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イワテバイクライフ 2004年2月後半


2月29日(日)
これが現実だとばかりにたれこめる雲。働こうにも遊ぼうにも非協力的な小雨。夕刻ようやくの晴れ間も手遅れ。 @岩手山南麓


  一寸先に怯える季節は終わった。
  
  岩手山麓の森林地帯を彷徨う。
  冬に蹂躙された黒土は、
  前輪を受け止める力も失い、
  ずぶずぶと私を道連れにしようと崩れる。

  夕闇の洗車場でコインをさぐっていると、
  オーナーらしき老人が歩み寄る。
  「バイクはタダだ」
  意味を飲み込めず突っ立ていると、
  機械のボタンを「オーナーモード」にし、
  「洗剤かけるのか」「お湯にするか」と聞いてくる。
  「あの、普通で」と言いかけると、
  「好きなだけ洗え」とノズルを渡された。
  跳ね返る温水を浴びるうち、
  泣けてきたのでした。
  

2月28日(土)
3月へのカウントダウンをする気にもなれない凡庸な冷え込み。灰色の午後は、冬の消化ゲーム。 @盛岡市近郊


  夕刻まで県内各地の同業者と勉強会。
  
  「自らの楽器の特性を知ること」
  「意味を伝える演奏をすること」
  「楽譜に込められた情感をくみとること」
  「最初の音が、その後の流れをつくること」
  「聞く人の認識を視野に入れながら表現すること」
  「先のことより、この瞬間の音に集中すること」
  「伝えるべきことの勢い、質量にシンクロすること」
  「難関にさしかかったら、静かに減速すること」
  「苦しくなる前に楽にしておくこと」
  「網羅するのではなく、ひとつひとつ提示すること」
  「人の心は、段取り通りには開かないこと」
  「勢いに乗る勇気。勢いを離れる勇気」

2月27日(金)
最低気温は平年並み、最高気温は、真冬日すれすれ。衰弱した青空を雪雲が包囲した一日。 @滝沢村


  そういえば、そうかもしれない。

  どんな小さなことにも、
  思案を重ね、最善を探る。
  
  仲間の失敗に苛立つことなく、
  一緒に考えようと励ます。

  岩手に生きていくと決めてから。
  岩手に生かしてもらってから。
  当たり前の人間に戻っていく。

  今朝も、道は森に伸びていく。
  森から帰る度、何かが変わる。


2月26日(木)
朝方の雨に冬のアカが流され、黒く湿って落ち着いたのだが、やがて、青空と横殴りの雪など、いっときの錯乱。 @盛岡市安倍館(北上川)


  3月や4月にくらべられた2月も、あと3日。
  
  愚痴のひとつもこぼさず受け入れた雪や氷は、
  勝手気ままに消え、剥き出しの土手が残された。
  
  生まれたばかりの命にも似て、ぬめり濡れて、
  どうしてよいかわからない様子で、
  川面をゆがめる薄日に向き合っている。
  
  白鳥が気ぜわしく鳴いている。
  凍り切れな曇天と、とけた冬を押し流す川の狭間で、
  潮時を思い始めた羽音が
  頭上をかすめ、遠のいていく。

2月25日(水)
なまじのピーカンマークに期待すると、予報と現実の断絶にへこむ。昼前から、それらしく辻褄が合ってきたのだが。 @滝沢村


  読点(とうてん)のことを考えていた。
  意味の切れ目にほどこす「、」のこと。

  もし読点がなかったら、どうしますか。
  何百字あろうと句点(くてん)まで
  一気に読みますか。・・・まさか。
  探すでしょ。あなたなりの理解で。読点を。
  
  でもね。みんながみんな同じところに
  読点を打つとは限らないよね。
  
  それからね。すでに打たれている読点を黙殺して
  読み続けることもあるでしょ。
  読点の無いところに、あなただけの読点を
  打つこともあるでしょ。

  走るのも、一緒かな。


2月24日(火)
最高気温が6度に迫ったからといって「三月上旬並み」だなんて喜ぶほど馬鹿じゃないと思っていたけれど、はしゃいだ私。 @盛岡市郊外


  物忘れが進んだものだ。
  下取りに出したバイクの納税証明書を
  取扱店に渡すことを、すっかり忘れていて催促された。
  慌てて届けた。

  こんな具合に、誰かに迷惑をかけているのかと、
  不安になる (かけてんだよぉ〜)。

  一生懸命やっているつもりでも、
  どんどん抜け落ちているもの(毛か?)があるような。
  そんな気がして萎える。
 
  覚悟を決めた土地で、
  そういう自分を見たくないから、なおさら辛い。
  素直に、ひとつひとつ点検を始める。
  

2月23日(月)
轟々たる早朝の嵐だったらしい。不安が散乱し、ぶつかり合う音がしたと人は言うのだが、本人熟睡。やがて天候回復。 @滝沢村?


