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イワテバイクライフ 2004年1月後


1月31日(土)
たじろぐほどの快晴。雪解けの水は乾き、週末の車列は速度を上げて山へ向かう。 @岩手山麓


  オートバイは楽しい。何度乗っても楽しい。
  まして、
  凍りかけた圧雪路の走り方がわかってくると、
  季節や天候は、走り出す要件から消えていく。

  そして、
  存分な自由は、岩手だから可能なのであって、
  だから、
  息を弾ませ、犬のように転げまわり、享受する。
  すると、
  失った友情や、信頼や、自信を、もう一度だけ、
  取り戻せるような気がしてくるから、不思議だ。
  
  私は、ここにいる。もうニコニコして、ここにいる。
  目を輝かせ、静謐な夕暮れを一人見渡していると、
  最高の遺影を撮り終えた気分になるのだ。

1月30日(金)
朝方、うっすらとした晴れ間から小雪がちらつく。良い方へ向かうと考えた楽天に空は微笑んだ。 @盛岡市安倍館(北上川の向こうは館向)

  雪のやり場を思案する。
  
  雪は、とけない限り、場所を占領する。
  だから、雪が降ると、
  居座り続ける理由を
  審判されるものが出てくる。
  
  雪以上に
  「場」を占める理由を述べられないものは、
  雪より先に片付けられる。

  毎朝、雪を求めて徘徊する男の思いなど、
  そのよい例で、
  北上川に放り込まれ、流され、消えていくべき
  ものかもしれない。
  
  春までの情状酌量を嘆願して、走る。

1月29日(木)
手をさしのべれば、蒼く染まってしまいそうな空。一切のフィルターを捨てた陽射しは、ゲレンデのそれに近い。 @盛岡市三ツ割


  日当たりの良いりんご畑だ。
  堂々たる雪の白さと厚みだ。

  この朝を胸におさめていたら、
  背後に年配の婦人が立っていた。
  りんご農家の庭先だったようだ。
 
  見事な岩手山を讃えると、
  にっこり、きっぱり、
  「まだまだ、だめだめ、雲が多すぎる」

  その展望を持つ豊かさ。
  空を批評する人生の贅沢。
  雪の下り坂に、
  「本当の幸せ」と呟いてみる。


1月28日(水)
ダメオヤジの如き弛緩した冬の朝は、午後2時、道化の仮面をはずし「思い知ったか」とザンザン降り。 @盛岡市・北山の寺町(455号線)


  フロントブレーキが鳴く。
  レバーを握り込んでいくと、いきなり止まる。
  
  長田町の田中さんに点検していただく。
  結局、ブレーキシュー(摩擦板)の交換。
  走行距離5500kmだった。
  
  この他、
  ちぎれていたキックバーのラバーを新調。
  鍵穴に水が入って凍ったらしい
  タンクキャップの調整。
  
  心地よいピット作業を済ませ、
  好きな街に、心ゆくまで頬摺りする。


1月27日(火)
朝方の青空は、昼前には、うやむや。午後、大粒の雪。夕刻、戻った晴れ間など、夜の餌食。 @中央通り(県庁前) 

  
  違う雪を見たくなる。

  代行車の跳ね上げた泥水や
  幾多の嘔吐に染まり、
  ぬるぬると、
  路地裏の雪は避けようもなく絡み付く。

  乱痴気騒ぎと溜息と。
  高揚任せの綺麗事と。
  声をひそめる取引と。
  結論の知れた難題と。
  陣地をたたむ潮時と。
  観念して受ける杯と。
  後に引けない啖呵と。

