イワテバイクライフ2003年11月後半
一年を締めくくるトライアル大会。 たった、ひと晩の雨だが、 週に一度の練習など、 それがどうしたと突き返えされる。 潰れる寸前まで 空気圧を下げた後輪を回しても、 粘土と化した山の競技は、困難を極める。 西部戦線の一日にも似て、 泥まみれの息が荒くなる。 表彰式の前、セクションを振り向けば 後輪を浮かせ、ジャックナイフで急降下する影。 国際B級の15歳だった。 濡れた赤土に幾度前輪を払われたか知れない ひとさし指が、夢中でシャッターを切った。 |
いつ完成するか表明されない計画は、 いまだ夢の範疇なのだろうか。 無垢な完成図が、 未来の、そのまた未来に見えてくる。 盛岡駅から夕顔瀬町、前九年へ抜ける 裏道然とした現在のルートは、 住宅街を騒がす不条理のひとつかもしれないが、 三馬力で辿る朝は、 真っ直ぐでないことに救われたりする。 東北新幹線の盛岡・八戸間が開通して あさってで1周年。 高架下に連なる真っ直ぐな夢の数々に 思いをめぐらす。 |
街から離れる朝が多かったせいだろうか。 通勤時間帯。車間距離を詰めた流れに 息まで詰める私に気付き、道を離れる。 松尾町、神子田、鉈屋町、茶畑の路地裏で 呼吸を取り戻す。 八幡町の小路には、夕べの水割りが匂い、 かつてジャズ喫茶だった蔵の扉は、 開く音さえ忘れて、重い。 この街で、 くぐり抜けるべき道や、 押し開ける扉の数を思う。 |
12月4日に、 小学校の総合学習に招かれた。 どんな学校かと気になり、北上へ。 高速道路は、陽射しこそあれ、 冷気が革パンツを貫く。 授業はすでに始まっていて、 学舎は、静かなものだ。 校庭を駆け回る子供達の声を思い、 岩手の為に生きていける幸せを噛み締める。 かすかに熱を帯びた北上の、 名も無き直線に涙する。 |
30回近くキックして汗をかく。 山に入ると、汗が冷えて肋を刺してくる。 日陰の舗装路は黒く光り、 後輪が意志に反した動きを伝える。 ダートに入ると霜が轍を白く浮き立たせる。 熊笹は、雪の皮膜を纏い、 雲の切れ間に陽射しを見つけるや 競ってとけ出す。 雪はとけても、内燃機関に嘘は付けない。 あまりにハイな2サイクルエンジンは、 焼き付きの理屈に従い始める。 だから、エンジンを停止。判断も停止。 固まった心を陽に当てる。 |
焼け走り周辺の林道を探る。 雨具でくるんだ気分は、すこぶる自由で、 カーブの先に豪雨など期待する。 まして、タンクに レギュラーガソリンなど満たせば、 もう本当に心は決まり、 びたびたと打ち付ける雨を突き破り、 新聞配達のように闊達に 郵便配達のように直角に道を選ぶ。 濡れて重たいグローブを交換しようと、 小屋の軒先を借りる時間など、また嬉しく 雨にけむる朝を素直に見回したりする。 |
花巻、北上、江刺。 こんなコースを選ばせるなんて、 まったく相変わらずの単車だ。 樹林に続くゆるやかなカーブやアップダウン。 丘を抜けると見渡す限りの田園。 何という懐かしさだ。 太陽の熱を胸板に受け止め進む。 と、シフトペダルの感触が消える。 期待もせず1kmほど引き返すと、 それは道端に転がっていた。 元通りにするのは赤面するほど単純で、 ただ、ねじ込むだけだった。 |
銀世界のイメージに身構える。 けれど、雪雲は、 空に優柔不断な陰影を作るだけで、 結論めかない。 日が暮れて 岩手山麓に伸びる黒い道を、 ステップに立って泳いでいくと、 フェイスガードの内側に、 鉄錆めいた冬が匂う。 トレーニングで濡れた下着が 冷えたナイフに変わる前に、 街の灯に逃げ込む。 |
暖房に火を入れた窓の外。 冬の野鳥が今朝も来ている。 シジュウカラか、あるいはコガラか、 頭は黒く、首に白い襟巻き、灰色の羽。 若草の笛のようなさえずりだ。 葉を落としたナツツバキの枝を するっするっと高みに登っていく。 いよいよ木のてっぺんという寸前、 冷えた足場をたわませ、消えた。 夕刻、横殴りの雪が白鳥をうつむかせる。 |
雨の小休止を捉え、出勤前の道草。 前輪から霧状に水滴を巻き上げ、 みたけの運動公園に沿ったケヤキ並木を行く。 若葉の頃の雨宿り。 思い切って買った家具。 リサイクルショップを往復した日。 娘を剣道の試合に送り届けた朝。 道端に、 濡れ落ち葉となって思い出す、あれこれ。 夜、ぬくもった雨に鉄錆の匂いがまじる。 |
石割桜の前で キックスタートをしようとして気付く。 キックバーのゴムラバーの先端が割れて脱落。 走行距離5000km寸前だった。 まじまじと愛機を見る。 迎えて3年半という歳月は、 艶を奪い、精気を薄め、 かすかな隙間すら生んでいた。 ファインダーの中の単車が 私の身代わりであるなら、 なるほど、歳月の残酷とは、 そういうものなのか。 |
宮古に通じる国道106号線の寒さは、せちがらい。 谷間を行く道に、早朝の陽など差し込む余地も無く、 前を行くトラックの陰でふるえる。 「日当たり」などという感覚を思うのは、 こんな時。 峻険な谷間では、太陽の所有権をめぐり、 山の稜線と契りを結んだ多くの暮らしが あったに違いない。 高原の小春日和に Vツインエンジンは、機嫌を直し、 沿岸から内陸へ怒濤の早旅をしてみせた。 |
R1100Rロードスターで走り出したのは まったく偶然だった。 「どうして、XL1200Rは、 暖気の最中、突然、エンジンストールしたのだろう」 「岩手山は、なぜ、雪の居場所を許すほど 襞を深めていたのだろう」 「奥羽山脈に手をかけた雪雲は いつ、その稜線を乗り越えて来るのだろう」 滑らかな火炎を包んで 水平対向2気筒エンジンは山伏トンネルを抜ける。 と、ずっと胸を塗り固めていたひとつが 風に笑われ霧散する。 「それはね、燃料コックをONにしていなかったからさ」 |
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トライアルの汗は、 休憩する度に冷えていく。 だから、少しぐらい息はあがっても、 出来ることと、そうでないことの狭間で 再び、湯気が立ち上るほど走る。 帰路、道草して岩手山麓へ。 泥だらけになった気分を、いつもの丘に横たえる。 低く流れる雪雲の背を越えて 光が岩手山に届く。 すべての役割を終えた草地は白く乾き、 大の字の我を、 炭化した人形のように受け止め、 光線の屈折を いつまでも見上げさせる。 |