イワテバイクライフ 2003年9月後半
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岩手山は、十月の色を含んで、ほのかに赤く、 憂鬱な水田の彼方に、姿を変えていく。 玉山村の藪川でシールドに水滴。 行く手に舞う黄色い葉を ライダーは確信犯となって胸に受ける。 岩泉に至り、空一面の雲にも情けはあるようで、 わずかな間隙(かんげき)が光を許し、 大地は血色を取り戻す。 一切の錨(いかり)を切り落とし、 寄せる時間に身を任せ、 流れ去った道を振り返る。 北上山地の頂に今朝も一人、 走り出した理由に向き合う。 |
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ジャケットの通風口を閉めて走る。 10月を目前にした風は冷えて、 日溜りを物色しながらの巡航速度は60km/h。 曇天の西根町から田代平をめざす。 高原を間近にして秋晴れ。 七時雨山を囲むように青空がぽっかり。 天然のスポットライトに歓声を上げる。 整然と刈り込まれた牧野に 短角牛がくつろぐ。、赤茶色に艶々。 昼過ぎの 「小選挙区比例代表並立制」をめぐる勉強会をにらみ 快走モードにシフトする。 |
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滝沢村のトライアル練習場へ。 最短距離を採ると、 この畦道を行くことになる。 稲穂は、確かに頭を垂れているのだが、 気のせいか、 田園の顔色に、充実や質量の気配は薄い。 ススキ揺れるトライアル場の先客は、 顔馴染みのY氏一人。 定年を前に決断した氏の近況に聞き入る。 トライアルだけは続けるとの言葉に安堵し、 練習を始める。 二人黙って、別々の空を見上げる。 |
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糸電話がふるえた。 聞き耳を立てる時間が重く固まり、 振り子となって、 海峡を往復する。 揺りかごの中に胸騒ぎは溢れ、 黒い海面に 朝は飲まれていく。 十勝沖地震。北海道で震度6弱。 三陸沿岸に6年ぶりの津波注意報。 カキ・ホタテなどの養殖施設に被害。 |
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盛岡駅のバス乗り場、 8番停留所を見たくなる。 花巻空港行きのバスを待つ私の影を 回収しようと思った。 駅前の道を挟んで 人影の無い停留所を眺めていると、 バスの往来が、無造作に記憶を遮る。 イワテに帰って4ヶ月。 今朝も、 心おきなく街に同化し、歳月に染まる。 |
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冷えた朝。北へ走り出す。 岩手山の頂きに白銀の雲が絡む。 姫神山へ続く牧草地が薄日を浴びてそよぐ。 新調したシールドは 深まる秋を、ありのままに透過させる。 信号待ちの息に、行く手が白く曇る。 澄んだ視界を求めて八幡平へ急ぐ。 山腹に密生する樹木は、かすかに煉瓦色で まれに赤く染まった葉が飛び散る。 光は雲に遮られ、雲は光の出番を思案する。 流れるセンターラインに絡む陰と陽。 ステップに立ち、全身で風を受け止める。 目は、冷気に晒され、理由のない涙が流れる。 前傾姿勢でカーブへ飛び込めば、鋭利な冬が匂う。 |
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滝沢村のトライアルパーク。 米澤さんが、赤と青のカラーボードを 乾いた赤土の斜面に配置していく。 オートバイトライアルの練習問題である。 クリーン出来るようになると、 師匠は「飽きたでしょう」と笑って 更に難しいコースをプレゼントしてくれる。 3つ目のセクションを攻略できた時には、 すっかり日が頃いていた。 土煙を離れて、山に立つ。 姫神山を灯台にして北上山地の稜線が南に連なる。 下山し、シャワーを浴び、洗車。 朱色の光線が盛岡上空を鋭く横切る。 イワテの短い秋を掬い取るように街に繰り出す。 |
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オートバイトライアルのことを、まだ考えている。 高難度のセクションで クリーンを連発する一流ライダーが 一回でも足を着くと、どよめきが起きる。 5点など取ろうものなら、悲鳴と静寂。 一方、悪戦苦闘しながら、減点を苦にもせず、 けれど諦めず、完走を果たす凡人の 何と微笑ましく爽やかなことか。 人は、一人闘う者を遠巻きに拍手し、 楽しむ者には駆け寄って肩を叩く。 日々の我が事に立ち返れば ことさらに足を着きたがるのは、 深まる秋のせいか。 走行風は10月中旬並に冷えていた。、 |
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そこに飛び込むには、洞察と勇気。 そこから抜け出すには、集中と技術。 入り口と出口の間で思い知らされる「私というもの」。 一度も足を着かずに走破することをね、 「クリーン」と言うんだよ。つまり「減点0」。 でも、減点を恐れているとね、 ちょっとしたミスに集中力が切れて次の策が出ない。 エンジン停止やバイクと共倒れ。最悪の減点5さ。 足を着こうが両足で這い出そうが 粘りに粘って競技区間を抜け出せば減点3で済む。 減点覚悟で、いかに、どこで足を着くか。 意味のある減点。 それも立派な戦略であり勇気なんだね。 出来ることと出来ないことを知っていれば、 自分の力を越えた場面でも 「大健闘の減点3」で切り抜けられる。 人生なんだな。オートバイトライアルって。 |
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夕刻、花屋の若旦那が ハイエースで迎えに来てくれた。 翌日のトライアル大会の会場、青森県新郷村へ急ぐ。 辿り着いたのは20時。 真っ暗闇の山中にランタンの灯りが浮き立つ。 マシーンを運んできた車両が 集落を形成し、夕餉を始めていた。 盛岡の面々は、ひっつみ汁とカツオの刺身、 焼き肉を次々に平らげる。 ほろ酔い加減の和気藹々。 ターフの外を見上げれば、満天の星。 「トライアルをなめちゃいけないよ」 去年2位のヤマダさんが私の目の中をのぞきこむ。 米澤師匠の車に間借り。寝袋で熟睡。 |
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大好きな岩手、 などと昔の記憶にしがみついていないか? 丸暗記した公式となって誘い込まれる「いつものルート」。 だから、やり直す朝。 雫石から滝沢へ、 走ったことの無い道を選んで彷徨い迷う。 ところが、 たまに、見覚えのある十字路や物件に出くわし、 どこを走っていたのか了解できたりする。 白地図が一気に色彩を持つ瞬間。 国道46号線のベゴニアは、 そんな心の地図の基点となって 秋の記憶に走り続ける。 |
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愛機・アドベンチャーの健康診断のついでに 沢内村まで走る。 腰高なシートは、走る「火の見櫓」のようで、 ススキの原やこうべを垂れる海原が 眼下に流れる。 この巨体を停めるのは、よほどの景観なのだが、 県道1号線、雫石町鶯宿で、ハッと足を着く。 一束百円の花の無人販売もさることながら、 その道端の記憶が、そこに佇ませた。 4年前の3月。残雪匂う夕暮れ。。 沢内帰りのTLM220Rを焼き付かせ、 この道の奥の農家で電話を借り、救援を待った。 見慣れぬ花とパラソルに 恩人の歳月を思う。 |
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パンが焼けるまでの時間ももどかしく フラットツインに火を入れた。 珈琲をひと口含んで飛び出す背中に家人の声。 「いい秋。光線が違う」 獲物の大群を迎えた漁師となって センターラインをたぐり寄せる。 秋晴れは、 仙岩トンネルを貫通して田沢湖になだれこむ。 湖底の石のひとつひとつが 走行風の中に光る。 泳ぐように湖を周回。 3時間足らず。往復147kmの「ちょっと、そこまで」 |