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イワテバイクライフ 2004年6月後半


6月30日(水)
ぼんやりした夏日の盛岡から岩手山は雲に隠れ、明日に迫った6年ぶりの登山全面解禁に化粧を急ぐ。 @玉山村

  神よ、背後にクマが点々と足跡を残してきます。
  わたくしは、愚かで臆病で、まずい男ですから、
  これ以上ついてきてくれるなとお伝えください。
  懐に僅かな弾丸と火薬をしのばせてはいますが、
  イワテに狙い定めるもの等あることが怖ろしい。
  すでに、錆び付いた火縄銃など重荷なだけです。
  この哀れな男をしずかに見守っていただきたい。
  神よ、あなたは万物を包み込む真理なのだから。
  ただ走るばかりでいつか行き倒れる男の宿命に、
  やすらかな棺と安酒を用意していだけませんか。

  
  (猛烈な悪寒と節々の痛みの中で記す。)

6月29日(火)
汗を誘う湿った生暖かさ。陽射しは弱いのだが、真夏日寄りに推移する大気。夕刻、虚脱状態の夕焼け。 @滝沢村

  師匠との早朝練習を楽しみにしていたせいか、
  5時に目が覚めた。

  からみつく湿気を振り切って
  山の中腹へ駆け上がった時、
  携帯電話が鳴った。
  (申し訳ない。行けません)
  いいんですよ。
  適度に濡れた土にタイヤを擦り付け
  体を捻って、私は、もう汗びっしょりです。

  山を下りると、膝を痛めた親友が来ていて、
  私の稽古をじっと見守ってくれた。
  (もっと、ゆっくり走れ。速すぎるぞ)
  温厚な大将が、初めて語気を強めた。
  ありがとう。
  (あなたの分まで汗を流すよ)
  

6月28日(月)
空梅雨の気配で6月も終盤。去年、一昨年の惨憺たる雨季を忘れられない身には、未だ、釈然としない晴れ間。 @岩泉町

  少し、わかってきた。
  この地で生きていく決心など、
  わたくしの都合。
  この地に生きさせていただくことこそ、
  真の幸福。

  風の中に
  思いもよらぬ言葉が浮かび上がる。
  (献身)

  自分というサイドを離れ、岩手に立つこと。
  何がどうであれ、岩手に尽くすということ。

  献身の果てに
  この大地を享受する資格は生まれるのだと、
  わかってきました。

  
以上、斎藤純氏の「銀輪の覇者」を手にして思ったこと。

6月27日(日)
いつもながら週末の予報は慎重だから、結果、望外の晴天が現れる。悪い予報が外れてもクレームは少ない日曜日。 @滝沢村

  オートバイトラアルの東北選手権に
  寄り添う。
  
  日頃、ものしずかな練習の場が、
  真剣勝負の土俵になる。
  断崖を駆け上る国際A級が、
  鼻先をかすめる。
  ライダーが選ぶライン。
  観戦すべきポイント。
  凝視すべき瞬間。
  8年目にして、かすかに、わかってきたこと。
  
  実力者の咆哮を
  臆せず追いかける長靴。
  「見たいものを見る」
  そこへ歩み寄る習性は、
  四半世紀の私の生業そのもだったと
  気付くのでした。
  

6月26日(土)
我慢して、吠えた割には小雨のような啖呵だったりするから、やはり、梅雨も男も、どお、と大地を打ってみたい。 @玉山村

  私の肩越しに
  パソコンを覗き込んでいた君が
  ふっ、と笑って、離れた。
  めずらしく「間」を切ったことかい?
  (いいんだよ、これで)と私。
  (難儀なことね)と君は朝食の支度。

  小雨やむ気配なし。
  君を連れて滝沢村のトライアル場へ行く。
  明日の東北選手権の準備を見守る。
  (初心者の目線で、このセクションはどうか)などと
  意見を求められる。
  そんな様子を、水滴越しに君が見つめている。
  車中に戻ると君は
  (ずっと昔から岩手の人みたいだった)と微笑む。

