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イワテバイクライフ2003年12月前半


12月14日(日)
冬雲は昼前に払われ、青白い光線は、師走の午後にみるみる衰弱していった。 @岩手山麓


  朝から炬燵で横になり、
  夕べの酒が消えるのを待つ。
  消し忘れたテレビが議論する
  「イラク」や「年金」を子守歌にウトウトするうち、
  陽がさしてきた。
  渋茶をすすり、プロテクターを身に着ける。
  冬ごもりさせるつもりで磨き上げておいた
  モンテッサは、泥を求めて滝沢へ向かう。
  
  総勢3名。
  よほど好きなのか、何か恨みでもあるのか、
  憑かれたように練習する。
  U字溝や小岩や大タイヤをひたすら越える。
  願いが叶うものなら、幾百、幾千越えてみせる。
  滝のような汗の果てに、
  雪解け水で車輪の泥を落としていると、
  北の空に虹がかかっていた。

12月13日(土)
雪になりきれない大気は、冬の面目を失い、恨み言すらうまく言えず、ただ小雨となって煙る。 @岩手山麓


  とけかけた雪道に
  いくらブロックパターンを刻印してみても、
  泥まみれの印象を残すばかりだ。

  タイヤが半分ほど浸かる
  南氷洋のような水溜まりを這い出ると、
  それ以上進むのが憚られるほどに
  愛機は洗われていた。

  小休止の間も、エンジンを冷やさないように
  アイドリングさせておく。
  KTMは、沸々と煮えたぎり、
  息を白く漂わせ、覚醒していく。
  (きっと、黒い森の冬を思い出しているんだね。)
  
  霧が、ゆっくり追いかけてくる。
  

12月12日(金)
朝の銀世界は、みぞれに歪み、なまぬるい小雨にとけて消えた。 @盛岡駅前


  雪がとけて
  小雨にしては大きな水溜まりが続く。

  前輪が巻き上げる水滴が
  ヘッドランプの前に白く跳ねる。

  それは、線香花火のようで、
  加速するほどに弾け、減速とともに萎える。
 
  だから、今夜の灯を消さないように
  雨滴を纏って走り続ける。

12月11日(木)
この時季、氷点下の朝など基本的に善人で、薄日が射そうものなら、愛想良く立ち去る。 @御所湖畔


  御所湖の周回路は、
  随所に凍結の痕跡を見せながら
  ハイスピードで流れていく。
  行く先など決めていないライダーは、
  その速さに嫌気がさし、
  人気(ひとけ)の無い湖畔で
  「もう、いいだろう」と叫ぶ。

  田園都市線が渋谷にさしかかり、
  名城線が栄に滑り込む頃、
  私は、岩手で、ぼんやり水鏡を眺め、
  「これで、いいだろう」と呟く。

  吊革を握りしめ、
  すし詰めの不機嫌にもまれながら
  思い描いた朝は、
  ここに違いないのだ。
  

12月10日(水)
薄ら寒い曇り空に、おずおずと青空は現れ、西日など照らし、夜のことまでは語らず、日は暮れた。 @盛岡市


  雪化粧の翌日。
  昨日が消えていく様を
  光を失った朝の中に見届ける。

  黙りこくる風景は、
  写実的なテンペラ画のようで、
  眺める私まで、点景にしてしまう。

  どこかで、白鳥が鳴いている。
  
  いつまでも、その絵を忘れられない夜の帰り道。
  路地裏の街灯に照らされて
  瞬間、白鳥の腹が白く浮き立つ。

  たぶん、朝の風景に足りなかったものは、
  冷えた空を行く、その羽だったのだ。

12月9日(火)
銀世界は、束の間、凍結のそぶりを見せ「そんなつもりじゃなかった」と陽射しを返し、乾いた夜をもたらした。@盛岡市郊外


  旅に出る家族を盛岡駅まで送る。
  通勤通学の時間帯、開運橋は人波に溢れ、
  背中を押されるように駅前で別れた。
  
  1時間後。
  雪の丘に佇み、姫神山など
  北上山地の朝を遠望する。
  タイヤが纏った雪は、正面からの陽を浴びて
  みるみるとけていく。

  取り残された私は、
  雪に腹這い、頬を雪に付け、耳をすます。
  
  しん、とこたえる雪の下の、草の下の、
  黒土の中から、鉄路の音が響いてくる。
  春に南下する列車の音に、
  瞬きもせず、聞き入る。

12月8日(月)
朝方、束の間の陽射し。昼過ぎ、小雪舞い始め、夕闇は、所々白く染まる。 @盛岡市郊外(雫石川そば)


  
職場の裏玄関を出ると、
  あたりの植え込みは、すっかり白くなっていた。
  冷えた街の匂いを胸にしまって家路につく。

  

  氷点下の夜は
  黒い交差点に赤信号を映して
  「もう、走れない」と告げて来る。

  ほんの半日前、
  雫石川の土手に立ち、
  冷害の跡に群れるカラスに舌打ちしたり、
  とけかかった水溜まりの氷が、
  キラキラ光るものだから、微笑んだりした。

  闇夜の小雪を見上げる。
  「あの朝は、
  忘れていた季節が降って来る寸前の平和だったんだね」
  
  

