イワテバイクライフ2003年10月後半
父親も転勤族だったから、 ひとつの土地に、せいぜい4〜5年、だった。 信州、会津、千葉、会津、横浜、 佐賀、甲府、名古屋、東京、広島、盛岡。 名古屋、そして、再びの盛岡。 「何故、それほどに岩手を求めるのか?」 訝しげに問われることがある。 言葉を探し、意を尽くし、説いたところで 今朝の澄んだ走行風には、及ばない。 さんざんの涙の果てに救われた、この大地。 一人その懐に向き合う時、確信の嵐に包まれる。 だから、近頃の返事は、ことさらに手短で、 「マタギが山に入るみたいなものさ」 |
一段と雪を纏った岩手山を 間近に見ておきたかった。 焼け走り溶岩流に続く いつもの道を駆け上がると、 山は、乱気流に包まれ 踊るばかりで流れることを知らない雲に 稜線の視界を阻まれる。 我慢強い時が過ぎ、ふと振り返れば姫神山。 あなた方は、いつもそうだ。 イーハトーブの大地にあって、 そんな役回りなのだ。 |
雨合羽なんて、 パンク修理剤程度の保険に思っていた。 イワテに再び暮らし始め、 天候に関わりの無いバイクライフに慣れると、 それは、もう、まったく必需品で、 身をくるむ手間も苦にならなくなる。 50ccの愛機は、 クロームメッキの輝きにハーレーにも似た 矜持をあらわすのだが、 雨の中に飛び出す時、 背負うものは何も無い。 濡れた秋の色をタイヤに巻き付け、 時速45km/hを楽しめば、 捨てて手にする自由の、何と爽快なことか。 |
私が、新しい玩具を買って貰う度、 君は、そんなものつまらない、とそっぽを向き、 翌日、同じ玩具を持っていた。 私が、先生に図画を褒められる度、 君は、そんなものつまらない、とそっぽを向き、 翌日、同じ構図の絵を描いた。 ああ、懐かしい君よ、私と表裏の君よ。 今、どうしている。 久しぶりに君に会いたくて街に出たけれど、 政治の嵐が吹き荒れて 思わず神社の木立に逃げ込んだよ。 |
ことさらに賛美し、 ことさらに否定し、 そうすることで、 かろうじて立っていられるものの難儀。 もし、叶うことなら、歳月の彼方に、 同じこの道に通りすがるかもしれない あなたと私にとって、 昨日のことなど笑い話に過ぎない。 すべては、心の中の出来事。 賛美するほどに虚しく、 否定するほどに悲しい。 所詮、同じ空の下。 この秋一番の冷え込み。盛岡で初霜・初氷。 |
ハイオクガソリンは、瞬間、秋晴れを見上げて タンクに満たされた。 咆哮は、いつにも増して乾いて野太く、鋭い。 前方の秋晴れに口を開け、 気持ち加速するだけで、胸は蒼く染まっている。 絵はがき然とした高原の孤独をさんざん撮る。 望みとあれば明日もそこに立てる幸福。 走り回って、燃費はリッター16.5km。上々。 だから、空になった燃料ボトルはそのままに、 束の間、初めての森に入る。 山頂の青空や紅葉を見上げて追うほどに 枯れ葉に夜が匂う。 |
10月25日(土) 薄曇り。時折の陽射しは、燃え尽きる秋の色を鮮明にする。 @葛巻町袖山(そでやま)高原の奥 |
キックスタートしたのは、昼前だった。 2サイクルオイルを新品に入れ替えたKTMは、 すこぶる滑らかな巡航。 北上山地、標高900mの高原牧場を4つほど 繋いで夕暮れ。 名古屋の高層ビルから思い焦がれた 岩手の夕焼けを見届け、山を下りる。 頼りない前照灯は、 かろうじてヘアピンカーブの輪郭をとらえる。 真っ暗闇の国道340号線に合流。 法定速度の乗用車の後につき 盛岡までの提灯とする。 藪川で、革手袋の中が、冷えて痺れる。 |
10月24日(金) 強風に雲は奔走し、冷えた小雨や、前向きな陽射しが居場所を争う。まぎれもない冬。 |
早朝だから、自宅から150m愛機を押して歩く。 公園の脇に停めて、チョークを引く。 シリンダーの中をブーツの裏に受け止め、蹴り下ろす。 一発で40馬力が弾ける。排気煙も控えめ。 ほれぼれする復調ぶりに、たっぷり暖気。 国道4号線を北上する。風が強い。 東北農業試験場あたりの並木で枯れ葉の吹雪。 イワテを離れていた4年の歳月までもが飛び散る。 岩手山や八幡平を間近に見ながら 濡れた草や小砂利、道幅一杯の水溜まりを楽しむ。 かすかな陽射しの気配に停車し、 轟々と流れる雲を見上げる。 小さなファインダーが、大空のうねりに注文を出す。 |
