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イワテバイクライフ2003年11月後半


11月30日(日)
雨は、明け方小止みとなり、陽射しを拒み、乗り入れる車輪をことごとく濡らし滑らす。 @滝沢村(三上トライアルパーク)


  一年を締めくくるトライアル大会。

  たった、ひと晩の雨だが、
  週に一度の練習など、
  それがどうしたと突き返えされる。
  
  潰れる寸前まで
  空気圧を下げた後輪を回しても、
  粘土と化した山の競技は、困難を極める。
  西部戦線の一日にも似て、
  泥まみれの息が荒くなる。

  表彰式の前、セクションを振り向けば
  後輪を浮かせ、ジャックナイフで急降下する影。
  国際B級の15歳だった。

  濡れた赤土に幾度前輪を払われたか知れない
  ひとさし指が、夢中でシャッターを切った。
  

11月29日(土)
曇りのち煮え切らない小雨の断続。狂言めいた、なまあたたかい夜。 @盛岡市夕顔瀬町(東北新幹線高架下)


  いつ完成するか表明されない計画は、
  いまだ夢の範疇なのだろうか。
  無垢な完成図が、
  未来の、そのまた未来に見えてくる。

  盛岡駅から夕顔瀬町、前九年へ抜ける
  裏道然とした現在のルートは、
  住宅街を騒がす不条理のひとつかもしれないが、
  三馬力で辿る朝は、
  真っ直ぐでないことに救われたりする。
  
  東北新幹線の盛岡・八戸間が開通して
  あさってで1周年。
  高架下に連なる真っ直ぐな夢の数々に
  思いをめぐらす。
  

11月28日(金)
陰気な曇天は、雪すらちらつかせないから、更に冷たい。 @盛岡市(上の橋のたもと)


  街から離れる朝が多かったせいだろうか。
  通勤時間帯。車間距離を詰めた流れに
  息まで詰める私に気付き、道を離れる。

  松尾町、神子田、鉈屋町、茶畑の路地裏で
  呼吸を取り戻す。

  八幡町の小路には、夕べの水割りが匂い、
  かつてジャズ喫茶だった蔵の扉は、
  開く音さえ忘れて、重い。

  この街で、
  くぐり抜けるべき道や、
  押し開ける扉の数を思う。
  

11月27日(木)
朝のシャープな冷え込み、のち、日中はピンボケ気味の晴天。 @北上市郊外(奥羽山脈かすかに)


  12月4日に、
  小学校の総合学習に招かれた。
  どんな学校かと気になり、北上へ。

  高速道路は、陽射しこそあれ、
  冷気が革パンツを貫く。

  授業はすでに始まっていて、
  学舎は、静かなものだ。

  校庭を駆け回る子供達の声を思い、
  岩手の為に生きていける幸せを噛み締める。

  かすかに熱を帯びた北上の、
  名も無き直線に涙する。

11月26日(水)
晴れ、時々、冬の匂い。 @北上山地


  30回近くキックして汗をかく。
  山に入ると、汗が冷えて肋を刺してくる。
  日陰の舗装路は黒く光り、
  後輪が意志に反した動きを伝える。

  ダートに入ると霜が轍を白く浮き立たせる。
  熊笹は、雪の皮膜を纏い、
  雲の切れ間に陽射しを見つけるや
  競ってとけ出す。

  雪はとけても、内燃機関に嘘は付けない。
  あまりにハイな2サイクルエンジンは、
  焼き付きの理屈に従い始める。

  だから、エンジンを停止。判断も停止。
  固まった心を陽に当てる。
  

11月25日(火)
終日やわらかい雨。夜、雲は白く寸断されて星空を招く。 @上坊牧野(西根町)


  焼け走り周辺の林道を探る。
  
  雨具でくるんだ気分は、すこぶる自由で、
  カーブの先に豪雨など期待する。
  まして、タンクに
  レギュラーガソリンなど満たせば、
  もう本当に心は決まり、
  びたびたと打ち付ける雨を突き破り、
  新聞配達のように闊達に
  郵便配達のように直角に道を選ぶ。
  
  濡れて重たいグローブを交換しようと、
  小屋の軒先を借りる時間など、また嬉しく
  雨にけむる朝を素直に見回したりする。

11月24日(月)
温厚な冬の晴れ間。陽射しにだまされて走る。蓄電された生命が寒風の中に衰弱。 @萬鉄五郎記念美術館(東和町土沢)


  花巻、北上、江刺。
  こんなコースを選ばせるなんて、
  まったく相変わらずの単車だ。

  樹林に続くゆるやかなカーブやアップダウン。
  丘を抜けると見渡す限りの田園。
  何という懐かしさだ。
  太陽の熱を胸板に受け止め進む。

  と、シフトペダルの感触が消える。
  期待もせず1kmほど引き返すと、
  それは道端に転がっていた。
  元通りにするのは赤面するほど単純で、
  ただ、ねじ込むだけだった。
 

