イワテバイクライフ 2004年4月前半
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光を吸って雲雀や鶯が歌う。 山は、今日も、そこにあった。 羽毛のような風に、ぼんやり吹かれていると、 流れ落ちる砂のような歳月が聞こえる。 私の大切な人々よ。 いつまでも親しく笑いあっていたいものだ。 けれど、笑顔が縮み、小言が減り、忘却し、居眠りし、 そのように、私の愛する岩手は、いずれ終わる。 どんなに号泣し追いすがっても、その日は来る。 今日も、私の大切な人々は生きている。 この大気の中で皺を刻んでいる。 愛おしい今を抱きしめる。 岩手山よ。いったい大地も老いていくのか。 堆積した莫大な歳月そのものの山よ。 おまえという砂時計を掴み上げ、 ひっくり返してよいか。 |
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トライアル修行の汗をふくんだ シャツや靴下を草原で脱ぐ。 仲間の変わりない優しさに触れ、 ほんとうにいい日曜日だった。 帰宅し、トランポからバイクを降ろしていると、 春霞の空に太陽が朱に染まり、 消え入る場所を知らせている。 軒先の50ccに飛び乗り西へ急ぐ。 夕闇が濃くなるほど、 街には暮らしの匂いが漂う。 交差点や、バイパスの灯りは、 どれもイワテの歳月を彩るもので、 親し気に流れる。 見渡すかぎりの孤独に辿り着いた時には 夕焼けの幕はおろされていた。 |
モンテッサ・コタ315Rを 車に初めて積載。 見よう見まねのタイダウン(縛り付け)。 おそるおそるの国道4号線は春光にあふれ、 ミラーに映る愛機もおとなしい。 7年思い描いてきたトランスポーターライフ。 津志田のディーラー(クボトラ)へ。 30分足らずの移動だったが、 これほど充たされたドライブはない。 コタは、診断の結果、 リヤブレーキのホースが破損していた。 半日ほどの入院。 で、ぽっかり空いた午後。 秋田県の鳥海山麓へ。 山の新たな展望など収穫を重ねる。 斜光の時を、胸深くおさめる。 |
つまるところ 君の心をかけめぐった言葉。 「かなしい」「うつくしい」「ほこらしい」 たとえば、 「悲しい物語は、美しく語られ誇らしく燃え上がる」 あるいは、 「美しい星は、悲しいほどに輝き、誇らしく消えた」 それより、 「誇らしい笑顔には、悲しい影もなく、ただ美しい」 でも、きっと、 「悲しい道化は、 美しい嘘を信じたことを 誇らしく思った」 |
そういえば、 走り出してから、ひと言も喋らない。 かすかに風を切る音と、 寝息のような呼吸が聞こえるだけ。 そういえば、 走り出してから、人に会わない。 道はあるのに、誰も通らない。 風に流される雲の影ばかり。 それが、いいのです。 何事も起きない、起こさない朝がいいのです。 意味さえ思いつかない時間がいいのです。 故郷から遠く離れた北国の片隅で この場所、この道、この空に 私を放置しては、孤立無援を確かめる。 もののあはれを俯瞰する。 |
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見なくてよい世界がある。 見てはならない光景がある。 知らずに老いることが幸せなこともある。 ある日、君は月の裏側に入った。 人間の豹変を見た。 恐怖と絶望を支配する機械仕掛けを見た。 幾千幾万の真心が焼き払われる様を見た。 瞬きもせず見た。 同時に、君が求め、めざし、憧れた世界は、 月の裏側にあることを知った。 以来、君は、街を離れるようになった。 古いノートに綴られた本当のことを、 風の中で反芻した。 今朝、久し振りに、平和な川べりに立ち、 心の爆心地を思った。 |
澄み切った青空を追いかけるうち、 北上高地へ駆け上がっていた。 岩洞湖は、とけ切れない氷に覆われ 春光の中に白く戸惑っていた。 放射冷却は、 本州最寒冷地の風を研ぎ、革手袋を貫通し、 防雪トンネルに氷の皮膜をほどこして、 後輪を、瞬間、滑らせた。 10年前の君は、鬼を宿した君は、 こんな風景の中を、早春の中国山地を 黙々越えていったんだね。 すべてを飲み込んで、怖れる心を捨て、 冷徹な風となって、飛んでいったんだね。 |
君が、広島から中国山地を越えて、 島根県の浜田へ急いだ時も、 このオートバイだったね。 日本海に沈む夕陽を見る為に、 早朝勤務が明けた午後3時から、 往復5時間の「ひと走り」が続いた。 僕も、今日、日本海を見てきたよ。 ふくよかな光を飲んだ海原は、 山陰の海の記憶ににつながっていた。 海に出たら、そこが終点。 未練なく踵を返し、家族のもとへ帰る。 ぬくもった舗装路にバイクを倒し込み、 センターラインと併走しながら、 僕は、ふと思ったよ。 君は、納得できる夕焼けが現れた時、 愛車もろとも海に跳ぼうとしていたのではないか。 |
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やあ、元気かい。 北国の4月は、見ての通りだ。 10年ぶりだね。 瀬戸内の春は、満開だろうね。 今日も、走ったのかい。 太田川の河川敷で八の字を描いたのかい。 川縁の黒土には、僕が刻みつけた轍が 残っているだろうか。 その跡を、今も君はなぞっていてくれるのか? そんな君の帰りを、カミさんは、 ベランダでじっと待っているのだろうか。 ヘッドライトを見ただけで、君だとわかり、 手を振ってくれているのだろうか。 嗚呼、あの日の私よ、君よ。 今、私は、北東北の岩手で暮らしているよ。 |
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