イワテバイクライフ2003年12月後半
街の氷はとけた。 歓喜の風を浴びて今日も走る。 いつか何かあるにせよ、 いつか終わりがあるにせよ、 走らせる志を凍土に打ち込み、 岩手に生きる今を確かめる。 北上山地だよ。 盛岡の街だよ。 2003年最後の雪と泥だよ。 越えるべきもの。譲れないもの。許し合うこと。 大きく胸を開いて走れ。 新しい年の風を求めて。 |
今日は、 家族とイオンに行きました。 初めて屋上の駐車場に上がりました。 姫神山がよく見えました。 岩手山も少し見えました。 冷凍エビの一番大きなのを買いました。 気が大きくなって ロシア産のボイルタラバ(2980円)を買いました。 包丁も買いました。 「あのね、お父さん」と妻は呟きました。 「心情を吐露している場合じゃないのよ」 そうだね。もうすぐ除夜の鐘だし。 |
私がバイクに乗ってやって来た。 雪になりきれなかった 膨大な雨滴が雪をとかす。 私は、岩手山林道と牧草地を往復し、 墨絵の中に道の記憶を辿っている。 ずぶ濡れの体を休める樹林を求めて 吹き溜まりに飛込む。 空転する後輪を両足踏ん張って引っ張る。 頑張って辿り着いた所ほど、案外、寂しい。 手袋を交換し、放尿する私の頭上に 岩手山山頂を切り裂く雷鳴。 あたふたと私が逃げ出していく。 |
私がバイクに乗ってやって来た。 北にぽっかりのぞいた青空を睨んで 私が街を抜け出す。 その頃、婆さんは、孫を迎えに慣れない車を出す。 私は、家族で過ごせる久し振りの正月を思っている。 婆さんの運転席で携帯電話が鳴る。 私は、見通しの良い農道を岩手山に向かう。 婆さんは、聞き慣れない電子音楽に慌てる。 私は、前方に軽自動車を見ていた。 婆さんは、掌に踊る着メロに気をとられている。 さて、今日のところは、 激突の瞬間を数秒ずらしてあげた。 ほら、私は直進し、婆さんは右折していった。 |
私がバイクに乗ってやって来た。 凍った水溜まりの脇に停まった。 ひどく慌ててカメラを取り出す。 ポケットから小銭までばらまく。 拾い集めるのももどかしそうだ。 まだ、シャッターを切っている。 日が陰り、再び日が差してくる。 どうやら納得した私が立ち去る。 五円玉一枚、ここに取り残され、 |
国道46号線から 岩手山の欠落した空を見上げる。 角度を変えてみても頑として雪雲が覆う。 背後に風圧が迫る。 大型貨物のタイヤが 肩口をかすめ、追い越していく。 避難したくとも、路肩は凍っている。 原付バイクの法定速度は、 なるほど、こんな朝のためにあるのか。 風に翻弄され、避けきれず、激突してくる雪を 目を見開き、受け止める。 |
三日ぶりの湖畔は、少し水が引き、 露出した淵は、生臭く、霜柱が立ち、 愛機は、流木のひとつとなって俯いた。 空咳とともに玉山村まで走る。 冷えた朝靄を突っ切ることを諦め、 田園地帯に減速する。 薄氷の水溜りを、よろよろ避けて進めば、 私は、野良犬の臓器そのままに 肋骨(あばらぼね)をちぢめて 霧雨に濡れる。 惨憺たる朝に対峙するのは、 上着の下の薄っぺらい体温。 |
清明な丘の朝。 前を行くトラックが黒煙を吐く。 息を詰めていると、風はみるみる浄化される。 イワテは、ディーゼルの排煙すら 純粋な汚染物質として大気の中に 分別してみせる。 めざした場所は、 岩手山の見える昨日と同じ空の下。 店じまい同様の曇天に 一種の落胆を求めてみた。 (いい日もあればこんな日もある) 突き放され、相手にされない時ほど、 人の気持ちはリアルだ。 イワテには、何にせよ、鮮明な境界線がある。 |
