イワテバイクライフ 2004年5月後半
厳しい気候にひるまず、けれど、抗わず、 もの静かに暮らしを整え、 確かに生きてきた人々の佇まいは、端正だ。 |
ささやかなハードルだけれど、 バンビのように、 たおやかに、そっと越えていきたいよ。 だから、いつまでたっても、 僕は、立ち往生さ。 |
雨雲がね、ざっ、と来た。 あたり一面、ダークグレーの絵の具に染まった。 光という光は吸い取られて、 風景が目を閉じていくよ。 雨は、みるみる湖を深くする。 君の落胆や僕の失望が 浮いては沈み、溺れていく。 のこされた僕は、 したたる雨滴をなめ、 新緑の青臭さを食い、 道を渡りきれなかった亡骸をかすめて コーナーに切れ込んでいく。 洗われたセンターラインが流れ、 呼吸のリズムを取り戻せば、 里の風に、骨を焼く匂いがまじる。 |
早坂高原からの帰り道。 国道455号線の外山。 サイレンが飛んでくる。 パトカー2台の大慌て。 (何かあったのか) 続いて救急車の本気。 (事故だ) 更にパトカー、救助工作車、パトカー、救急車。 (大きな事故だ) ミラーの中に、流れ去った道を思う。 (私の最後も、サイレンは鳴り響くのか) 撮った写真が遺影に見えてきた。 玉山村・藪川で正面衝突、お年寄り一人死亡。合掌。 |
今朝も山の中。真新しい林道だ。 山腹を切り崩したばかりの道は、 雨を吸って軟弱で、重機の轍に 落石が加わり、うねりにうねる。 さながらエンデューロコースだ。 吠える愛機は、猟犬の執拗さで 行く手に噛みつき、這い上がる。 泥の急勾配で空転、失速、停止。 荒れた呼吸の中に聞こえるのは 山を下り、沢の水で泥を落とす。 |
御大堂山麓の林道へ急ぐ。 ハイオクガソリンを満たしたタンクは、 カーブでゆらりと倒れたがる。 リーンアウトのまま燃費を暗算する。 幾度、演算してもリッター13kmと少しだ。 今朝、走り切れる距離が見えてくる。 背中に揺れる予備燃料の重さは、 私をバランスさせるものの一部であり、 空にしたとたん、航続距離は伸びても、 不安だらけの道程になりそうだ。 どこまでも走れない。いつかきっと止まる。 だから、道の選択ひとつ、 スロットルの開度ひとつ、考える。 今朝も、タンクひとつ分の時を愛おしむ。 |
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突き進む一途に待ったをかけ、小休止。 |
堆肥を含んだ黒土の丘が 初夏の陽射しを受け、白く呼吸し、けむっている。 振り向けば、牧草が丘一面を占領し勝鬨をあげる。 あたり一帯の興奮のただ中で 何か言いかけると、肩を掴む手があった。 (そこまでだ) 新聞のコラムで私憤をはらす匿名や、 世間の鈍感を呪う文学趣味の日記を思い出せ。 綴ったところで、語ったところで、 世界は何食わぬ顔で回り続けるだけだ。 (やめておけ) ぽんと肩を叩いて、その手は離れた。 なんだか、とても心が軽くなって 上機嫌で風を浴び続けた。 |
力もなく、重さもないバイクだから、 行ける所がある。 心の軽さがある。 排気量の小さなバイク6台が集まった。 宮守村の寺沢高原。 遠野市の荒川高原。 風は、予想通り、どこも冷えていた。 予想外のルート変更も度々だった。 そんな時間を僕らは楽しんだ。 同じ道を、同じ速度で走る。 でも、君の道と僕の道は違う。 一人になれば歩調も違う。 だから、停まったとたん、 みんな思い思い、なんだね。 楽しいな。 |
夕べテレビの中で、 信号が無意味に点滅していた。 街路樹が踊り狂っていていた。 誰かが波打ち際で叫んでいた。 台風の進路は、手榴弾。 列島かすめてタイフーン。 |
景色が流れる。 季節が流れる。 けれど、流れているのは私で 何百年という人の営みや 咲いては散った花の屍は、 この地から出たことはない。 何故か、とても心が動いて 今朝、ここに風を止めた。 幾重にも折り重なった歳月の下に ずっと昔、この地に暮らしていた 私の骸(むくろ)が眠っているかもしれない。 こみあげるものを抱きしめ、 (そうかもしれない)と呟いた。 |
見渡す限りの山野に、 これから色を濃くする緑がひしめいていた。 彼方からパステルカラーの蜜が匂う。 ひとつシフトダウンして花の在処へ加速すれば、 2サイクルオイルの白煙が散って、風に運ばれる。 野太い咆哮は視界を震わせ、砂利を蹴立てる。 蜜蜂となって、牧野を越え、風車にとまり、 そのように、イワテの五月を探す。 たらふくの幸福を、 さて、どこに持ち帰るというのだ。 |
国道4号線を離れ、岩山へ走ると、 新緑に包まれた裏道は続き、 競馬場を経由して国道106号線に合流した。 区界方面に少し走ったところで、 閉伊川を渡り、盛岡市根田茂の里山を楽しむ。 水鏡に足を沈め、田植えする姿が美しい。 砂小沢から大迫へ通じる道(長野峠)は、 5月26日まで通行止めだった。 仕方なく、紫波へ下り、396号線に合流。 時速30km/hの散策に、 呼び止められる瞬間は無数にあった。 庭先に清流を見下ろす農家。 裏山に続く清楚な小砂利道。 緑の濃淡を豊かに重ねる丘。 先を急ぐほどに、見落とすものも増えていく。 見落としたものにこだわる心が新たな旅を誘う。 |
濡れた村は、 濡れた私は、 |
夕べは、結局、1時半まで酔って歌っていた。 その店は、映画館通りのビルにあり、 まだ、あるはずだ、ぐらいの気分で なだれこんだ。 変わった事と言えば、 照明が明くなり、ママが若返ったくらいで、 仲間とテーブル囲んで盛り上がった。 脇にガランとしたカウンターは、 あの夜のままで、 誰かが飲み残した水割りが カラオケのエコーにふるえている。 ずっと昔、そこに座って、 何かを諦めようとした夜があった。 夢を叩き割るような夜だった。 見て見ぬふりをして、あの日と同じ歌を歌った。 |