イワテバイクライフ 2004年2月後半
一寸先に怯える季節は終わった。 岩手山麓の森林地帯を彷徨う。 冬に蹂躙された黒土は、 前輪を受け止める力も失い、 ずぶずぶと私を道連れにしようと崩れる。 夕闇の洗車場でコインをさぐっていると、 オーナーらしき老人が歩み寄る。 「バイクはタダだ」 意味を飲み込めず突っ立ていると、 機械のボタンを「オーナーモード」にし、 「洗剤かけるのか」「お湯にするか」と聞いてくる。 「あの、普通で」と言いかけると、 「好きなだけ洗え」とノズルを渡された。 跳ね返る温水を浴びるうち、 泣けてきたのでした。 |
夕刻まで県内各地の同業者と勉強会。 「自らの楽器の特性を知ること」 「意味を伝える演奏をすること」 「楽譜に込められた情感をくみとること」 「最初の音が、その後の流れをつくること」 「聞く人の認識を視野に入れながら表現すること」 「先のことより、この瞬間の音に集中すること」 「伝えるべきことの勢い、質量にシンクロすること」 「難関にさしかかったら、静かに減速すること」 「苦しくなる前に楽にしておくこと」 「網羅するのではなく、ひとつひとつ提示すること」 「人の心は、段取り通りには開かないこと」 「勢いに乗る勇気。勢いを離れる勇気」 |
岩手に生きていくと決めてから。 今朝も、道は森に伸びていく。 |
3月や4月にくらべられた2月も、あと3日。 愚痴のひとつもこぼさず受け入れた雪や氷は、 勝手気ままに消え、剥き出しの土手が残された。 生まれたばかりの命にも似て、ぬめり濡れて、 どうしてよいかわからない様子で、 川面をゆがめる薄日に向き合っている。 白鳥が気ぜわしく鳴いている。 凍り切れな曇天と、とけた冬を押し流す川の狭間で、 潮時を思い始めた羽音が 頭上をかすめ、遠のいていく。 |
もし読点がなかったら、どうしますか。 |
物忘れが進んだものだ。 下取りに出したバイクの納税証明書を 取扱店に渡すことを、すっかり忘れていて催促された。 慌てて届けた。 こんな具合に、誰かに迷惑をかけているのかと、 不安になる (かけてんだよぉ〜)。 一生懸命やっているつもりでも、 どんどん抜け落ちているもの(毛か?)があるような。 そんな気がして萎える。 覚悟を決めた土地で、 そういう自分を見たくないから、なおさら辛い。 素直に、ひとつひとつ点検を始める。 |
強風に前輪を掴まれ、揺さぶられていると、 妙に意地を張りたくなる。 タンクに伏せ、顎を引き、一点を睨み据え 理不尽の苦味を思い出す。 飛び来るみぞれに面と向かい目をそらさず、 それがどうしたと微笑む。 納得し気が晴れるまでは、引き下がらない。 目論見通りにはさせない。 不条理の眉間に手斧を幾万回も振り下ろし、 粉々になるまで叩き割り、 馬鹿馬鹿しさの息の根を止めるまで走って、 今朝も私の平和は訪れる。 |
バイクの出入口に鋼を立てる。 分厚く繁殖した氷を叩き割る。 ある種、行のような時間だが、 それなりに法則が見えてくる。 ひとつ、割れたがる時を待つ。 ひとつ、割る順番を厳守する。 ひとつ、逃げ道を残しておく。 ひとつ、最後の一撃は優しく。 なるほど、氷の気持ちになる。 叩き出されるものの心を知る。 一切の作業を終えて走り出す。 陽射しが、一日の間にした事。 知りたくなって昨日に戻った。 |
乾いた国道の殺伐といったらない。 だから、西根町から安比高原まで、 ひたすら、裏道で残雪地帯を走る。 澄み切った雪解け水が行手を洗う。 前輪が、光線を含んだ飛沫を上げ、 冬と春の境界線を切り分けていく。 時々どうしようもなく困った事に、 対向車とか追い越しの車なのだが、 とけたかけた雪の轍を斜めに切り、 どっとザラメ雪を叩きつけてくる。 お人好しなライダーは照れ笑いし、 煌めく雫を纏ったまま走り続ける。 (いいさ、春が来るなら、いいさ) |
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手をつないでいるのか、 ひと括りにされたのか。 しきたりか、しがらみか、 あるいは、掟か、相場か。 何はともあれ世間は整然と回る。 無駄のない取り仕切りでうごく。 私の最後の朝もそうなのか。 原色に託された惜別の情が、 過不足なく一線に配置され、 晴れがましくも、事務的に、 さっさと片付いていくのか。 (写真と文はなんら関係ありません) |
季節の出口を求め、 池を周回する私は、 さながら停車駅を失った地下鉄です。 洞穴の奥に獰猛なうなりが漂い、 金属めいた悲鳴などまじり、 地響きとともに熱い風圧が押し寄せ、 取り返しのつかない勢いが転がり込み、 ホームの生欠伸をなぎ倒していく鉄拳。 私の車窓には 氷解の湖面と白鳥の羽が、 モノクロームに広がり、流れ、 餌を求める怒号ばかりが 聞こえてきます。 |
どんなものにも時機がある。 シリンダーの出来事も同様で、 |