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イワテバイクライフ 2004年6月前半


6月15日(火)
朝方、やる気のある陽射しを牽制する薄雲。昼過ぎに暗い波乱雲。夏空が戻ったのも束の間、夕立。 @玉山村

  玉山村に通いつめて、6年。
  田園の向こうに岩手山が立つだけの
  こざっぱりとした風景だ。
  雨の日も雪の日も、
  飽きもせずカメラを構える変人のことは、
  集落では、とうの昔に話題だったようで、
  偶然、畦道で会った農家の主人と話が弾み、
  なんとか認知していただいたような気分で、
  今朝も、ここに来た。

  雲が光を奪い、平凡な朝ではあったが、
  馴染んだ眺めと会話していると、
  通りがかった件の農家の奥さんから、
  家でお茶でも飲んで行きなさいと誘われる。
  出勤時間が迫っていたので、
  庭先に立ち寄り、挨拶。
  初対面のおばあちゃんは、
  亡くなった祖母にそっくりだった。

6月14日(月)
盛岡市の老舗ビアガーデンによれば、夏日が3日続くと爆発的に客が入るらしい。カウントダウン初日か。 @安比高原

  わきたつ雲の白さは真夏のナパーム弾。
  空斬る飛行機雲は極秘のスクランブル。
  エネルギッシュ・モーニング。
  とりかえしがつかない朝。
  
  高原を揺さぶるのは狙いすました砲声。
  森林を不安にさせる憑かれたカッコー。
  エネルギッシュ・モーニング。
  黙らせる者などいない朝。
  
  身を隠す場所もないから、
  喉の乾きは、とめどなく。
  にじむ汗も、きりがなく。
  走るからには野ざらしで、
  捨て犬のように波打つ腹。
  飢えて走れば追いつく夢もあるさ。
  だから、エネルギッシュ・モーニング。

6月13日(日)
夏雲爆裂。斬付けるような陽射しを度々遮る雲の影。夕刻、涼やかに雄大に朱に染まり輝く雲。 @滝沢村(姫神山展望)

  幾度も、ここに立つ。
  山上の修行から帰る中腹で、
  今年も、北上高地に祈る。

  (どうか、このまま、
  私を、安らかに、遊ばせたまえ)

  向き合うにたる、見事な大陸、岩手。
  分け入る力が試される大地。
  雲の神業。森の静謐。道の無限。
  
  私は、力不足ではあるが、私は、
  受け止めた岩手のすべてを
  鋼のシュートに込めて
  明日へ躍り込みたい。
 

6月12日(土)
天気図の思惑など、イワテでは、朝が来ればくつがえるものだ。夕暮れ、深く刺さる光線。 

  チャグチャグ馬っ子、晴れて、よかった。
  馬上にて居眠りなどする幼子、可愛かった。
  湧き上がる沿道に包まれ、幸せでした。

  そのような時を、午後も求めて
  終日、イワテというイワテを尋ね歩いたのですが、
  春はすでに過ぎ、
  秋は遠く彼方で、
  ようやく辿り着いた夕暮れは、夏でした。

  マリア様
  私は、来る日も来る日も、この有様です。
  私に残された最後の場所で、この有様です。
  あまりに美しくて、とめどなく切なくて、
  家に帰ることも忘れて、この有様です。

6月11日(金)
朝方の快晴は、やがてかすみ、薄雲に覆われ、それでも山はぼんやり見えていた。夏日の地域無し。 @西根町(岩手山東麓)

  私憤にまかせた求刑。
  杜撰極まりない審理。
  恫喝におびえる陪審。
  保身に奔る影の曖昧。
  どす黒い潮流の談合。
  放置されたままの屍。
  
  この上、「最後の地」を奪われたら、
  人は、黙っていない。

  闇の息の根を止めるために、
  一度だけ立ち上がる。

  マリア様
  火だるまの確信が
  漆黒の河を渡り、轟音とともに散っても、
  どうぞ涙は流さないでください。

  

