イワテバイクライフ 2004年7月後半
7月31日(土) 南の雲。北の晴れ間。境界線上の盛岡。十和田湖から帰ってみれば、わたぼうし雲が朱に染まっていた。 @奥入瀬渓流(青森県) |
北一面に青空が続く。 二戸から田子を経由して十和田湖へ。 この時季の稲と葉煙草の緑は、 同じ明度で、里山を染めていく。 田畑や牧野、森林は、 強い西日を吸って風を甘くする。 どこかパステルカラーの甘さ。 (風船ガムの匂い) 十和田湖畔から、奥入瀬渓流の緑陰には 苔や葉脈や昆虫が甘酸っぱく香る。 彼方に煙がたなびく。 静謐な暗闇に火炎が広がる。 私が、ぶすぶす焼け焦げていく匂いだ。 いつの日か、棺の中で、 今日の記憶の光と影も焼却されるのか。 |
7月30日(金) 猛暑は手を緩めず、昨日以上の夏を叩きつけてくる。盛岡は8日連続の真夏日。夕刻の暗い雲など、熱帯夜の兆しか。 @雫石町 |
夏休みだから、 流れ去った街に学生服姿は無かった。 通勤ラッシュの前だから、 バイパスに出ても、 ミラーの中から車影が消える瞬間があった。 タイヤの空気とガソリンを足したから、 夏休みの自転車みたいに 山の向こうをめざしてみたくなる。 田園のライトグリーンは風に波打ち なだらかな牧草の丘に雲はわき立ち、 遠くの田に人が蟻となって働き、 遠くの道に車は音を失い、ただ影を従え流れていく。 イワテは、自由を映す鏡となって、 移ろう光の中に広がる。 |
7月29日(木) わきたつ夏雲。盛岡市では1週間連続の真夏日。更新の気配濃厚。夕空は、虚脱したピンクの雲。 @雫石町 |
ナスの黒光り トマトのルビー そこだけ不敵な曇天の暁。 青き田園の彼方 じっと麦わら帽子 秋の実りを祈る朝。 日傘涼しげに すらりと道行く女(ひと)など 美しき昼下がり。 ランニングするユニホーム 新しき夏の始まり 炎天の1・2年生。 (・・・酷暑の妄想に遊び、やがて夕暮れ) |
7月28日(水) 朝方は、真意をはかりかねる曇天。昼前、現れた太陽は、真夏日をもたらし、夕刻、涼しげな岩手山。 @雫石町 |
盛岡大附属が甲子園行きを決めた。 23歳の夏、 スポーツ好きの先輩に連れられ 高校野球の練習を見た。 目の前で起きていることを喋ってみろ、と言う。 ノックバットは、間髪をおかずボールを打ち出した。 白球の在処を追うほどに、言葉など出てこない。 絶句して突っ立つ私に、先輩は言った。 「お前は、全部を一度に言おうとしている。 野球の順序はな、投げて打つ。 いいか、投げて打つもんだ。 打ったら、誰かがボールを捕ろうとする。 ひとつひとつ、追え。ひとつひとつに集中しろ。 ひとつひとつが、ひとつの流れになるようにな。」 (まるで、オートバイライディングだ) |
7月27日(火) 晴れという概念を白濁させる真夏日。岩手山など雲に覆われたままで、街路樹は影を濃く落とす一日。 @玉山村 |
出勤前の束の間、走り出すのは、 新しい風景を求めるからではなく、 いつものイワテで、四季の波を受け、 私の心が、どんな色に染まっていくのか、 確かめたくなるからです。 なるほど、春先ガランとしていた、そこは、 トウモロコシ畑だったんですね。 早苗が揺れていた水鏡には、 稲の緑が逞しく密生しています。 きっと、収穫の頃、 私は、ここに足を止め、深く息をするのです。 真冬の午後、一切の色が奪われたここに 夕焼けを待って佇んだりするのです。 来年も、再来年も、その次の年も、 私の思いは、この構図の中に生きていくのです。 |
7月26日(月) 不透明な朝は、やがて熱気と寒気に攪乱され雷雨をまねく。高校野球・準決勝は降雨中止で翌日に順延。 @玉山村 |