  惚れた岩手だから、
  (いいんだよ、これで)

6月25日(金)
梅雨なのだから、青空や陽射しを求めるのは、ないものねだり、か。「そのとおり」と夜の雨。  @御所湖畔

  5年前、思いつめて盛岡に家を建て、
  岩手日報が届いた朝のことは忘れない。
  冬晴れの玄関先で
  ささやかな人々の和気藹々を伝える記事を
  抱きしめんばかりに読んだ。
  思い焦がれた「地元」の朝だった。
  
  そして今、盛岡タイムスが愛おしい。
  「きょうの言葉」など誠に深く胸に届き、
  我がことのように諭される思いだ。
  ああ、岩手の人々の真摯、見識、気高さ、
  そして、やさしさ。
  
  その一員になるべく、謙虚に、
  すべてを受け入れようと思うのです。
  

  

6月24日(木)
「梅雨の晴れ間」と声を大きくできない曖昧模糊とした空の印象。沿岸部と一関は8月上旬並みの真夏日を観測。 @盛岡市郊外

  「結婚させてください」と
  君の父上に挨拶する日、僕は緊張していた。
  夕暮れの熊本バスセンターから二人
  黙って海よりの町へ向かった。
  広大な干拓地の夕暮れの中をバスは走り続けた。
  真っ暗闇の水田地帯に小さな集落の灯りが現れ、
  僕らはバスを降りた。
  奥座敷に通されると、布団が敷かれていて
  その前に君の父上が這い出し、正座した。
  しどろもどろの私の口上を
  南国の野武士の眼差しは
  瞬きもせず受け止め、
  「娘をよろしく」と頭を下げると布団に戻った。
  言いたい山ほどのことを、進行した癌とともに
  胸にしまって、襖を閉めた。
  その前で、静かに酒宴が始まった。
  お父さん。あなたの25回忌の夏です。
  今、僕らは、北国・岩手です。

  

6月23日(水)
梅雨の隙間を突く晴れ間だから、持続する意志など、はなから持たず、温厚なだけの夏日。 @八幡平アスピーテライン

  八幡平に高度を上げるほどに
  梅雨の晴れ間は白濁し、霧に包まれた。
  山頂に吹き上げる雲のただ中に突っ立ち、
  小一時間、全身に水滴を纏う。

  思えば、この10年の間に身についたものは、
  「待つ力」だった。
  裏を返せば「諦める力」だ。
  
  払われていく霧の中に
  山岳の大展望が現れる瞬間を待って、諦めた。

  ぎりぎりまで我慢して
  山を下り始めたとたんの青空だった。

6月22日(火)
台風6号は、未明に北の空に去り、温帯低気圧となった。置きみやげは、暑さと湿気。 @盛岡市中津川河畔(野の花美術館前)


