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イワテバイクライフ2004年1月前半


1月15日(木)
街角に分厚く陣取る氷は、なまじの青空や陽射しをものともせず、終日、艶消しされた真冬日。 @盛岡市紺屋町(中津川)

  
  凍りかけた洗面器の水で、
  あぶらぎった不機嫌を拭う。
  凍り付いた日陰道で、
  行き先など、ご破算にする。

  氷の切れ切れに目を配り、
  乾いた道に前輪を導く。

  行けるところを懸命に求め懸命に走る。
  それだけのことで、顔は輝いてくるものだ。
  それだけのことで、終わったことは許せるのだ。

  納得できた場所が、今朝の終点。
  凍りかけた洗面器の水のように、
  素っ気なく満たされた朝。


1月14日(水)
低気圧の足踏みは、時折のザンザン降りと青空など並べ、狂い切れない空のためらい傷ばかり。 @盛岡市中ノ橋通り1丁目


  私は、もうずいぶん前から
  あなたに見守られていた気がしてならないのです。

  雨宿りの時も
  吹雪の午後も、
  したたかに酔って星を見上げた時も、
  あなたは、そこにいた。

  けして、目を合わせることなく、
  北の空遠くに微笑みかけていた。

  ああ、ショーウインドウに映る盛岡は、
  あなたの故郷に似ていますか。
  こんな寒空に、
  あなたに話しかける私が
  映っていますか。  

  

1月13日(火)
牡丹雪は昼前にやみ、安穏たる午後の中にとけ出し、やがて黒く氷の皮膜と化していった。 @盛岡市(国道4号線)


  のんきな国で言うところの
  シリアスなどというものは、
  身の保身をめぐる緊張だったり、
  ずさんな危機管理の挙げ句の果てなのだが、
  実は、身構えることすら許さないソリッドな夜こそ、
  シリアスなのだ。

  凍結した漆黒の光沢は、
  一切の予告もなく、一切をひっくり返す。
  呆然の後にわき上がる笑いの潔さ。
  転んで狼狽する保身の断末魔や
  それを嘲る風聞の、あさましき加速度とは
  およそ無縁のシリアス。

  さあ、明日に急ぐ私の夜よ、
  ひとつ、きっぱり、豪快に
  転ぶ時には転んでみせろ。
  
  

1月12日(月)
雪を積もらせてしまった後の青空は、お人好しの交渉人のようで、凄味をきかせた夕闇に、うやむや。 @盛岡ハリストス正教会(盛岡市高松1丁目)


  丘の上で鐘が鳴っている。
  
  バイクにも乗れず、便器に跨ること能わず、
  まして、文字や人の声など虚ろで、
  大切な人と、とうの彼方に別れを告げ、
  もう何もかも、闘う術(すべ)を失い、
  日当たり良き縁側などに永眠を夢見ながら
  結局、午睡から覚め
  ああ、澄んだ青空だね、と
  語りかける人もいない・・・。

  今、丘の上に立つ。
  駆け上がり、タイヤは滑り出し、
  愛機を降りて押し上げた雪の坂道で
  その日の私が鮮明に見えてしまったのですが、
  神よ、あなたの仕業ですか。
  

1月11日(日)
時折、ふぶき、あるいは、太陽の輪郭がにじみ、孤立した青空など哀れで、氷柱ばかりが群れをなしていた。 @滝沢・姥屋敷線


  もしや、と思い
  滝沢村のトライアル場へ向かう。
  誰かが私を待っていてくれたら
  まったく申し訳ないことだ。
  
  「モンテッサで自走して来るべきところ、
  折からの天候で、このような参上に相成りましたこと
  お許し下さい」と謝りたかった。

  トライアルパークは、
  分厚い地吹雪の中にあった。
  それでも、誰かが、吹き溜まりで珈琲など沸かして
  いるかもしれないと思ったのだけれど、
  前輪は重い雪に封じ込められ、
  後輪は空転するばかりだった。

  幾度も幾度も振り返って、山を下りたのだった。
  
  

1月10日(土)
白銀を覚悟した週末の街には、車が列をなし、夕刻からザンザン降り。 @滝沢村(岩手県交通・滝沢営業所)


  バスが好きだ。
  それも、岩手のバスだ。
  さんざんの風雪を刻んで、それでも走るバスだ。

  本州一の寒冷地で
  控えめに繋がれていくクラッチ音が好きだ。

  歳月がもたらす腐食を
  微塵も口にしない体躯が愛おしい。

  その図体で、最後の最後まで
  笑顔で走っていたんだね。

  今月で廃車になる君は、
  「ハチハチニ」と呼ばれていた。
  緑のナンバープレートは
  「岩手 き ・882」だった。

1月9日(金)
温厚な青空は、春先の匂いすら陽に漂わせ、昨日の雪をとかしていった。 @盛岡市・館向(北上川)


