イワテバイクライフ 2004年8月後半
8月31日(火)
明け方から昼過ぎまで吹き荒れた台風16号。強風被害相次ぐ。農作物のダメージ、未だ不明。 @盛岡市
嵐はいつか過ぎ去る。 嫌な時代も流れ去る。 どす黒い恐怖の雲が ほら、もう形を崩して終末へ向かう。 人は、さんざんの仕打ちを受けた果てに 頃合いを見計らい、おもむろに立ち上がる。 泥を払い、すたすたと後片づけを始める。 飛ばされた夢や、叩き割られた人生を 黙って片づける。 大気の錯乱も、時代の狂気も、 抗えない災難だから、 せめて夜は、 塹壕でジャズでも聴いて、やりすごす。 |
8月30日(月)
接近する台風16号の先触れか。やや蒸し暑い一日。二戸、岩泉、川井、沢内で30度を越えた。 @盛岡市 「茣蓙九(ござく)」前
戻ってきたよ。 街に、暮らしに、仕事に、 戻ってきたよ。 軽くなった心を手土産に いつもの塀や道に頬ずりする。 夏の休暇は、山野を駆け巡り、 最果ての海や、国境を跨ぐ山に佇んだけれど、 戻ってくる所があればこそ、彼方へ跳べた。 夕べ、携帯電話で、へべれけの君は言ったね。 (あんた、寂しそうに笑うなあ) 精気に満ちたあの黄金の日々に 遅くはないから戻って来いよと繰り返す君の暢気に、 僕は、困り果て、寂しく笑うばかりだった。 (本当に取り戻したいものは、この街にあるんだよ) |
8月29日(日)
曇り空は、まれに小雨を降らせたが、局地的な青空と陽射しを宝石にしてみせた。 @七時雨(イーハトーブトライアルのスタート・ゴール)
イーハトーブトライアルは、 1日だけのコースと 2日間に渡るコースがある。 すでに昨日ゴールした私にとって、 今日という日が、 本当のゴールなのかもしれない。 (まだ闘っている仲間がいる。 イワテの山野をひたすら走る仲間がいる) そう思うだけで、 見届けずにはいられない「夏の終わり」だ。 (今日も、挑戦していたかった) この牧草輝く七時雨から 太平洋を見晴らす三陸沿岸を 往復する達人レース「クラシック」。 2日間を走って過ごす至福は、 2日間を走破する力と引き換えなのだ。 |
8月28日(土)
岩手県北部、とりわけ安比高原において、朝方の深い霧に冷たさはなく、日中の夏空は暑さに至らず。 @安代町・田山
岩だらけの沢や木の根が横切る急な坂 見つめるほどに追い込まれる急ターン。 バランスを崩して足を着けば減点1。 20カ所の競技区間が、、 広大な岩手県北部の山野に設定される。 木漏れ日の樹林や炎天の国道、 荒れに荒れた林道を旅して 「勝負所」を巡る「ツーリングトライアル」。 日本最大の規模を誇る 第28回イーハトーブトライアル。 この大会に出会って 岩手永住を決めた物語など誰も驚かない。 ふるえがくる程の風景の美貌や 野性にもどっていく感動は、尋常では無い。 愛する大地に心技を試され 足を着くたび、優しく諭される。 素直に向き合える減点が、人を前進させる。 |
8月27日(金)
背中を見せていた夏が立ち止まり、ふと、何を思ったか振り向いた。その瞳に熱情は消えていたけれど。 @岩手山麓
1年前まで、岩手から950km離れた街で 4年間、家族と別れて暮らした。 運河沿いの中華料理店で 紹興酒を飲みながら プロ野球をぼんやり眺めていた時も、 焼鳥屋で焼酎をあおりながら 炭火を見つめていた時も、 心に映るのは、つまり、この空の蒼さと 牧草の輝きと、自由な私だった。 地下鉄の駅の喧噪に突き飛ばされ 食料品売り場を彷徨う時間は、 イワテに還るための道程だった。 思い描いた「岩手と私」のポートレートに、 これは間違いなく現実なのだと歓喜しても 痛快なことに、振り返る人の姿も無い。 吹き渡る風が、 芳醇な大地の香りを運んでくるばかりだ。 |