首都圏から東北に移り住んだ中学生の私は、 よく体育館の裏に番長から呼び出された。 (トウチョウから来たと思って威張んなよ) いつもの因縁と「東京」の発音にうんざりした。 ある日、私は爆発して、NO2を組み伏せた。 殴って殴って胸板を掴み上げた。 あとは、標準語で啖呵を切り、 鼻面に拳をねじこむだけだった。 でも、恐怖にひきつる坊主頭を見て、 ひどく悲しくなった。 母さんがアイロンかけてくれたシャツを 鮮血で汚したくなかったしね。 以来、喧嘩もせずに、老いぼれたよ。 |
7月25日(日) アスファルトの陽炎が街を焼き尽くす勢い。盛岡で34度4分。この夏一番の暑さ。涼しげなのは北上川の川下りだけ。 @滝沢村 |
前夜、トライアル仲間は、 1時過ぎまで飲んでいた。 膝を痛めていたS氏が、 ようやくバイクに乗れるまで回復したことが うれしくてうれしくて 急遽提案した快気祝いだった。 一夜明けて、トライアル場へ急ぐ。 4時間は寝ただろうか。 したたか飲んだオヤジ達は、 はたして、練習を始めていた。 水分補給が追いつかないほどの猛暑だ。 一人、山上の緑陰へ避難。 すると、聞き覚えのあるエンジン音が追ってくる。 雨に削られ、荒れ放題の細道を 元気に這い上がってくる。 (そこまで、元気になったんだね) |
7月24日(土) 朝方の雲は、白濁の熱気へ移ろい、陽射しは霞み、滝の汗を誘い、ひたすら酷暑へ向かった一日。 @岩泉町 |
燃料ボトル2本にガソリンを満たす。 背負う3リッターは、 かんかん照りの中で、じわりと重くなる。 (なにかの拍子に火が着けば、火だるま、か) 妙に背中が気になって、 陽射しを避け、鬱蒼とした廃道などに飛込む。 熊笹をかき分けていくと、 重機が方向転換したスペースが現れ、 行き止まり。よくあるパターン。 夏草の中で炎に包まれていく姿を思うと、 喉が渇く。水筒の水を一気に半分飲む。 沢の水音が大きい。土手を降りる。 沢の合流点だった。 ふくよかな深みに光がもまれている。 膨大な水の音に包まれて、そこだけ静かだ。 |
7月23日(金) むしゃくしゃした白い朝は、やがて、ぼんやりと青空をにじませ、蒸し暑く、夕刻、かろうじて岩手の夏。 @西根町 |
岩手に出会って9回目の夏。 親子二代の転勤族にとって、 ひとつの地域で、これだけ同じ夏を 過ごしたことは無い。 さすがに、地形という地形、道という道が、 体に染みこんで、探索気分は薄れていく。 国道282号線を北上し、 西根町の中心街を抜ける時間などは、 私を取り上げた産婆が住んでいるが如き 錯覚をもたらす。 七時雨からの道すがら、 見渡す限りの田園地帯に、 ぽつんとガソリンスタンドがあって、 店員が、のんびりホースで水をまいている。 バイクを停め、振り向き、水しぶきを見つめた。 この町に生まれていたら、私は、 たぶん、そのように暮らしていたはずだから。 |
7月22日(木) 大暑の梅雨明け。梅雨明けが特定できなかった去年だから、以来1年振りの梅雨明けか。 @八幡平アスピーテライン |
メッシュのジャンパーを着て 八幡平に上がるのは、冒険かもしれない。 幾度も冷えた霧に包まれ 急な雨に打たれたことがある。 でも、今日は違う。 乾いた光と走行風で梅雨明けを確信した。 頂上まで、すれ違う車は数えるほどで、 ましてオートバイなど皆無で、 雨季の終わりを山々に雄叫ぶことが、 今朝の使命のように思われ、 7月のターザンとなる。 深き情熱は、むしろ寡黙だと、君は言うが、 高度を上げるほどに 爽快な夏に包まれる司祭は、 やはり、ハレルヤ、なのだ。 |
7月21日(水) 梅雨前線は、みるみる南に押さえられ、慌ただしく夏空は現れた。湿気を含んだ真夏日寸前。 @滝沢村 |
