だった。
  遠距離通学ということで
  ホンダの100cc前後を認められたアイツが、
  オイラをタンデムに誘ったのだ。
  西日に染まる会津の田園地帯を疾走する
  彼の肩越しに、速度計は80km/hを越えていた。
  風の中で、アイツは、
  「どうだ」と繰り返すばかりで、
  返答など、まるで期待せず、一人、感極まっていた。

  さて、終日、41歳のイタリア人と働いた。
  マセラッティを愛機とする彼が、いきなり、
  「美しい。ここは(岩手は)、光が違います。」と訴えた。
  返事に戸惑う車内の空気に苦笑し、
  「ほんとうに」と了解した。

10月17日(金)
寒気団に濾過され、もたらされたものは、冬めいた雲もそうなのだが、秋にしては悲しすぎる光線だった。 @岩手山東麓


  安代町田山への途上。

  焼け走りへ続く慣れた道だった。
  けれど、日陰のカーブは
  黒く濡れて冷え、よそよそしい。
  引き返すタイミングを思案するうち、
  岩手山の雲が瞬間払われた。

  静寂にまぎれて山頂に移ろう雲を見上げる。
  
  冠雪というには、
  あまりに冬が進行していて、
  たけなわの紅葉を飲み込む勢いだ。
  
  猶予された秋に過ぎないことを知り、
  閉ざされる日々を覚悟する。
  シールドをピシャリ閉め、
  北に加速する。  

10月16日(木)
青空を横切る雲があるから光は断続し、陰影の群舞が始まる。 @盛岡市郊外(北上川河畔)


  空気圧を少し下げた。
  本来の設定に戻した。

  道が柔らかくなったのか、
  私が柔らかくなったのか、
  マンホールの窪みや、
  アスファルトの歪みや、
  道の左端に連続する邪険を
  3馬力は、さらりと受け流す。

  舗装路が途切れて
  私達は、おもむろに笑顔を合わせ、
  川縁の草むらに遊ぶ。

  ストローで吸い上げるような音を立て、
  レギュラーガソリンは秋の朝に混合される。
  淡い炎となって陽射しに同化する。

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