11月23日(日)
温厚な雪雲は、冬の白刃を見せるや、「ささ、今のうちに」と、旅支度の時間をくれた。 @岩手山南麓


  銀世界のイメージに身構える。
  けれど、雪雲は、
  空に優柔不断な陰影を作るだけで、
  結論めかない。

  日が暮れて
  岩手山麓に伸びる黒い道を、
  ステップに立って泳いでいくと、
  フェイスガードの内側に、
  鉄錆めいた冬が匂う。
  
  トレーニングで濡れた下着が
  冷えたナイフに変わる前に、
  街の灯に逃げ込む。

11月22日(土)
寒気団の進行は、予報通りの正確さで、朝からの意気消沈。夕空ににじむ青空など幻。 @盛岡市・高松の池


  暖房に火を入れた窓の外。

  冬の野鳥が今朝も来ている。
  シジュウカラか、あるいはコガラか、
  頭は黒く、首に白い襟巻き、灰色の羽。
  若草の笛のようなさえずりだ。
  葉を落としたナツツバキの枝を
  するっするっと高みに登っていく。
  いよいよ木のてっぺんという寸前、
  冷えた足場をたわませ、消えた。

  
  夕刻、横殴りの雪が白鳥をうつむかせる。

11月21日(金)
冬支度を始めた気持ちを戸惑わせる朝。10月上旬並とか中旬並とか、そこまで来ている寒気団の前に、虚しい。 @盛岡市上堂からみたけ方面


  雨の小休止を捉え、出勤前の道草。
  前輪から霧状に水滴を巻き上げ、
  みたけの運動公園に沿ったケヤキ並木を行く。

  若葉の頃の雨宿り。
  思い切って買った家具。
  リサイクルショップを往復した日。
  娘を剣道の試合に送り届けた朝。
  
  道端に、
  濡れ落ち葉となって思い出す、あれこれ。


  夜、ぬくもった雨に鉄錆の匂いがまじる。
  
  

11月20日(木)
岩手山の雪を消す温暖。薄雲は、青空と折り合い、欠伸を誘い、けだるく、夜の霧雨を招く。 @盛岡市加賀野1丁目(川留稲荷神社脇)


  石割桜の前で
  キックスタートをしようとして気付く。
  キックバーのゴムラバーの先端が割れて脱落。
  走行距離5000km寸前だった。

  まじまじと愛機を見る。
  迎えて3年半という歳月は、
  艶を奪い、精気を薄め、
  かすかな隙間すら生んでいた。

  ファインダーの中の単車が
  私の身代わりであるなら、
  なるほど、歳月の残酷とは、
  そういうものなのか。

11月19日(水)
いささかの冷え込みに顎を引いた朝は、みるみる10月下旬並の陽射しに溶解する。 @新里村


  宮古に通じる国道106号線の寒さは、せちがらい。
  谷間を行く道に、早朝の陽など差し込む余地も無く、
  前を行くトラックの陰でふるえる。

  「日当たり」などという感覚を思うのは、
  こんな時。
  
  峻険な谷間では、太陽の所有権をめぐり、
  山の稜線と契りを結んだ多くの暮らしが
  あったに違いない。

  高原の小春日和に
  Vツインエンジンは、機嫌を直し、
  沿岸から内陸へ怒濤の早旅をしてみせた。
  

11月18日(火)
純度の高い晴天は、やがて、薄雲など許し、気張らず、微笑み、束の間の小春日和。 @沢内村


  R1100Rロードスターで走り出したのは
  まったく偶然だった。

  「どうして、XL1200Rは、
  暖気の最中、突然、エンジンストールしたのだろう」
  「岩手山は、なぜ、雪の居場所を許すほど
  襞を深めていたのだろう」
  「奥羽山脈に手をかけた雪雲は
  いつ、その稜線を乗り越えて来るのだろう」

  滑らかな火炎を包んで
  水平対向2気筒エンジンは山伏トンネルを抜ける。
  と、ずっと胸を塗り固めていたひとつが
  風に笑われ霧散する。

  「それはね、燃料コックをONにしていなかったからさ」
  

11月17日(月)
切れ切れの雪雲。やがて抑制された陽射しが寒気に異議を申し立てるも、うやむや。 @玉山村


  寒気は針となって膝を刺し、
  指の感覚を断線させる。

  不意の陽射しに、冷えたアスファルトは、
  白く固く蛇行を繰り返すばかり。

  急勾配にさしかかり、
  三馬力は全開の雄叫びで、時速35km。
  彼方のカーブを引き寄せるのも、もどかしく
  身を伏せれば、手の届きそうな所に
  枯葉一枚、つむじ風と戯れている。

  藪川帰りに、その丘に道草したのは、
  かすかに空が開けていたからであり、
  ファインダーを揺さぶる風のことなど
  知らなかったから。


11月16日(日)
強風雷鳴の一夜が明けても、背後に氷の剣を突きつけられた青空は、夕闇の気配に逃げ出した。


  トライアルの汗は、
  休憩する度に冷えていく。
  だから、少しぐらい息はあがっても、
  出来ることと、そうでないことの狭間で
  再び、湯気が立ち上るほど走る。

  帰路、道草して岩手山麓へ。
  泥だらけになった気分を、いつもの丘に横たえる。

  低く流れる雪雲の背を越えて
  光が岩手山に届く。

  すべての役割を終えた草地は白く乾き、
  大の字の我を、
  炭化した人形のように受け止め、
  光線の屈折を
  いつまでも見上げさせる。
  

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