6月10日(木)
梅雨入りしたことなど忘れてよければ、まず間違いなく貴重な岩手の夏の一日。一関、釜石は、8月上旬並みの陽気。 @安比高原

  岩手山の南から東、そして北麓へ。
  
  彼方に牧野の起伏が流れていく。
  頭上に木々の葉が踊る。
  道は、とめどなく行く手にわき出す。

  すべてが、ゆっくり動いている。
  スリリングな時は去った。
  私の心は一点に静止し、
  流れてくる岩手を受け止めるばかりだ。

  いったい、こんな朝に辿り着くために
  どれほどの残酷を見てきたことか。

  鋭利な陽射しの中で、風の音は消滅し、
  冷えた聖歌が聞こえてくる。

6月9日(水)
梅雨入り3日にして、この青空は何だ。悲惨を覚悟してのぞんだ入梅ならば、しばらく泣いていてほしい。 @雫石町

  子供達を学校に送り出し、
  新聞を開き、珈琲を飲み、庭の花を眺め、
  木立を揺らす小鳥を楽しみ、
  (静かだなあ)(静かね)などと会話し、
  天窓の明かりが射す格納庫から
  R1100Rロードスターを引き出し、
  いつもの朝を始める。

  あなたが満員電車に揺られている頃、
  私は、新緑のコーナーを駆け抜ける。
  
  あなたが危機管理に追われている頃、
  私は、緑陰の中で涼やかに思索する。
  
  無傷のあなたは、今日も血みどろで、
  流れ出る血も枯れ果てた私は穏やか。

  
  

6月8日(火)
午前中、降水量になるほどでもない小雨に濡れた岩手は、午後、猶予めいた雨上がり。 @滝沢村・雫石川沿い

  雫石川に沿って走る。
  緑は、成熟と引き換えに透明度を失っていた。
  濃淡、明暗、好き嫌いは、ともあれ、
  今朝の色彩を、ありのままに受け入れ、
  そのように、春夏秋冬を生きるほかない。
  
  まかれた種は、待ったなしで秋へ走る。
  早苗は、やがて、まっすぐに立ち、穂を付け、
  頭を垂れ、刈り取られていく。
  この地に暮らす以上、
  見届けるべき光景に違いない。

  冷害、豊作、そして泣き笑い。
  (風景に込められた岩手の思いを見届けろ)と、
  胸板を叩く風がある。
  (逃げるなよ)と水鏡が私を映す。

6月7日(月)
朝、音もなく街は濡れていた。平年より5日早い梅雨入り。夕刻の雨上がりも回復とは無縁。 @盛岡市・北上川


  雨に濡れた草花には、
  鎮静作用があるようです。
  こうして北上川を見つめていると、
  祖父母の葬式にゆらめいた線香や、
  叔父の骨をひろった部屋の匂いがします。
  
  私は、なにか大きな川を渡り、
  ずいぶん遠くへ来てしまいました。
  その理由も、歳月に流されました。
  だから、幸せを確かめていないと、おそろしい。
  走り続けないと、さみしい。
 
  おりなす禍福の果てに待っているものは、
  雨季に増殖する癌細胞や、
  視界を暗くする脳梗塞の影でしょうか。

  


6月6日(日)
使い果たしていく好運にも似て、こわくなるほど続いた晴天にも翳り。時折の陽射しも気休め。 @奥羽山脈の麓

  午前中、沢内村と花巻の林道・廃道を探る。
  県道12号線(花巻・大曲線)
  中山トンネルの中で、黒いBMWが停まっていて、
  白いヘルメットの男が、写真を撮っていた。
  誘われるように私も停まり、1枚撮った。

  家に帰っても日は高い。少し昼寝する。
  冷えた畳の上の夢は、
  流れるセンターラインばかりだ。
  
  夕刻、気になる道を確かめたくなって、
  R1100Rロードスターで出掛ける。
  花巻市郊外の山中トンネルに、
  やけに、なまあたたかい風が吹き抜ける。
  と、オレンジの照明の中に
  モンキーを停めて、こちらにカメラを向ける姿。
  トンネルを抜け、夕陽の中で
  見覚えのあるヘルメットの印象を反芻した。

