イワテバイクライフ 2004年1月後
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オートバイは楽しい。何度乗っても楽しい。 まして、 凍りかけた圧雪路の走り方がわかってくると、 季節や天候は、走り出す要件から消えていく。 そして、 存分な自由は、岩手だから可能なのであって、 だから、 息を弾ませ、犬のように転げまわり、享受する。 すると、 失った友情や、信頼や、自信を、もう一度だけ、 取り戻せるような気がしてくるから、不思議だ。 私は、ここにいる。もうニコニコして、ここにいる。 目を輝かせ、静謐な夕暮れを一人見渡していると、 最高の遺影を撮り終えた気分になるのだ。 |
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雪のやり場を思案する。 雪は、とけない限り、場所を占領する。 だから、雪が降ると、 居座り続ける理由を 審判されるものが出てくる。 雪以上に 「場」を占める理由を述べられないものは、 雪より先に片付けられる。 毎朝、雪を求めて徘徊する男の思いなど、 そのよい例で、 北上川に放り込まれ、流され、消えていくべき ものかもしれない。 春までの情状酌量を嘆願して、走る。 |
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この朝を胸におさめていたら、 その展望を持つ豊かさ。 |
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代行車の跳ね上げた泥水や 乱痴気騒ぎと溜息と。 そのように、ひと夜の清濁が雪にとけて、 |
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雪野原に 犬の足跡が続く。 道から飛び出しては、跳ね、小便などして、 主に促され、再び道に戻ったようだ。 犬と大差ない朝。 |
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国道282号線を北上。 路肩に寄せて、追い抜きを誘うが 車列は、道路中央に続く雪を警戒して動かない。 気まずい時速35km。 西根町「いこいの村」へ分岐してマイペース。 岩手山は、モノクロームの山腹を見せるだけ。 平笠で陽射しが絶たれる。 停止しようとするが、アイスバーンの上では 両足制動の他に手は無い。 3速ギアのまま、時速20km。 わずかな傾斜が前輪を掬いにかかる。 ソックスを3枚重ねたトライアルブーツの中は 極北と化していく。 引き返すきっかけを失って、この展望に辿り着いた。 |
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できたての圧雪路に、まっすぐ加速する。 何事も起きないから、怖くなって、止まる。 背後に、なだれ。 振り向くと、 枝が支え切れなくなった雪塊の落下だった。 見上げると、青空が、うつろに形を変えていく。 車も来ない。鳥も鳴かない。風も止んだ。 こちらをうかがう野性めがけ、 遠吠えのひとつも、くれてやる。 跪き(ひざづき)、腹ばい、耳を澄ませば、 彼方から飛来する爆音が森をゆさぶる。 ばらばらと雪の塊が落ちる。 きらきらと、私めがけて落ちてくる。 |
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圧雪された朝。 落ちてくる。 雪にまじって落ちてくる。 大きいよ、重たいよ。きっと、冷たいよ。 見上げる眼(まなこ)に加速して、 今、見えるこの街。今、走っているこの道。 どすん、と落ちて、 |
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路肩の雪解け水を巻き込んで走る。 降り出した雪は湿っている。 |
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小さく重い雪が落ちてくる。 迷いもなく、狙いすまして落ちてくる。 あたり一面を、ちりちりと刺して落ちてくる。 軒先でタンクをのぞく。 ゆらりとガソリンが、甘く匂って燃えたがる。 匂いは、瞬く間に雪粒にしみついて、 火をつければ、ほら、空一面に炎が踊る。 コトコト暖気運転。 熱を待つ私は、無口な案山子だ。 白銀に飲み込まれる道化を嫌い、 カンと、サイドスタンドを払う。 コンと、ギアを入れる。 覚悟の響きがタンクを揺らす 弾き出された私を、ザンザンと雪が潰す。 |
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雨は雪になりたがる。 綺麗だからね。 雪は雨になりたがる。 とける悲しさ知らないからね。 とけずに、ずっと綺麗が、いいね。 僕は君になりたがる。 君は僕になりたがる。 ないものねだりの、なりたがり。 そうして、ずっと友達でいられると、いいね。 そうして、ないものが、ずっと、あると、いいね。 春になっても、とけずに、いたいね。 |
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緑が丘まで歩いた。薄手のフリースを買った。 必要だから、そうした。 体温の皮膜を1枚増やして走り出す。 求める風景は雪の中だ。 森のアイスバーンは新雪にコーティングされ、 2速走行をキシキシと鳴いて迎える。 激しい紫外線に、瞳孔は麻痺し、 純度の高いスカイブルーばかりを識別する。 帰路、乾いた国道46号線で速度が乗る。 臆病に視線の定まらなかったエンジンは、 一切の部品が精緻に集結し、油膜を纏って回転し、 うなりを上げて風を突き破る。 私は、傷病兵のように、その様を見つめている。 |
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氷は怖くないよ。 氷のにおいを思い出したよ。 |