青空が戻った。 予告も無く、鼻歌まじりで戻った。 じくじくと雨季を含んだ家に 破れたジーンズとTシャツの 青空が戻った。 (今まで、どこをほっつき歩いていやがった) ぶん殴ってやろうと思ったが、 わきたつ雲の白さに涙が溢れ あまりに無垢な蒼さに心がとけて、 思わず、お前を抱きしめた。 夏空を捜し求め、やつれた私は、 しばらく言葉も無いまま、 ついさっきまで、 道端に重くうずくまっていたことを 思っていた。 |
7月20日(火) 断続的に強い雨。貧弱な雨樋から雨は溢れ、滝となって庭を打つ。魂におよぶ洪水にはほど遠いものの。 @盛岡市館向(北上川) |
我慢ならない不条理が膿となる。 尽きることを知らない雨季から だくだくと血の記憶が溢れ出る。 錆びた鋼鉄や湿った火薬が匂う。 正義感すら逃げ出す悪臭が漂う。 (青空がとりなす前に言っておく) 隠然たる神々になりすます野心よ。 三角ベースに君臨したがる小心よ。 金言をオウム返しする者の小才よ。 物陰でやっと声が出る的はずれよ。 強敵無き大地に巣くう古色蒼然よ。 権威をお手盛りするしたい放題よ。 吹く風が黴臭い理由を言ってみろ。 |
7月19日(月) 梅雨空は、けだるい大気を沈殿させるばかり。夕刻、予報より早めの雨。思いの外の強さ。 @上外川牧場 |
美しいものは、 そっと離れて眺めるくらいが、よい。 別れの日を指折り数える旅人なら、 激しく抱擁し賛美していられるけれど。 退路を断ってこの地に立つと、 空の不機嫌や街の退屈も 「日常」として飲み込める。 (それもまた、よし) で、村の神という神に 頭を垂れ、手を合わせ、恭順を誓い、 あとは、立ち枯れるまで生きるだけだ。 ささやかな覚悟を木々の精霊に告げ、 やがて、ずぶ濡れになるまで走る。 |
7月18日(日) 早朝から青空がにじみ、雨など隠し持たぬ白い雲が、陽射しと相まって汗を誘う。 @安代町(万澤安央さんのトライアルスクール) |
幸福な岩手の時間は、 指の間から砂金のようにこぼれていく。 じっと見つめていたら、 気が狂うに違いないから、 私も流れる、走る。 どんなに無様でも、 前進することを止めなければ、 取り残されることはないから、 じたばたしながら難関を這い出るんだよ。 延々と続く困難を楽しみながら 摩耗せずに走りきるには、 (争わないことさ)。 オートバイトライアルは、 幸福に同化することを教えてくれる ひとつの道かもしれない。 |
7月17日(土) 午後、ごく短い時間ではあったが、盛岡地域に大雨洪水警報が出された。梅雨の最後をしめくくるやや強い雨。高校野球中止順延へ。 |
家は建っても あなたは、家にいないし、 バイクと車で暮らし始めるし、 頭の中を散歩してきては、 浮世離れした日記を綴るばかりだし、 きつい仕事が終わる度、 打ち上げの誘惑に負けたがって 風邪薬と一緒に ウイスキーなんか飲んで、 具合を悪くするし、 呆れたおオバカさんよ、あなたは。 (ごめんよ、 あしたも一日、安代でトライアル三昧だよ) |
7月16日(金) 陽射しの無い割に夏日・湿度上昇の一日。梅雨末期の雨と、あと数日の我慢比べなら、楽な今年だが。 @クボトラ(盛岡市津志田南) |
雑事からすべて解放された朝。 当面の課題が、 日曜日のトライアルスクールに向けた 愛機の点検・調整とは、なんという平和だ。 バイクを積んで師匠の店まで車を走らせる。 国道4号線に流れる盛岡の街。 増水気味の北上川。眠そうな手代森。 梅雨空からこぼれる白い陽射し。 体調を壊し、仕事に追われ、 向き合う暇もなかったイワテが、 今、窓外に流れる。 かすかな冷房とピアノ演奏に包まれ、 出勤前の束の間、憂いの無い時間。 ハンドルを握る手が、やさしい。 |