12月7日(日)
朝からの晴天にひるみ、寒風にたじろぐうち、つるべ落としの日は、小雪混じりの夕闇をもたらす。 @三上トライアルパーク(滝沢村)


  冬晴れの路肩でキックバーを踏み抜くと、
  2サイクルエンジンは、
  きっぱりと弾け、走り出す。
  ステップに立ち、街を抜けていく。
  館向、前九年、みたけ、青山、そして滝沢。
  競技用のバイクを現地まで運搬するのではなく、
  ナンバーを付け、走って行くことを「自走」という。
  
  自走を繰り返して7年。
  走るほどに街の変化やリズムが体にしみて楽しい。
  トライアルを始める前の、小さな旅。
  心を立てる道程。
  
  まぎれもない冬を全身に受け止め、
  「つまり」と思う。
  自走とは「自立して走ること」なのか。
  
  
(画像のライダーは、フジイさん)
 

12月6日(土)
北へ北へ、天気予報を偵察するように国道を行けば、県北は思いの外に平穏。帰り道は、冷えてずぶ濡れ。 @二戸駅前


  居間からガラス戸越しに見える
  バイクルームを掃除する。
  寒空に引っ張り出した愛機達を
  部屋に戻していくと、最後に、こいつが残った。
  雨も雪も落ちてこない。
  行けるところまで行ってみようと思う。
  
  霧雨にけむる道沿いの気温表示は、
  岩手町で4度。一戸町で3度から2度へ下がる。
  コンテナ列車を追う覇気も無く、
  黒光りするカーブに身構える。

  二戸駅に隣接する物産館「なにゃーと」で
  お目当ての五穀豊穣ケーキ(800円)を買い、
  84km離れた盛岡へ戻る。
  ただ、それだけ。
  それでけの為に、冷えた雨を吸って
  しばし、寡黙な男になる。

  

12月5日(金)
冬晴れに、雲の旅団は、ひしめき、ぶつかり、交差して、混沌は、やがて冷えてゆく。 @岩手山麓


  目的地などは、どうでもよいことで
  確信犯となって道草を重ねる。
  
  冬の雷か、あるいは、空前の発破作業か、
  轟音が天地を震わせる。
  雲は、下界の砲撃訓練には無関心で
  音もなく流れている。
  
  だから、再び走り出す。
  愛機は、蒸気機関車のように私を揺さぶり、
  ティンパニーとなって道を鼓舞する。

  心に立ちこめていた硝煙が、
  風に運ばれ、消えていく。

12月4日(木)
寒風は、加速度的に不純物を払い、澄んだ空に雲の雄大を広げ、彼方の山の稜線は雪雲に霞む。 @岩山(姫神山方向の展望)


  日本海に生まれた雲は、
  雨を降らせ、雪を降らせ、
  奥羽山脈を越えて来る。
  降らせるものは全て降らせ、
  抱えるものもなく、今度は北上山地を越える。
  空高く吹き上げられ、
  散り散りに、枯れ果て、太平洋に吹き飛ぶ。

  だから、だろうか。
  盛岡の空を行く雲は、
  最後の力を振り絞り、うねり、踊り、
  未練なく、原形を捨てる。
  
  時に、グロテスクなまでの野性で
  一切の些末を運び去る空を誇らしく仰ぐ。

  

12月3日(水)
冬霞の中に、岩手山、姫神山、南昌山が盛岡を囲み、無愛想な冬雲に覆われていった。 @雫石川の近くから見える南昌山


  その山の稜線は、特に印象深い。
  
  盛岡に家族を残し、
  単身赴任地から帰って来るたび、
  花巻空港を行き来する高速バスの窓に
  流れていた。

  以来4年。
  盛岡に帰った私の前に、
  山は、あるべき場所にある。
  その嬉しさが、時に極みに達し、
  「嗚呼、南昌山、南昌山」と
  憑かれたように口走り、
  なまあたたかい草むらに転げ回って
  撮影したりするのだ。

12月2日(火)
晴れ間はある。あるだけ。覇気のない薄曇り。夕刻、諦め切れなかった誰かが火を付け、夕焼け。 @岩手山麓(馬返しからの帰り)


  4号線を北上する。
  いつも右手にある姫神山が見えない。

  北上山地は暗い雲に覆われている。
  左手に朝陽を浴びた岩手山がある。

  馬返しまで走るうち、
  山頂はみるみる白い雲に隠される。

  山麓に刻まれた一本道を、
  残り火のような陽射しが走っていく。

  雲の影の中に取り残されて振り向けば、
  地吹雪の記憶が追いかけてくる。


12月1日(月)
朝から、たじろぐほど空気が柔らかい。交換条件なのか、日中のくすんだ岩手山。 @雫石町


  雫石の田圃道を行く。
  雲間に岩手山の頂きがかすかにのぞいた。
  寒さがゆるんでいたから、
  思いのほか雪が消えていた。

  バイクを停め、一服していると、
  おばあさんが二人歩いてくる。
  ゆっくりゆっくり歩いてくる。
  仲良く寄り添って歩いてくる。

  挨拶を交わし、あたたかい冬のことを話した。
  大地は雪に覆われても、
  岩手は、いつでも人の笑顔の中にあるのだから、
  もう、冬は怖くない。


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