イワテバイクライフ2004年1月前半
氷の切れ切れに目を配り、 行けるところを懸命に求め懸命に走る。 納得できた場所が、今朝の終点。 |
私は、もうずいぶん前から あなたに見守られていた気がしてならないのです。 雨宿りの時も 吹雪の午後も、 したたかに酔って星を見上げた時も、 あなたは、そこにいた。 けして、目を合わせることなく、 北の空遠くに微笑みかけていた。 ああ、ショーウインドウに映る盛岡は、 あなたの故郷に似ていますか。 こんな寒空に、 あなたに話しかける私が 映っていますか。 |
のんきな国で言うところの シリアスなどというものは、 身の保身をめぐる緊張だったり、 ずさんな危機管理の挙げ句の果てなのだが、 実は、身構えることすら許さないソリッドな夜こそ、 シリアスなのだ。 凍結した漆黒の光沢は、 一切の予告もなく、一切をひっくり返す。 呆然の後にわき上がる笑いの潔さ。 転んで狼狽する保身の断末魔や それを嘲る風聞の、あさましき加速度とは およそ無縁のシリアス。 さあ、明日に急ぐ私の夜よ、 ひとつ、きっぱり、豪快に 転ぶ時には転んでみせろ。 |
丘の上で鐘が鳴っている。 バイクにも乗れず、便器に跨ること能わず、 まして、文字や人の声など虚ろで、 大切な人と、とうの彼方に別れを告げ、 もう何もかも、闘う術(すべ)を失い、 日当たり良き縁側などに永眠を夢見ながら 結局、午睡から覚め ああ、澄んだ青空だね、と 語りかける人もいない・・・。 今、丘の上に立つ。 駆け上がり、タイヤは滑り出し、 愛機を降りて押し上げた雪の坂道で その日の私が鮮明に見えてしまったのですが、 神よ、あなたの仕業ですか。 |
もしや、と思い 滝沢村のトライアル場へ向かう。 誰かが私を待っていてくれたら まったく申し訳ないことだ。 「モンテッサで自走して来るべきところ、 折からの天候で、このような参上に相成りましたこと お許し下さい」と謝りたかった。 トライアルパークは、 分厚い地吹雪の中にあった。 それでも、誰かが、吹き溜まりで珈琲など沸かして いるかもしれないと思ったのだけれど、 前輪は重い雪に封じ込められ、 後輪は空転するばかりだった。 幾度も幾度も振り返って、山を下りたのだった。 |
バスが好きだ。 それも、岩手のバスだ。 さんざんの風雪を刻んで、それでも走るバスだ。 本州一の寒冷地で 控えめに繋がれていくクラッチ音が好きだ。 歳月がもたらす腐食を 微塵も口にしない体躯が愛おしい。 その図体で、最後の最後まで 笑顔で走っていたんだね。 今月で廃車になる君は、 「ハチハチニ」と呼ばれていた。 緑のナンバープレートは 「岩手 き ・882」だった。 |
喪失感の中で、よりどころを求めている時、 ところで、私は、本など読まなかった。 風は、胸板を貫通するばかりで、 じっと前方を見据えるだけ。 |
私はね、 申し訳ないと思っているんですよ。 雪かきも、何も、みんな、あなたにまかせて 気がふれたようにエンジンかけたんだ。 私はね、 私はね、もう、すまなくて、すまなくて、 |
指が痛い。 やがて、手は、 引き替えに、 愛おしい場所に自らを置き、 |
暦通りの朝。 盛岡では氷点下6度。この冬一番の冷え込み。 いたる所に曇り硝子を張ったような氷。 それにしてもだ。盛岡の街から雪が消えた。 気象台の観測によれば、 この2日間は「積雪ゼロ」の日。 1月に、そのような日が存在するのは、 1997年以来7年ぶり、らしい。 過去10年で見れば、 1993年の1月に積雪ゼロの日が8日間。 日陰の牙を思うことなく、 ライダーが走ることのできた1月のデータは、 無い。 |
この坂を登り切れば |
けれど、その数分前。 方向転換すら許さない刃渡りを、 |
黒いアスファルトの轍は、 ついに雪に飲み込まれた。 ローギアでスロットルを閉ざさず うねり流れる後輪を両足で支えながら 丘にのぼったよ。 鼠色の空に、やがて陽は射し、 「で、イワテは、実際のところ、どうなんだい」と 私の心を照らしてくる。 こんな無垢な場所に呼び出され、 ただ、静かに流れる雪雲だけが耳を傾けている。 どんな願いも口にしたとたん、 真実になってしまうここで、 今更、何を語れというのだ。 |
そういえば、君は、 もう長いこと、ずっと全開で走っているのだけれど、 痛くはないのか。 後から後から追い越しにかかる車を 右のサイドミラーにおさめて 君は、路側帯に寄り添っているのだけれど、 悲しくないのか。 雨だよ。 ほら、冷たい雨だ。 濡れていくのは君だ。疲れ果てるのも君だ。 こんな空の下で、何か幸せを願った君が 今、一心に走っているだけ。 |
思い焦がれた岩手山は、 湿った雪雲に覆われていたから、 踵を返すと、そこに姫神山。 こだわらず、機嫌良く、迷い無く、 たまたまの元日に向き合う。 今年も、行くぞ、イワテ。 道となって、うねり、おどる、大地の恵み。 彼方に海原光る大俯瞰。 尽きる事なき天空の舞。 行くぞ、イワテ。 行くぞ、イワテ。 |