  強風に前輪を掴まれ、揺さぶられていると、
  妙に意地を張りたくなる。
  
  タンクに伏せ、顎を引き、一点を睨み据え
  理不尽の苦味を思い出す。
  
  飛び来るみぞれに面と向かい目をそらさず、
  それがどうしたと微笑む。
  
  納得し気が晴れるまでは、引き下がらない。
  目論見通りにはさせない。
  
  不条理の眉間に手斧を幾万回も振り下ろし、
  粉々になるまで叩き割り、
  
  馬鹿馬鹿しさの息の根を止めるまで走って、
  今朝も私の平和は訪れる。

2月22日(日)
ぬるみ、ゆるみ、ひるみ、2月も消えていく。残された街は、白くひからびたり、黒く不穏な水浸しだったり。 @安比高原


  バイクの出入口に鋼を立てる。
  分厚く繁殖した氷を叩き割る。

  ある種、行のような時間だが、
  それなりに法則が見えてくる。
  
  ひとつ、割れたがる時を待つ。
  ひとつ、割る順番を厳守する。
  ひとつ、逃げ道を残しておく。
  ひとつ、最後の一撃は優しく。

  なるほど、氷の気持ちになる。
  叩き出されるものの心を知る。

  一切の作業を終えて走り出す。
  陽射しが、一日の間にした事。
  知りたくなって昨日に戻った。

2月21日(土)
最高気温10度前後の岩手。2月にして、4月を思わせる陽気は、3月のイメージを希薄にするばかり。 @安比高原


  乾いた国道の殺伐といったらない。
  だから、西根町から安比高原まで、
  ひたすら、裏道で残雪地帯を走る。

  澄み切った雪解け水が行手を洗う。
  前輪が、光線を含んだ飛沫を上げ、
  冬と春の境界線を切り分けていく。

  時々どうしようもなく困った事に、
  対向車とか追い越しの車なのだが、
  とけたかけた雪の轍を斜めに切り、
  どっとザラメ雪を叩きつけてくる。
  お人好しなライダーは照れ笑いし、
  煌めく雫を纏ったまま走り続ける。

  (いいさ、春が来るなら、いいさ)

2月20日(金)
まず、間違いなく、この冬一番の晴天。光線は奔放に反射し、自由であることの凄まじさを思い知らせてくれた日。 @玉山村


  そこが、イワテでも、御殿場でも、シベリアでも
  どこでもよいのだけれど、無性に思い描くのです。
  
  私は、光線が溺れてしまう程の青空を見たとたん、
  間違いなく、丘は新雪に覆われ、きしきしと鳴き、
  岩手山は茫洋と白く裾野を広げているであろうと、
  憑かれた如くに想念の筆を走らせたわけであって、
  しゃにむに、この場をめざして雪中の猟犬となり、
  辿り着くと、念じた通りの私になれたわけであり、
  それは、つまり、事実をもたらしたと言うべきか
  そして、そんな時間にどれほどの意味があるのか、
  どうも、判然としないまま、山を下りたのでした。


2月19日(木)
けして険悪な曇天ではないのだが、ともすると落ち込もうとする人心を、更にその気にさせかねない一日。 @滝沢村


  友人からメールが届いた。
  新しいアドレスの知らせだった。
  
  「ふむふむ」と了解し、閉じかけて、はっとする。
  「宛先」に、懐かしい人々の名前が連なる。
  私は、その中の一人。
  そうか、いわゆる一斉連絡だったんですね。
  
  疎遠になってしまった人々の名前をクリックすると、
  見覚えのあるアドレス。
  
  (そこで頑張っているんだね)
  
  同じ風の中に居た午後を振り返る。
  心に素直な春が芽生えた。


2月18日(水)
心なしか冬の匂いが強まり、濡れた街路が冷えた鏡となり、切れ切れの晴れ間など映すのも、いと寒し。 @盛岡市


  手をつないでいるのか、
  ひと括りにされたのか。
  
  しきたりか、しがらみか、
  あるいは、掟か、相場か。

  何はともあれ世間は整然と回る。
  無駄のない取り仕切りでうごく。
  
  私の最後の朝もそうなのか。
  原色に託された惜別の情が、
  過不足なく一線に配置され、
  晴れがましくも、事務的に、
  さっさと片付いていくのか。

  
  
(写真と文はなんら関係ありません)

2月17日(火)
寒さやわらぐフェイントから、吹雪の襲来。もう、だめだ、と思わせておいて宵の晴れ間。 @高松の池


  季節の出口を求め、
  池を周回する私は、
  さながら停車駅を失った地下鉄です。
  
  洞穴の奥に獰猛なうなりが漂い、
  金属めいた悲鳴などまじり、
  地響きとともに熱い風圧が押し寄せ、
  取り返しのつかない勢いが転がり込み、
  ホームの生欠伸をなぎ倒していく鉄拳。

  私の車窓には
  氷解の湖面と白鳥の羽が、
  モノクロームに広がり、流れ、
  餌を求める怒号ばかりが
  聞こえてきます。

2月16日(月)
濡れ手になんとやら。脆弱な日陰の氷に鋼を立てれば、ごっそり割れて、氷山の身売りの如し。 @玉山村


  屋根から氷が落ちる。
  鋼で叩き割るには固すぎた冬は、
  とけて持ち崩した自らの重みに従い、
  いとも簡単に月夜に躍り、砕け散る。

  どんなものにも時機がある。

  シリンダーの出来事も同様で、
  乾いたアスファルトに促され、
  4サイクルの筋肉が震え出す。
  ひゅるるると柔和な呼吸や、
  ふぉおおおと快活な火炎が、
  ひょおおおと彼方を引き寄せる。
  だから、カーブで私は傾いて、
  こんなに道は饒舌だったかと、
  こんなに春は幸せだったかと、
  三馬力に寄り添い、泣けてくる。


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