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イワテバイクライフ 2004年4月前半


4月15日(金)
春の陽射しを遮る雲はない。とはいえ、安比高原の上の「ブナの駅」は、まだ雪に閉ざされていた。 @西根町(岩手山)


  サーキットの昼下がり。
  早々に耐久レースをリタイアしたライダーは、
  タンクに残された燃料を思う。
  ちゃぷちゃぷと満たされていた。
  たぷたぷと波打っていた。
  ピット裏には、
  メインストレートのマシーンの疾走が聞こえてくる。
  尾を引いて長々と。あるいは、連打して次々と。
  陽炎の中でしのぎをけずる音は、
  遠い異国の出来事のように思えた。
  ゴールまでには、欠伸や昼寝を繰り返しても
  やりすごせない時間が横たわっている。
  (ならば)とライダーは思った。
  (レースが終わるまで、
  美しく安らかなスローモーションを見るように
  イギリスかイワテの田舎道を
  走っていようじゃないか)
  眼下のタンクから旅の予感が匂い立った。


4月14日(水)
ジーパンなど軽装で走り出したライダーは、陽射しのない朝にこごえた。宮古で桜満開など花便りばかり賑やか。午後になって春が戻る。 @盛岡市近郊


  なだらかな丘を
  踊るようにうねり、越えていく。
  
  道に寄り添う風となって
  行く手を見つめていると、
  心一面に凪(なぎ)がおとずれる。
  
  ことさらに嫌うものも憎むものもなく。
  声高に反論し闘争すべきこともなく。
  あるがままでよく、心は軽く、
  今朝もイワテの匂いが嬉しいのです。


4月13日(火)
ここまでするか、というほどの晴天続きと異様な乾燥。本当は、しっとり濡れる赤土・黒土がなつかしい。 @玉山村(岩手山展望)


  光を吸って雲雀や鶯が歌う。
  山は、今日も、そこにあった。
  羽毛のような風に、ぼんやり吹かれていると、
  流れ落ちる砂のような歳月が聞こえる。

  私の大切な人々よ。
  いつまでも親しく笑いあっていたいものだ。
  けれど、笑顔が縮み、小言が減り、忘却し、居眠りし、
  そのように、私の愛する岩手は、いずれ終わる。
  どんなに号泣し追いすがっても、その日は来る。
  今日も、私の大切な人々は生きている。
  この大気の中で皺を刻んでいる。
  愛おしい今を抱きしめる。
  
  岩手山よ。いったい大地も老いていくのか。
  堆積した莫大な歳月そのものの山よ。
  おまえという砂時計を掴み上げ、
  ひっくり返してよいか。 

4月12日(月)
春霞の大気を攪拌する強風。どう吹き荒れたところで、花を促す風にほかならず、石割桜に五輪の開花。 @玉山村


  夢を見た。

  年老いた両親がたずねてきた。
 
  なまあたたかい春の夜、
  親子は、河口の空き地に野営する。

  海がやけに静かだ。
  すると海面が盛り上がり、
  川岸を削って津波が押し寄せる。

  テントが流されたので宿を探す。
  やっと落ち着いた木賃宿も、
  煮しまった布団部屋。

  真夜中だというのに、
  壊れたテレビが派手な戦争シーンを繰り返す。
  親父が静かに口を開いた。
  (こんなに寂しい暮らしをしていたのか)
 
  悲しくて悲しくて、目が覚めた。


4月11日(日)
乾いて柔らかい風はTシャツに心地よく、霞みきった一日の記憶など印象希薄だが、思いのほかに桜の開花は近い。 @雫石町


  トライアル修行の汗をふくんだ
  シャツや靴下を草原で脱ぐ。
  仲間の変わりない優しさに触れ、
  ほんとうにいい日曜日だった。

  帰宅し、トランポからバイクを降ろしていると、
  春霞の空に太陽が朱に染まり、
  消え入る場所を知らせている。

  軒先の50ccに飛び乗り西へ急ぐ。
  夕闇が濃くなるほど、
  街には暮らしの匂いが漂う。
  交差点や、バイパスの灯りは、
  どれもイワテの歳月を彩るもので、
  親し気に流れる。