午前中、花巻の小学生達に 電波的表現作法を講義。 子供達の大らかさと率直さに エネルギーが吸い取られた。 昼過ぎ、滝沢村の古民家をリサーチ。 帰り際、にわかに空が明るくなる。 あきらめていた岩手山が現れる。 雲の流れが速く、 お山は、瞬く間に顔色を失っていく。 「よく見て、よく聞いて、これだ、と思ったら とことん突き詰める」なんて子供達に教えながら、 晩秋の光と風に翻弄される。 |
その知らせを聞いて走り出した。 走らずにはいられなかった。 娘の親友の父親が亡くなった。 同年配。突然だった。 御家族の明日を思うと、 我が妻子に重なるものが多く、いたたまれない。 雨合羽の下で肋骨を覆うプロテクターの堅さが かろうじて生きている証だった。 合掌 |
麺類がいい。 私の気ままな発言に、 件(くだん)の後輩は、さんざん考えたあげく、 滝沢村のはずれの店に案内した。 「もりそば」1杯400円。無心に食らう。 絶品などとは言わないが、わるくない。 店内は、田舎の昼下がりそのもの。 客はまばらで、美味いものを、当たり前に、 のんびり味わっている。 イワテは、ワケ知りの煽動などとは無縁で、 まして、風景に行列し群れる者もいない。 気に入ったら、各自、存分に愛でればよい。 待てども待てども、誰も来ない秋だから、 立ち会った者は、一人見届けるだけだ。 |
「吠える犬は噛まない」 机を並べる韓国通の後輩が 「最高に笑えました」と推奨する映画の題名。 さて、吠えながらダートをうまく噛めなかった愛機は、 キャブレターを大気に合わせ、蘇生した。 シリンダーの中に煮えたぎり弾ける力が 砂利や黒土を掴み上げ、行く手を引き寄せる。 途切れず回り続けようとするパワーは、 ブレーキを次の加速へのタメと感じていて 瞬時たりとも退屈させない。 「ならば」と、枯れ葉まじりの風に思う。 「吠えない犬は、やはり噛むのか?」 「いつか噛むのか?」 反芻しながら、上目づかいにカーブを刺していく。 |
昔、父親が、草花や空の美しさを熱心に語った。 てんで興味の無い息子に、めげずに語った。 父親は、アルミニューム精錬の技師で、 雪深い会津の工場ラインを任されていた。 電解炉の異常で、よく深夜呼び出され、 自転車で飛び出していった。 雪が空一面を覆うほどの夜、 低く通る声で母親に状況を告げると家を出た。 (工場にたどり着けるか)と布団の中で思った。 それから、ずっと後、 磐越西線の踏切で、山のように積もった雪に 自転車を押し出せず、しばらく、 荒い息の中にうずくまっていたと聞かされた。 目前の工場にサイレンが鳴り響いていたんだね。 夕暮れになるとさ、親父よ、 あの夜のサイレンが聞こえてくるんだよ。 |
初めてオートバイに乗ったのは、 高校2年生の秋だった。 遠距離通学ということで ホンダの100cc前後を認められたアイツが、 オイラをタンデムに誘ったのだ。 西日に染まる会津の田園地帯を疾走する 彼の肩越しに、速度計は80km/hを越えていた。 風の中で、アイツは、 「どうだ」と繰り返すばかりで、 返答など、まるで期待せず、一人、感極まっていた。 さて、終日、41歳のイタリア人と働いた。 マセラッティを愛機とする彼が、いきなり、 「美しい。ここは(岩手は)、光が違います。」と訴えた。 返事に戸惑う車内の空気に苦笑し、 「ほんとうに」と了解した。 |
安代町田山への途上。 焼け走りへ続く慣れた道だった。 けれど、日陰のカーブは 黒く濡れて冷え、よそよそしい。 引き返すタイミングを思案するうち、 岩手山の雲が瞬間払われた。 静寂にまぎれて山頂に移ろう雲を見上げる。 冠雪というには、 あまりに冬が進行していて、 たけなわの紅葉を飲み込む勢いだ。 猶予された秋に過ぎないことを知り、 閉ざされる日々を覚悟する。 シールドをピシャリ閉め、 北に加速する。 |
空気圧を少し下げた。 本来の設定に戻した。 道が柔らかくなったのか、 私が柔らかくなったのか、 マンホールの窪みや、 アスファルトの歪みや、 道の左端に連続する邪険を 3馬力は、さらりと受け流す。 舗装路が途切れて 私達は、おもむろに笑顔を合わせ、 川縁の草むらに遊ぶ。 ストローで吸い上げるような音を立て、 レギュラーガソリンは秋の朝に混合される。 淡い炎となって陽射しに同化する。 |