  そのように、ひと夜の清濁が雪にとけて、
  朝は来る。


1月26日(月)
氷点下10度前後の冷え込みなど、いったん朝が来てしまえば、そそくさと柔和になり、形ばかりの真冬日。 @雫石川河川敷


  雪野原に
  犬の足跡が続く。
  道から飛び出しては、跳ね、小便などして、
  主に促され、再び道に戻ったようだ。

  犬と大差ない朝。
  
  けれど、
  はずれるほどの道は、あるのか。
  飛び跳ねる程の心は、あるのか。
  
  深い雪野原に身を投げ、
  葬られた日々を思い、
  雪をかきむしり、
  せめて、ひとすじ、轍を残す。

  


1月25日(日)
終日晴天。屋根の雪はとかしても、氷柱を削るほどの陽のぬくもりは無かった。 @松尾村(八幡平遠望)


  国道282号線を北上。
  路肩に寄せて、追い抜きを誘うが
  車列は、道路中央に続く雪を警戒して動かない。
  気まずい時速35km。
  
  西根町「いこいの村」へ分岐してマイペース。
  岩手山は、モノクロームの山腹を見せるだけ。
  平笠で陽射しが絶たれる。
  停止しようとするが、アイスバーンの上では
  両足制動の他に手は無い。
  3速ギアのまま、時速20km。
  わずかな傾斜が前輪を掬いにかかる。
  
  ソックスを3枚重ねたトライアルブーツの中は
  極北と化していく。

  引き返すきっかけを失って、この展望に辿り着いた。

1月24日(土)
昨日の雪は、深層で氷と化し、春までの固くなを誓い、表層は気まぐれなツーリングを許す。時々の青空。 @雫石町


  できたての圧雪路に、まっすぐ加速する。
  何事も起きないから、怖くなって、止まる。
  
  背後に、なだれ。
  振り向くと、
  枝が支え切れなくなった雪塊の落下だった。
  見上げると、青空が、うつろに形を変えていく。
  車も来ない。鳥も鳴かない。風も止んだ。
  
  こちらをうかがう野性めがけ、
  遠吠えのひとつも、くれてやる。
  
  跪き(ひざづき)、腹ばい、耳を澄ませば、
  彼方から飛来する爆音が森をゆさぶる。

  ばらばらと雪の塊が落ちる。
  きらきらと、私めがけて落ちてくる。


1月23日(金)
沿岸部まで雪で、ほぼ全域真冬日。雪空ににじむ太陽の輪郭などファンヒーターに及ばず。 @盛岡市上田3丁目(岩大ストリート)


  圧雪された朝。

  落ちてくる。
  雪にまじって落ちてくる。
  大きいよ、重たいよ。きっと、冷たいよ。

  見上げる眼(まなこ)に加速して、
  そら、来た、来た。

  今、見えるこの街。今、走っているこの道。
  みんながいるから、今、在る朝。

  さて、この街の大きさほどの鉄の玉がね、

  どすん、と落ちて、
  朝が消える。


1月22日(木)
終日の雪模様。時折、横殴り。夜、雪はやみ、美しいまでの圧雪路。 @盛岡市松尾町(旧・馬検場)


  割れた海の底を行く。
  そんな気分だ。
  車道の雪が、すっかりとけた。

  路肩の雪解け水を巻き込んで走る。
  融雪剤にまみれて走る。
  いいではないか、
  錆びていく自覚こそ、尊い。

  降り出した雪は湿っている。
  車がはねあげる泥水をあびる。
  いいではないか、
  盛岡の往来に立つしぶきこそ、嬉しい。

  


1月21日(水)
小寒の氷を大寒がとかす、との諺通り、およそ寒気とは無縁の一日。夕刻、西日らしき西日。  @盛岡市本宮(盛岡市アイスアリーナ)


  高校野球の朝、
  ファウルグラウンドの緑に揺れる蝶の白さに
  心が向いた。
  逆転のランナーが3塁ベースを駆け抜ける時、
  点数のことより、
  砂を噛むスパイクの金具のしなりを思った。