  「これから、どうしたらいいでしょう?」
  真顔の君に「本を読みたまえ」とこたえた。

  喪失感の中で、よりどころを求めている時、
  文字は、すんなり解凍され、心に入ってくるものだ。

  ところで、私は、本など読まなかった。
  来る日も来る日もオートバイを走らせた。

  風は、胸板を貫通するばかりで、
  高速で流れ来るセンターラインは、
  なにひとつ答えをもたらさなかった。

  じっと前方を見据えるだけ。
  深く静かに呼吸を繰り返すだけ。
  それで、よかったのだ。
  おそらく、それが、よかったのだ。


1月8日(木)
うっすら青空に雪かきの音など軽やかに響き、けれど、重く凍っていく裏路地の雪には言及せず、日は暮れた。 @盛岡市・高松の池


  私はね、
  申し訳ないと思っているんですよ。
  雪かきも、何も、みんな、あなたにまかせて
  気がふれたようにエンジンかけたんだ。

  私はね、
  もう、おおよそ、わかっているんですよ。
  あなたは、風景でも見るように
  行く先さえ問わず、私を送り出したんだ。

  私はね、もう、すまなくて、すまなくて、
  池の氷を叩き割りたいほどでした。
  
  嬉しくて嬉しくて、
  白鳥に号令したほどでした。


1月7日(水)
盛岡の最低気温・氷点下8度8分(平年比−3度5分)。人のよさそうな陽射しは夕刻失踪。 @雫石町(岩手山麓)

 
  稜線を高めて岩手山が近づく。

  指が痛い。
  雪原の走行風は、血流に針をしのばせる。

  やがて、手は、
  何か、私とは無関係なもののように思えてくる。

  引き替えに、
  この場に立ち現れた私。
  ひどく熱をおびた内蔵の実存。

  愛おしい場所に自らを置き、
  指を壊死させても微笑んでいるであろう予感。


1月6日(火)
この冬一番の冷え込みや、大きな水溜りの氷を見ても、陽射しの温厚は、たかをくくるには充分・。 @盛岡市・北上川河畔(彼方に岩手山と明治橋)


  暦通りの朝。
  盛岡では氷点下6度。この冬一番の冷え込み。
  いたる所に曇り硝子を張ったような氷。

  それにしてもだ。盛岡の街から雪が消えた。
  気象台の観測によれば、
  この2日間は「積雪ゼロ」の日。
  1月に、そのような日が存在するのは、
  1997年以来7年ぶり、らしい。

  過去10年で見れば、
  1993年の1月に積雪ゼロの日が8日間。
  
  日陰の牙を思うことなく、
  ライダーが走ることのできた1月のデータは、
  無い。

  
  

1月5日(月)
放射冷却も新春の挨拶程度で平年並みの冷え込み。まだまだ本気を出さない冬。 @滝沢村

 
  陽は鋭い角度で射し込んでいる。
 
  行く手の日当たりは、
  時刻や地形の折り合いで決められていく。
  
  乾いてぬくもる舗装路に陶酔したり、
  路肩の蒼い氷に身構えたり。
  
  やがて、一喜一憂することなく、
  陰と陽を踏み分けて進むことを覚える。

  この坂を登り切れば
  堂々たる冬晴れの岩手富士は、目前だ。
 
  けれど、
  よぎる雲の影に、次の出来事を思い、
  ふっ、と微笑み、引き返す。


1月4日(日)
横殴りに吹き付けてみせるなどの脅しも長続きせず、雪雲は周辺の山岳に退却。束の間、まるく青い空。 @盛岡市松園


  四十四田湖畔は、
  おだやかな光に満たされ待っていてくれた。
  
  湖水の彼方の雪山。水鳥のかすかな航跡。
  枯葉にまぶされた新雪。雑木林のざわめき。
  思い描いた通りの岩手が待っていてくれた。

  けれど、その数分前。
  進むか引き返すか、蒼白の瞬間があった。

  方向転換すら許さない刃渡りを、
  「そこまで、そこまで」と朝陽は戯れめかして
  現れたのだった。


1月3日(土)
束の間の陽射しや青空も、混濁の冬空のひとつに過ぎない。 @玉山村


  黒いアスファルトの轍は、
  ついに雪に飲み込まれた。
  ローギアでスロットルを閉ざさず
  うねり流れる後輪を両足で支えながら
  丘にのぼったよ。
  
  鼠色の空に、やがて陽は射し、
  「で、イワテは、実際のところ、どうなんだい」と
  私の心を照らしてくる。

  こんな無垢な場所に呼び出され、
  ただ、静かに流れる雪雲だけが耳を傾けている。

  どんな願いも口にしたとたん、
  真実になってしまうここで、
  今更、何を語れというのだ。
  

1月2日(金)
朝方の晴れ間は、薄められたブルーで、瞬く間に鼠色。所により小雨。 @中尊寺駐車場(平泉町


  そういえば、君は、
  もう長いこと、ずっと全開で走っているのだけれど、
  痛くはないのか。

  後から後から追い越しにかかる車を
  右のサイドミラーにおさめて
  君は、路側帯に寄り添っているのだけれど、
  悲しくないのか。

  
  雨だよ。
  ほら、冷たい雨だ。
  濡れていくのは君だ。疲れ果てるのも君だ。
  こんな空の下で、何か幸せを願った君が
  今、一心に走っているだけ。
  
  

1月1日(木)
元日に雪のない晴れなど、受け入れがたく、けれど、嬉しく。 @姫神山麓


  思い焦がれた岩手山は、
  湿った雪雲に覆われていたから、
  踵を返すと、そこに姫神山。

  こだわらず、機嫌良く、迷い無く、
  たまたまの元日に向き合う。

  今年も、行くぞ、イワテ。
  
  道となって、うねり、おどる、大地の恵み。
  彼方に海原光る大俯瞰。
  尽きる事なき天空の舞。
  
  行くぞ、イワテ。
  行くぞ、イワテ。
  

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