  見渡すかぎりの孤独に辿り着いた時には
  夕焼けの幕はおろされていた。

4月10日(土)
高気圧は減速し、雲の移ろいは穏やかで、陽射しは、どこまでもついてくる。 @秋田県・鳥海山麓(鳥海ブルーラインは、4月23日まで閉鎖)


  モンテッサ・コタ315Rを
  車に初めて積載。
  見よう見まねのタイダウン(縛り付け)。
  おそるおそるの国道4号線は春光にあふれ、
  ミラーに映る愛機もおとなしい。
  7年思い描いてきたトランスポーターライフ。
  津志田のディーラー(クボトラ)へ。
  30分足らずの移動だったが、
  これほど充たされたドライブはない。

  コタは、診断の結果、
  リヤブレーキのホースが破損していた。
  半日ほどの入院。

  で、ぽっかり空いた午後。
  秋田県の鳥海山麓へ。
  山の新たな展望など収穫を重ねる。
  斜光の時を、胸深くおさめる。

 

4月9日(金)
舗装路は春のほてり。大気は乾き、湿度20%。そこに強風注意報。山火事は一触即発。何より凄まじい紫外線。 @西根町(岩手山麓)


  つまるところ
  君の心をかけめぐった言葉。

  「かなしい」「うつくしい」「ほこらしい」

  たとえば、
  「悲しい物語は、美しく語られ誇らしく燃え上がる」
  あるいは、
  「美しい星は、悲しいほどに輝き、誇らしく消えた」
  それより、
  「誇らしい笑顔には、悲しい影もなく、ただ美しい」

  でも、きっと、
  「悲しい道化は、
   美しい嘘を信じたことを
   誇らしく思った」

  

4月8日(木)
数字としての最高気温など、10度もあれば十分で、要は、陽射しの純度と大地や道の体温なのだ。 @玉山村


  そういえば、
  走り出してから、ひと言も喋らない。
  かすかに風を切る音と、
  寝息のような呼吸が聞こえるだけ。

  そういえば、
  走り出してから、人に会わない。
  道はあるのに、誰も通らない。
  風に流される雲の影ばかり。

  それが、いいのです。
  何事も起きない、起こさない朝がいいのです。
  意味さえ思いつかない時間がいいのです。
  
  故郷から遠く離れた北国の片隅で
  この場所、この道、この空に
  私を放置しては、孤立無援を確かめる。
  もののあはれを俯瞰する。
  

4月7日(水)
入学式の正装を濡らす雨は、山野の雪をとかすほどの決意も無く、ハンコを持たぬ役人のように降ったり止んだり。 @玉山村


  なれなれしく演歌が肩に手をかけてくる夜。

  まあ、一杯、と酒を注がれ、
  「で、何があったんだい」と尋ねられても、
  実際、何だったのか、今となってはよくわからない。

  悲しい記憶ほど、さっさと抹消されていくらしい。
  わかっていることは、
  膨大な時間と労力が無駄になった、ということ。
  気付けば、
  岩手がなければ生きていけないほど
  変形した心と、
  毎日走らないと平衡を保てない人間が、
  ここに残された、ということです。
  
  「それだけのことです」とこたえて酒をふくめば、
  「それは」と、深い間合いを置き、、
  「地獄・・・」と、あなたは断じたのでした。


4月6日(火)
朝のまろやかな光と風と空の青さは、永遠に繰り返されて欲しい事柄のひとつに思え、20度前後の最高気温で思いは頂点。@盛岡市(中津川)


  見なくてよい世界がある。
  見てはならない光景がある。
  知らずに老いることが幸せなこともある。

  ある日、君は月の裏側に入った。
  人間の豹変を見た。
  恐怖と絶望を支配する機械仕掛けを見た。
  幾千幾万の真心が焼き払われる様を見た。
  瞬きもせず見た。

  同時に、君が求め、めざし、憧れた世界は、
  月の裏側にあることを知った。
  以来、君は、街を離れるようになった。
  古いノートに綴られた本当のことを、
  風の中で反芻した。
  