8月26日(木)
半歩、夏空が戻る。雲も白くわきたった。それだけ。吹く風はさめていて、光は虚脱していて。 @玉山村
午後が夕暮れに移ろう寸前。 季節が夏から秋へ脱皮する寸前。 かすかに空気圧を高めた愛機は 毅然と丘をめざして走る。 ぬくもって張りつめた力を 夕べ、あんたから、もらった。 半月以上も眠っていて、 「大丈夫」なんて電話してきて 俺は、仰天して、とり乱して、よろこんで。 なあ友よ、今年も秋の風だよ。 こんなに澄み切った光の中を 俺たちは、一緒に走ってきた。 長い長い上り坂で 高らかに笑おうとして 大声で、ひとつ嬉し泣きしたぞ。 |
8月25日(水)
まだ夏日ぐらいにはなりそうな陽射し。それでも、隠しようもない秋は、鮮明な影の長さと斜光の深さ。 @鳥海山麓(秋田県側)
走っている時は、地図など見ない。 頼りは、山の姿と標識、それに太陽の位置。 そのくせ、初めての枝道に飛込んだりするから みるみるコンパスが狂う。 迷うほどに望外の眺めが待っていたりする。 だから、鳥海山へ辿り着くまでに いささか道草が過ぎた。 夕陽にきらめく日本海に未練を残し 山を下りたのは、日没寸前だった。 500kmほど走って帰った盛岡は、 よそよそしい電飾を纏って、異郷のようだ。 病気で半月、意識不明だった友人から 電話があった事を、家人に聞かされる。 |
8月24日(火)
朝から天気予報にしたがって雨に身構えたが、思わせぶりな光などもあり、夕刻出掛けたとたんの雨。 @小岩井農場
長年ためこんだものを捨てながら、 捨てる基準を考えていた。 「それ以上のものを再現・獲得できるもの」 「未来永劫、心が向かないと思われるもの」 そして「意地や野心で集めたもの」 所詮、身軽になりたいばかりに 捨てたものがほとんだだった。 でなければ、1gも捨てられなかった。 前を向いたのか、後ろ向きなのか 判然としない半日が過ぎた。 夕刻、山口さんの店で スポーツスターのオイル交換。試運転。 田沢湖に向かったが、ずぶ濡れで引き返す。 ひとかけらの青空をめざして、右往左往。 やっと見つけた雨上がりは いつもの道だった。 |
8月23日(月)
朝な夕な、秋の虫、あたりはばからず命燃やす。遂に陽射しなど無かったが、乾いて涼やかなら、よしとする。 @米内川
米内川から櫃取(ひつとり)へ抜ける。 大川流域の林道を確認して回る。 道にしなだれかかる夏草の残骸をかわし、 かつて走った記憶を辿る。 整備が進む道、放置され荒れ放題の道。 道の境遇が風に匂う。 (道のことなど言えるか) 封印して10年が経とうという段ボール箱を 山積みにしたままだ。 資料やノート。精魂を傾けた世界。 (それが、今、私にとって何であるのか) 確認もせず、放置している。 段ボール箱の数だけ確かな道を求めて 今日も走る。 |
8月22日(日)
腐乱が進む都市から遙かに離れた北国だから、空の蒼さひとつ、光線の純度ひとつ、昔懐かしい。 @下北半島・佐井村(奥に願掛岩)
断頭台に私が立たされていると 電話の向こうで誰かが囁く。 タクシーや弁護士への電話が通じない。 その時が、迫る。 弁明すら許されず、秒針が進む。 「これは悪夢だ」と叫ぶ。 そうさ、いつもの夢さ。 窓の外は、鋭利な秋の光だ。 午前6時の珈琲を一人飲む。 (夢のような、おそろしい現実もあった) あの時、私を助けようと走って 遂に辿り着けなかった場所へ 今でも、衝動的に走って行きたくなる。 さしずめ。本州最北端の地など、 悪夢と対峙するには、ちょうど良い舞台だ。 |
8月21日(土)
秋の光。純度100%の青空。雄大な雲も、陰影を深め、物語り気に流れていく。 @八幡平山頂