  

6月5日(土)
岩泉の気温表示は確かに真夏日だった。太平洋に抜けたとたん、空は海霧の気配に覆われた。 @普代村

  ぐつぐつと
  シリンダーの中で真夏日が煮えたぎっている。
  新緑に続く白い道で、ゆっくり速度を上げる。
  ひとつひとつの爆音がとけあい、
  突き進む力に束ねられていく。
  更にシフトアップすれば、
  一瞬弛緩した愛機は、
  我に返って爆裂を再開させ、
  ふくよかに波動を高め伸びてゆく。

  何とやわらかく流れるイワテだ。
  ほてった筋肉が
  とめどない蛇行に寄り添い震える。

  岩泉、久慈、野田村、普代村・・・北山崎。
  梅雨入り前の桃源郷に感極まった私は、
  風に涙を掬い取られるばかりだ。

6月4日(金)
盛岡の日の出は4:05。日の入りは18:56。高気圧が東に遠のいていくから景色の透明度は失せた。 @玉山村(姫神山)


  金沢はどしゃぶりだった。
  浅野川のほとりの寿司屋で、あなたは言った。
  「バイクは、おまえさんの精神安定剤だからな」
  私は、こたえず、微笑んでビールを注ぎ足した。

  今朝、イーハトーブの乾いた光を浴び、
  過ぎた夜のことなど、すべて許せるから、
  正確に言っておこう。

  焼けただれた心を深く静めるものは、
  「バイクでは、ない」
  「風となって流れるイワテ」
  「イワテの季節と人に寄り添い暮らすこと」
  
  それが、つまり、私の正気のすべてなのです。


6月3日(木)
内陸の各地で夏日。風景の印象すら飛ばす強烈な照り返し。ごくまれに発生する雲の影が、正気を運んでくる。 @上外川牧場

  サングラスを通しても、なお
  光の夏は、容赦ない。
  瞳孔を絞ったまま道の行方を追いかける。

  すると、雲の待ち伏せに遭う。
  光と影が、混然と流れ出し、
  丘一面を迷彩色に染めていく。
  雲の本隊は、空半分を覆うほど大きく
  ついには、光という光は吸収されて
  闇と紙一重の暗がりに包まれる。

  風はある。雲はいつか切れる。
  なにより、彼方の空は蒼く輝いている。
  道端に佇み、やりすごすことを楽しむ。
  雲は踊り、流れ、みるみる姿を変える。
  そのように時代も移ろう。
  
  ほどなく、愛機も私も、自らの影を取り戻した。
  

6月2日(水)
岩手の本当の夏は、梅雨の寸前の、ほんの数日だと思っていたが、まさに、その一日が来た。 @小岩井農場(岩手山麓)

  気配に目を覚ますと、
  窓の外に蒼い空が立っていた。

  誘われるままに小岩井を走る。
  澄んだ光の中に岩手山がある。
  雲は気流に乗って形を変える。
  牧草地に鳥がさえずっている。

  イワテバイクライフ。
  理想郷に託した人生。

  誰が立てた計画でもない。
  私が心を決めたから、
  現れた風景。流れ出した時間。

  見渡す限りの神々が微笑んでいる。

6月1日(火)
街に飛び出すシャツやブラウスの白さ。それ以上にハイテンションな夏雲。夕暮れ、いつまでも岩手山のシルエット。 @北上高地

  なんという早さだ。
  4年ぶりに盛岡に戻って、今日で1年。

  間断なく、イワテに触れ、季節を一周した。

  朝、カミさんに散髪してもらい、
  夜、カミさんと親戚同然の店で杯をかたむけ、
  帰ってきた実感をかみしめる。

  だから、今朝もね、
  僕は、幸福の遺影を
  撮影しているような気がしてね、
  いつ終わるかしれないこの瞬間にね、
  追いすがるようにシャッターを切ったよ。
  カメラが悲鳴をあげるまで
  シャッターを切り続けたよ。

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