  今朝、久し振りに、平和な川べりに立ち、
  心の爆心地を思った。

4月5日(月)
地表の熱が奪われる放射冷却と引き換えに、太陽の熱は、かなり率直に岩手をぬくもらせた。 @国道455号線・早坂高原(岩泉町)


  澄み切った青空を追いかけるうち、
  北上高地へ駆け上がっていた。

  岩洞湖は、とけ切れない氷に覆われ
  春光の中に白く戸惑っていた。
  
  放射冷却は、
  本州最寒冷地の風を研ぎ、革手袋を貫通し、
  防雪トンネルに氷の皮膜をほどこして、
  後輪を、瞬間、滑らせた。

  10年前の君は、鬼を宿した君は、
  こんな風景の中を、早春の中国山地を
  黙々越えていったんだね。
  すべてを飲み込んで、怖れる心を捨て、
  冷徹な風となって、飛んでいったんだね。
  

4月4日(日)
寒気に覆われていることを覚悟すれば、いっときの日向は嬉しく有り難く、日の陰った帰り道に、恨み言も無い。 @秋田県男鹿半島



  君が、広島から中国山地を越えて、
  島根県の浜田へ急いだ時も、
  このオートバイだったね。
  日本海に沈む夕陽を見る為に、
  早朝勤務が明けた午後3時から、
  往復5時間の「ひと走り」が続いた。
  
  僕も、今日、日本海を見てきたよ。
  ふくよかな光を飲んだ海原は、
  山陰の海の記憶ににつながっていた。

  海に出たら、そこが終点。
  未練なく踵を返し、家族のもとへ帰る。

  ぬくもった舗装路にバイクを倒し込み、
  センターラインと併走しながら、
  僕は、ふと思ったよ。
  君は、納得できる夕焼けが現れた時、  
  愛車もろとも海に跳ぼうとしていたのではないか。

4月3日(土)
昨日の雪は所詮4月の雪だった。けれど天気だって機嫌を直すには段取りというものがある。青空への道筋も冷えて気難しい。 @岩手山麓


  今日も走ったのかい。
  来る日も来る日も、君は走る。
  オートバイで八の字を描く。

  夕闇の中、じっとしていたら崩れてしまいそうで、
  八の字の無限軌道に飛び込んだ。
  かろうじて心がバランスできる道筋だった。
  同時に、それは、出口の無い旅だった。
  
  でもね、どんなことがあっても、生きてほしい。
  君がのぞむ明日を、僕は約束できないが、
  僕は、今、こうして岩手県の盛岡というところで
  元気に暮らしている。家族も無事だ。
  
  あの日の私よ。君よ。どうか生きてほしい。


4月2日(金)
逃げ切って、振り返り、微笑もうとした、まさにその瞬間を突いてきた積雪6センチ、2月下旬並の寒気。 @南部片富士湖畔


  やあ、元気かい。
  北国の4月は、見ての通りだ。

  10年ぶりだね。
  瀬戸内の春は、満開だろうね。

  今日も、走ったのかい。
  太田川の河川敷で八の字を描いたのかい。
  川縁の黒土には、僕が刻みつけた轍が
  残っているだろうか。
  その跡を、今も君はなぞっていてくれるのか?
  そんな君の帰りを、カミさんは、
  ベランダでじっと待っているのだろうか。
  ヘッドライトを見ただけで、君だとわかり、
  手を振ってくれているのだろうか。

  嗚呼、あの日の私よ、君よ。
  今、私は、北東北の岩手で暮らしているよ。

4月1日(木)
晴れてはいた。晴れてはいたが、それどころではない強風の印象が、雲だとか、陽射しの記憶まで吹き飛ばした。 @岩手山麓

 
  ストライクゾーン。
  それも向き合うことの、ひとつ。

  ど真ん中に投げ込むだけでは
  「枠」は見えてこない。
  正解の輪郭を知りたければ、
  敢えてボール球を投げてみる。
  内や外。高め低め。
  正解の周辺をきわどく探る。

  で、打者が、踏み込んで見送ったコースには、
  関心や懐疑、教訓や後悔、
  狙いや迷いが、あるに違いない。
  
  ・・・マチガイ、ナイ。


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