子供たちは模擬試験、 僕らは、つかの間のツーリング。 盛岡に住処を持ち、盛岡に仕事を持つ。 夢が叶って初めてのタンデム。 生涯、向き合うコースだから、 二人、ことさらに歓声など上げない。 君は、道の行方に視線を送り続ける。 新屋新町駅前(安代町)の 丸大食道で昼食。 客は夫婦ひと組。 薄暗い天井の片隅のテレビを君は見上げる。 (オリンピック、放送してるよ) (僕の今日の金メダルはね、 君と無事に盛岡に帰り着くことさ) |
8月20日(金)
台風15号通過。明け方の暴風。轟々と流れる雲。引きづり出されるように青空。夕暮れ、鎮魂の秋光。 @北上高地
ひと晩、台風災害の呼び出しに備えた。 風の悲鳴を聞いた。 引きちぎられた枝や飛ばされた缶が 街を刺し、弾けていく。 そのように夏休み初日は明けた。 夫婦で網張の温泉に出掛ける。 ガラス張りの空に嵐の残党が 敗走していく。 唐突な陽射しが湯を照らす。 滝沢村の「そば真」で「めかぶ蕎麦」。 帰宅して昼寝。 秋の光線を求めてキックスタート。 日没の時間を心ゆくまで呼吸した。 |
8月19日(木)
台風15号の気配濃厚。雨こそ時折の小降りでも、嵐の気配。何より夏に戻った夜。無風、かすかに蒸し暑く。 @玉山村
夫婦は、そのお宅を 勝手にイワテの親戚と呼んでいます。 玉山村のお爺ちゃんとお婆ちゃんを たずねてみました。 久しぶりの里山は、雨に濡れて すっかり秋の緑に包まれていました。 お爺ちゃんは、13歳から園芸に親しみ、 84歳の今、 広大な草花の楽園で暮らしています。 戦争から帰ってきて、 奥さんと二人、鍬一本で開拓した土地です。 裏山に続く丘陵を、 ゆっくり踏みしめて行く岩手の大先輩に、 私は、深々と頭を下げたのでした。 |
8月18日(水)
日本海に向かう台風15号、横たわる前線、温度上昇の海からの南風。断続的な小雨。 @雫石川河川敷(盛岡市)
ガソリンスタンドで 丁寧に給油してもらったら 「ありがとうございます」。 田圃の一本道で お年寄りとすれ違う時は、 静かに減速・停止、 「おはようございます」。 イワテだから、 そうしていられる。 そんな人間でいられる。 ここで生きていくのだから 獰猛邪悪の刃は川に流し、 吹く風の意味など詮索することも忘れ 与し易いお人好しのカモとなり、 秋の雨に濡れて、今朝も飛ぶ。 |
8月17日(火)
朝から断続的に小雨。各地、平年を6〜10度も下回る最高気温で、10月上旬〜中旬並。 @盛岡市(開運橋)
街の中では、 水平を計りかねることがある。 計器で決められた縦横、曲線や傾斜。 そもそも、私の足場が傾いている。 バランスしているのか、いないのか、 それを決めるのは、私ではなく、 定規や分度器やコンパスの類だ。 そんなことを考えながら シャッターを切っていたら、 愛機まで金属然と雨に濡れ、 測量器のように見えてくる。 雄大な空や丘の展望に 水平線を引いてきた私にとって、 オートバイは、重心のひとつだったのに。 |
8月16日(月)
雲は、豊満にして絢爛、我が儘放題に踊り狂う夏の未練。秋の光に照らされ、浮世離れのグロテスク。 @滝沢村
雲は山を弄ぶ。 頂を撫で、形を変えていく。 五線譜に戯れる風神となって 奔放に舞い上がり、たなびく。 (ポップな朝だ) 雲の影が走る度、息を詰め 次の陽射しとともにカメラを向ける。 メモリーカードがいっぱいになる。 (仕方ない) 30分前のイワテを消去する。 (あれほど思いを込めて撮ったのに) この瞬間の私は、ひどく自己中心的で、 情け容赦なく「さっきの私」を捨てていく。 二度と再現できないイワテを破棄してでも 何の保証もない次のイワテに身構える。 |