  嵐は去った。

  暗く増水した川が残された。

  良い思い出は流され、

  黴びた言葉ばかりが
  杭にひっかかって揺れている。

  黒く湿って退屈な田舎の一日を埋める為に

  格言集を渉猟する人影もあるが、
  さて、都合の良い箴言を
  玄関先にいくら飾ったところで、

  自らの誤謬を解説するようなものだから、
  せめて哲学の棚の
  虫干しでもしておこうと思う。


6月21日(月)
台風6号が送り込む南風は湿っていて、午前中の陽射しに不快指数上昇。盛岡は真夏日。夕刻降り出した雨。 @八幡平アスピーテライン


  あなたにとってのイワテは、地図上の最果て。
  わたしにとってのイワテは、人生を託す場所。

  あなたにとって「イワテとわたし」は、
  大胆ではあるが、けして悪くない
  アイディアだったに違いない。

  (上等だ)
  利害は、つつましやかな幸福を見下し、
  幸福は、利害を軽蔑しながら和解した。

  それでもなお、摩天楼のあなたが、
  「イワテとわたし」の真意をはかりかねている頃、
  わたしは、風となってイワテを駆け巡り、
  高らかに笑うばかりです。


6月20日(日)
朝から雨。日中雨あし強まるが、夕刻小止み。台風6号は、明日夜から明後日未明にかけて日本海通過の見込み。 @滝沢村

  雨に濡れて岩は滑る。
  それでも跳んでいく猛者はいる。

  どんな仕事でもそうだが、
  「何故そんなことが出来るのか」と
  信じられない境地を披露する人がいる。

  おそらく
  幾多の痛みの果てに、
  到達したステージなのだろう。

  名人とか巨匠の優雅とは異なる闊達。
  生き延びる為の、
  身にしみた「反応」「さばき」に違いない。

  無事これ名馬などという暢気からは
  想像も及ばない「現場の力」を知るがいい。

  

6月19日(土)
ささやかだが、久し振りの雨だ。濡れた街の風景も、それはそれで鎮静作用のひとつ。 @雫石町

  会議は、思いのほか早く終わった。
  
  仙台駅に向かうタクシードライバーは、
  九戸村出身で、
  二人競って岩手の良さを数え上げた。
  岩手を終の棲家とした話をすると、
  バックミラーの中の瞳は、あたかも、
  痛快な物語を聞いたように輝いた。
  (わかる、わかる、わかります)と、
  喜んでくれた。

  蒸し暑いホームから、
  冷房の効いた「はやて」にとびこみ、
  盛岡へ向けて静かに加速を始めれば、
  私は、追っ手を振り切った狼のように
  窓外の夕陽に食い入るばかりです。
  

6月18日(金)
太平洋を東に遠ざかる高気圧。彼方の南海に台風6号。さすがに雲が広がる。下り坂はなだらか。 @玉山村

  北国の田舎道を行く。
  道は、私を何十年も待っていてくれて、
  季節は、すべて経緯を承知していて、
  イーハトーブの6月を見せてくれる。

  たくましく実った麦畑だ。
  この地に生まれ、育ち、苦労し、打ち込み、
  父となり、母となったあなたが、
  種を蒔き、育てた麦が、今年も見事に実り、
  通りすがりの私を迎えてくれる。

  この出会いをじっと待っていてくれた
  道よ、イワテよ、
  あなたのためなら、
  どんな力にもなる覚悟です。
  

6月17日(木)
かすみがかった晴天の陽射しなど労働の為にあるとしか思えず。けだるく、暑く、夏日。 @八幡平アスピーテライン


  7月の大仕事に向け、
  目立って会議が増えてきている。
  それでも、今日の手帳は白いままだから、
  心おきなく走り出す。                    
  朝靄は、北上するほどに払われ、
  岩手山が、ぼんやり現れる。
  浄法寺の稲庭岳をめざしていたが、
  たっぷりの時間を
  思い切り近場で使う贅沢も悪くない。
  で、八幡平へ。
  走るだけのルートに過ぎなかった
  アスピーテラインに、幾度と無く愛機を停める。
  残雪を背景に緑が若い。彼方に鳥海山が見える。
  この風景もまた生涯のものだ。
  好きな時、好きなだけ、向き合える。
  終の棲家のバイクライフとは、こういうことか。
  出勤前、国立公園の湯煙をぼんやり眺めて
  時が過ぎてゆくなど、いったい何という朝だ。

  


6月16日(水)
梅雨時ではあるが、ひんやり澄んだ朝を「秋めいた」と言っても、あながち言い過ぎではない北国。日中は乾いた夏そのもの。 @葛巻町

  風が、少し冷たい。
  空は、澄んでいる。
  どうしたんだろう。
  どうして、こんなにゆっくりなんだろう。
  心地よいスローモーションだ。
  私が走っているのではなく、
  道が迎えに来てくれるのだ。
  
  オートバイは、道の一部で、
  やさしくすると、やさしく道は流れる。
  イワテが手を振っている。みんな笑ってる。
  (好きだよ、イワテ、好きだよ)
  すると、メリーゴウランドのような力が
  私をふわりとコーナリングさせる。
  
  風の中に、歳月のあれこれは、あたたかくとけて、
  ただの雫となって頬を濡らす。

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