「いいんだね」 「これで、ほんとうに、いいんだね」と 念を押したくなるほどに、 岩手山をモデルにした年賀写真の撮影は、 うまくいった。 申(さる)年だから、モンキー(猿)などという 必然性に、ようやく気付くほど、 ご立派な絵はがき風景だった。 さて、歳月の段取りやセレモニーなど 実際、どうでもよいことで、 数分の間に、 現れ、流れ、かすれ、別人になっていく雲を 春の童子となって、見送る。 |
12月22日(月) 雨のち唐突な晴れ間。昼下がり、街の匂いは春先のそれ。 @四十四田ダム沿いの小野松橋 |
暗い雨に潰されそうな朝。 月の裏側に潜むものどもをあげつらい走っていると、 南部片富士湖を渡る手前で雨があがった。 それは、もう、見事なまでの場面転換で 濡れた橋が青空を映し、瞬間、あたりが蒼く染まった。 水滴をとどめたシールドを上げて走り出せば ひょおおおおおお、と風が口笛を吹く。 ついさっきまで、 「ショーウインドウの友情」について考察し、 「黒幕の工作」を推理していた私が悲しくなり、 光に向かって叫んだ。 |
胸を突くような雪の斜面に、 真新しいタイヤの跡がある。 剥き出しの泥に刻まれたブロックパターン。 イワテの先人に誘われ、行く。 3速にかき上げ、全開で駆け上がる。 ラインをはずし、雪の厚さを感じた瞬間 失速の気配。即座にステップに踏ん張り 車体を立て、スロットルオープン。 後輪は空転まじりに爪を立て、私を押し上げる。 姫神山は、陽射しを浴び、 冷えた北上山地の灯台となって明るい。 濡れた丸太、泥を纏った岩。 前輪を乗せてから後輪を回しても遅い。 惰力に寄り添う全身運動に 湯気が立ち上る。 |
日本全国、転勤して来ると 今、通過している街が 瀬戸内か、それとも北陸か、あるいは三陸か、 にわかに確定できない瞬間がある。 見慣れたコンビニエンスストア。 郵便配達車。交通標識。 築20年前後のアーケード。 それに、ランドマークたらんと踏ん張る老舗。 類似品めいた大通りの懐かしさ。 見知らぬ街で行き倒れた人生が、 そっと助けられ、 説明のつかない優しさに、 「ここを故郷に」と思い詰める話は、よくある。 (雪の中、無事、水沢から帰還) |
正確に言えば、 写ってしまったもの。 その始末こそが、写すことの本質だったりする。 写ってしまった幾千枚の朝を ひたすら消した夜。 小雨にけむる山中の朝、 消去する権利や、選ぶ自由を放棄してみる。 258枚撮った朝は、この1枚から始まった。 泥だらけの林道や、 腐葉土に埋まる山道のことはさておき、 冷えて、濡れて、ひどく寂しい「ここ」を 起点に選んだ私が ありのままに写ってしまった1枚目。 |
丘をめざして走っていると、 鬼が追いかけてくる。 言っておきたいことがあるらしい。 濡れたカーブで加速し、振り切り、 脇道に息をひそめる。 心に鬼を呼ぶことなかれ。 一切を問わず、責めず、 すみやかに修羅を離れ 気配を残さず、 意味すら求めず、 きこりの如く、 炭焼きの如く、 雪を踏み、 道を残せ。 |
鉛筆は、太くてやわらかいのに限る。 風の中にあって、心に入ってくるものを、 つい、鉛筆デッサンしてしまう。 基本は、本物に向き合うことかもしれない。 建造物ひとつとってみても、 面や傾き、遠近法に照らした上での奥行きが、 ゆるぎない骨格がもたらしたものは、 なまじのデッサンを許さない。 岩手の山野は、その応用の極みで、 神経質で、ためらいがちな鉛筆を遠ざける。 一筆で掬い取るべき季節の相貌は、美しい。 |
雨合羽を纏う夫に 「雨はあがってきた」と妻は言う。 「フィールドワークだから」と言い残し、 そのまま走り出す。 軽いバイクと完全防水。 ささやかな冒険には、最高なのだ。 岩手山麓に広がる森林。 張り巡らされた林道は、99%が未知。 だから、濡れた静寂に迷い込む。 見たこともない高さの幹の上に 雲は流れていく。 かすかに伐採の音が聞こえる。 叶うことなら、そんな朝の汗を流してみたい。 |