  「欲しいのは、事実だ。お前の感想じゃない」
  新米の頃、よく叱られた。

  25年が経って、今朝も私はイワテを走る。
  走る事実を重ねてみても
  人生の感想文は生まれない。

  スケートとアイスホッケーの
  全国高校総体が岩手で開幕した。
 


1月20日(火)
重く湿った雪は、沿岸部の停電や列車の運休を招く。昼過ぎ、青空がのぞき、雪はとけ街を濡らす。 @北上川河畔(盛岡市・旭橋のたもと)


  みぞれに濡れた手で耳を塞ぐ。
  
  開運橋の喧噪や旭橋の轟音が、見える。
  
  動き出した街の中で、
  広々、ひとり。深々、雪に埋もれる。
  
  ああ、私は、
  ここに辿り着いたのか、
  それとも、ここは、行き止まりだったのか。
  耳を塞ぐ手に訊ねる。
  
  じっと答えを待つ雪空に
  「ケルンコンサート」(キースジャレット)が
  しのびこむ。


1月19日(月)
小粒の雪も終日降れば、雪かきを誘うけれど、じくじくと湿った雪では、とけるのを待ってみたくなる。 @盛岡市高松1丁目


  小さく重い雪が落ちてくる。
  迷いもなく、狙いすまして落ちてくる。
  あたり一面を、ちりちりと刺して落ちてくる。

  軒先でタンクをのぞく。
  ゆらりとガソリンが、甘く匂って燃えたがる。
  匂いは、瞬く間に雪粒にしみついて、
  火をつければ、ほら、空一面に炎が踊る。

  コトコト暖気運転。
  
  熱を待つ私は、無口な案山子だ。
  白銀に飲み込まれる道化を嫌い、
  カンと、サイドスタンドを払う。
  コンと、ギアを入れる。
  覚悟の響きがタンクを揺らす

  弾き出された私を、ザンザンと雪が潰す。
  

1月18日(日)
表通りだけ照らす陽射しは、冷えていて、幾多の凍結路に異常なく、晴れて見せただけの空。 @玉山村


  雨は雪になりたがる。
  綺麗だからね。
  雪は雨になりたがる。
  とける悲しさ知らないからね。
  
  とけずに、ずっと綺麗が、いいね。

  僕は君になりたがる。
  君は僕になりたがる。
  ないものねだりの、なりたがり。
  
  そうして、ずっと友達でいられると、いいね。
  そうして、ないものが、ずっと、あると、いいね。

  春になっても、とけずに、いたいね。
  

  

1月17日(土)
氷をとかし、濡れた街を乾かした光線は、薄暮をかすかに朱にそめて役割を終えた。 @雫石町


  緑が丘まで歩いた。薄手のフリースを買った。
  必要だから、そうした。

  体温の皮膜を1枚増やして走り出す。
  求める風景は雪の中だ。
  森のアイスバーンは新雪にコーティングされ、
  2速走行をキシキシと鳴いて迎える。
  激しい紫外線に、瞳孔は麻痺し、
  純度の高いスカイブルーばかりを識別する。

  帰路、乾いた国道46号線で速度が乗る。
  臆病に視線の定まらなかったエンジンは、
  一切の部品が精緻に集結し、油膜を纏って回転し、
  うなりを上げて風を突き破る。
  私は、傷病兵のように、その様を見つめている。

1月16日(金)
気温は「平年並み」という語感で弛緩を誘いながら、居座った寒気団は、過去最高の消費電力量を置き土産にした。 盛岡市大沢川原(盛岡駅南側)


  氷のにおいがしたよ。
  でもね、すぐ凍って思い出せないよ。

  氷は怖くないよ。
  ただね、その上で、してはいけないことを
  教えてくれるだけだよ。

  氷のにおいを思い出したよ。
  
  それはね、
  氷山に飲み込まれて、
  体は氷塊に同化して、
  在るのは凍っていく心で、
  動かせるのは、かすかな隙間に救われた瞼(まぶた)で、
  光を探して瞬きする僕の涙のにおいだったよ。

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