イワテバイクライフ2003年11月前半
およそ、見晴らしの良い所から 人影は消える季節。 今日も、見晴らしを求めて、 結果、一人になる。 稜線に走る冬の雲など眺めていると、 四半世紀前にやめた 缶ピースの濃厚が懐かしい。 無骨なライターを手に馴染ませるように XL1200Rの慣らし運転。 午前中は安代に用を足し、 午後は遠野の初冬を見納め。 3000回転に風を収めて 遠出もままならず。 |
樹林の朝。 ツインの鼓動に身を任せていると、 かすかに聖歌が聞こえ、 加速の度に地の底から沸き上がる。 ここを選び、ここに生きる意志を歓迎して、 風は、道の彼方から喝采を運んでくる。 ただし、と、旋律は中断される。 「一日たりとも倦むことなく 大地の行方を見届けられるか?」 カーブに待ち受ける、そんな静寂を 陽気なアメリカンはドゥラランと蹴飛ばし、 行けるところまで突っ走るだけなのだ。 |
流れる雲の音も静かに、 雪の白さをファインダーに収めていると、 パラパラと、ためらいがちに、 やがて蜂の巣を突いたような 自動小銃の集中砲火が大空に破裂する。 ヘリコプターの轟音が右往左往する中で 重機関銃が、お山に野太く跳ね返る。 裾野では、みんな無口で、 その音を多く語らない。 |
暦に付和雷同するなど、 およそプライドが許さない樹木。 あたりは、とうに落葉を済ませたというのに、 頑として今日が旬。 暑さ寒さは自分で感じ、 出所進退も自ら判断する幹。 檜舞台は、 自分で用意するあんたの枝の下は、 悲しいほどに鮮血の匂いがするよ。 |
一枚づつ順番を待つ落葉なのに、 たわわなイチョウの房を トラックの肩が、ざっくり削り取っていく。 住民票の写しを求めて雨の中、市役所へ。 駐輪場の傍らでは、防災訓練。 市庁舎6階に取り残された職員2人を 梯子車が救助するなどの演目があり、 見守る人垣とテレビカメラの視線を受ける。 これも、待ち望んだ暮らしの一場面。 忘れかけていた市民カードの暗証番号を ひとつひとつ指先に確かめ、微笑む。 |
月の裏側に入った夜。 正気を保ち、布団に倒れ込んだ朝。 まどろみの中に聞く 「スリル・イズ・ゴーン」(BBキング)。 |
決断劇は、何度かあった。 だから、今日も、ここで暮らしている。 決断ごっこは、星の数で、 決断もままならず、失ったものもある。 何も決めず、ただ風を食らい、 |
刈り取りの終わった牧草地の縁に 長靴を片足おろすと、 夕べの雨が、じくじく滲みだした。 雲は、黙って東に流れる。 守りの手薄な雲の一団が、 不覚にも瞬間の陽射しをこぼす。 濡れて冷えた大地の匂いが 光線にとける。 「今のことは無かったことにしてくれ」と、 雲の本隊が、光を回収していく。 「ああ、いいさ。見ていたのは私一人だ」 |
杉の枯れ葉が、風に乗って頬に当たる。 パラパラ、チリチリ、乾いた針の感触を 受け止め、進む。 立冬を明日に控えながら、 秋の色彩は、ますます冴え渡る。 同じ道を幾度も走るのは、 一度として同じもののない 季節の筆使いを確かめる為。 記憶に刻まれた「カーブの先」に、 恐ろしい夢のような色彩が待っていたとしても、 驚かない。 すべてのものは、 輝き、朽ち果てていく仕組みを了解すれば、 もう、ほんとうに、驚かない。 |
濡れた茅葺き屋根を見上げて 曲り家の玄関に立つ。 すっとんきょうな挨拶は、 古風な錠前に遮られた。 夕刻、家の主に連絡がつく。 屋根の寿命の為に 裏山のカナダカエデを切ってしまった 無念を聞かされる。 赤く染まった生け垣の鮮やかを伝えると、 愛おしそうに微笑まれた。 縁側で語り合う春を思う。 (撮影は、所有者の了解済み) |
樹林を貫く一本道。 温まった水平対向エンジンに耳を傾けながら、 お山の裾野を駆け上がる。 葉を落とした枝々は、 無抵抗に秋の稜線を指さすばかりだ。 馬返しの駐車場で、 イーハトーブの象徴を仰いで 照れ笑い。 ただ、それだけ。 思い焦がれたものに、 近付き過ぎたかもしれない朝。 向かう道々の思いを失念させるほどに、 今朝のあなたは、鮮明だった。 |
たとえば、シベリアのような、 あるいは、フィンランドのような、 その森は、やがて訪れる厳冬を予告する。 蒼白い雪灯りに 樹木は黒く突き刺さり、 一陣の風が枝の氷雪を払う夜を思う。 盛岡の家から25分。 杉の枯れ葉が、極上の絨毯となって続き、入り組む。 陰影の迷路の中で、 出勤までの間、行き倒れてみる。 |
ほぼ徹夜で仕事の仕込みを済ませ、 家人の声に朝を知ったのは午前10時過ぎ。 2日間のダート走行が残した疲労も凄まじいが、 青空を見上げれば、走り出す習性なのだ。 昼前、東北道を4000回転で北上し、 小坂ICから樹海ライン経由で十和田湖。奥入瀬。 八甲田山の麓から青森市街地に下り、 自動車道を6000回転で南下。 色彩の散った観光地に 人は群がり、流れは滞り、逃げ帰っただけの午後。 薄暮に連なる盛岡の灯に再会し、 イワテの広さと濃密を思い知る。 |
練習中、突然、エンジンが止まった。 プラグがかぶった様子もない。 トライアル場は、静まり、 みんなが愛機を取り囲む。 歴戦の先輩達が、みるみる分解に取りかかる。 見守る身の忸怩と快感。 秋晴れの下で、キャブレターは、 ひとつひとつの部品に仕分けされ、清掃された。 冷却水やリヤブレーキのホース破損を手当。 走りとマシン整備の因果関係を噛み締める。 走りにおいては、 また一段、ステアーの高さが上がったが、 それがどうした、と喜べない帰り道。 バイクの仕組みを思ってキックスタート。 |
そこに居る、ということ。 そこに在る、という感覚。 刻々光は減衰し、夕闇が深くなるほどに、 そこに至った道筋が見えてくる。 つまり、一人だ、と気付いた9年前の晩秋。 その事実をありのままに受け入れた歳月。 孤独と表裏の自由を 純粋な大気の中に確かめておきたくて、 夜明け前の家出のように、 あるいは、夕暮れの神隠しのように、 宇宙に抱かれ、 本当の闇にまぎれる時を、 じっと待つ。 |