イワテバイクライフ 2004年9月前半
9月15日(水)
毎日バイクに乗っていると、わかってくる。大気の値打ちというか青空の価値。今朝は、この秋の五指に入るはず。 @上外川
同じ場所に幾度バイクを停めても 写しとった記憶は、まるで別物だから、 また、ここに来る。 とりわけ、イワテの光や雲や風は、 今日限りのものだから、 まして、私は、心移ろうものだから、 残すべき「イワテの記憶」は尽きることが無い。 さて、あなたが、ここに立って見渡すものは、 あなたの風景であって、私の風景ではない。 同じ道でも、走るラインが異なるように 切り取る記憶も、また、それぞれだ。 だから、各個に孤独な散弾となって 秋晴れに散るべし。 |
9月14日(火)
確かに時折のぞく青空は秋の深さをたたえていたけれど、巨大な雲の野性は、とどまるところを知らず。 @玉山村
秋の光線が剃刀となって カーテンを切り裂いた。 早朝の街に目撃者はまばらだ。 それをいいことに、巨大な黒い雲が、 蒼い空にうねって流れている。 大気の野性を追撃して丘に立てば、 予測不能のダンスの果てに 雲は、ちぎれ、くだけ、 清明な空に、それぞれの居場所を見つけ 風に身をまかせていく。 私のささやかな影ばかりが、 西に伸びて取り残され、 あたかも、意味不明の杭一本になる。 |
9月13日(月)
曇天ながら気温は上がり、岩泉、川井で真夏日。各地で夏日。夕刻の冷気に夕立。小雨の夜へ。 @盛岡市八幡町
「お前さんのためだ、もう忘れな」 「そうは、いかねえんですよ。 ざっくりと記憶に残る夜にしてやらねえと、 おてんとうさまに顔向けができねえ」 そう言い切ると、男は懐の固いものに手を当て カウンターを立ったのか。 いや、あるいは、男は、 強い酒をあおり、酔い潰れたのか。 好きな街で、恋女房と可愛い子供と暮らし、 仕事も順調だった。 カウンターは、しらじらと夜が明けるまで 悔やむばかりの寝言を聞いていたのか。 |
9月12日(日)
終日の曇り空は、たまの秋晴れの見返りを請求されているようで、つまらない。涼しかったから、まあ、よしとする。 @滝沢村
ひとつのことに 打ち込む理由がある。 楽しさとか、向上心とか、 うまく言えないが、そういうことではなく、 いつものここで、 こうして力の限りを尽くして、 心の重荷を、いっとき忘れ 笑顔を浮かべる私でいたいのかもしれない。 あたかも、病院の裏庭の静謐のただ中で、 迷い無く、困難に挑み、泥をもらい、 微熱をおびた前進の手応えをを掴むまで、 温厚な笑顔は、引きさがらない。 そんな心意気が、 変哲のない小山を、今日も聖地にしていく。 |
9月11日(土)
ふたつの摩天楼が消えたあの日のニューヨークは、悲しいほどに澄み切っていた。あれから3年。 @白神山地(秋田県側)
男鹿半島をめざしていたような気もする。 結局、白神山地の林道を右往左往した。 風の中で、旅も心も、雲のように変わる。 行き着かなければならない場所も無い。 時間は、砂となって道に流れ、飛び散る。 忘れていた悲しさが、 道路標識のように現れるものだから、 涙と共にカーブに舞い込む。 決着をつけたはずの怒りが センターラインとなって突き刺さるから ひとつシフトダウンして加速する。 どこかで聞いた遠雷が近付き それが、愛機の鼓動だったことに気付く。 たった一人の風だから 誰にも言えない秘密を轟々と叫ぶ。 |
9月10日(金)
朝は濡れていた。岩手山にからむ雲が稜線を欠落させていたが、夕方、ようやく清明な晴れ間。 巨大な高気圧の気配。 @小岩井農場
人に裁かれるのは、怖くない。 ほんとうに怖いのは、 おてんとうさま。 力にまかせた正義など、 おてんとうさまは、怯まない。 欲にまかせた大義など、 おてんとうさまは、笑ってる。 嘘にまみれた公正など、 おてんとうさまは、お見通し。 真っ直ぐ向けた私の目を あなたが見られなかった理由が、 ほら、今頃、照らし出されていく。 |
9月9日(木)
一日遅れの台風一過。はかない光線と雲は、朝方、いっとき空を占拠して、やがて身を引いた。 @北上高地
老いさらばえた私は、 その丘に辿り着き、 やおらオートバイを押し歩く。 柔らかい黒土にタイヤが沈み、 おそろしく重い岩となる。 それでも、息を弾ませ踏ん張って、 躊躇無く、草原の一点にバイクを停める。 にじむ汗の中に、 北上高地の稜線は、あの日のままで、 なだらかに波打ち、朝露に濡れている。 見晴らしの中に寄り添う虫の音ひとつ。 すっかり傷んだ愛機を 我が身に置き換えてカメラを向ける。 (また、ここへ来た) 2004年の9月以来、 そう呟きながらシャッターを切ってきた。 あの日も、秋晴れだった気がする。 |
9月8日(水)
通勤通学時に吹き荒れた台風18号。足早に日本海を駆け抜け、イワテの嵐は昼前におさまる。 @玉山村
盛岡も、風が強まっています。 街路樹が揺さぶられています。 ちぎれた枝や葉が道路に散乱しています。 南風を受けて空低く雲が流れています。 時折、陽も射しますが、 みるみる暗い雲がせまって、雨が吹きつけます。 市内は通勤通学の時間を迎えて 車に加え自転車も目立ちます。 横風に煽られ、身を固くして ハンドルを握る人の姿があります。 |
9月7日(火)
宿命のように、憑かれたように、嵐は日本海を北東に進んで来る。夜が身を固くして待ち構える。 @盛岡市内
この街のほんとうのことなど、 何も知らない。 ものごとを決めているのは、誰? もめごとに幕を引くのは、誰? もとめれば嵐を起こしてくれるのは、誰? 知らなくてもよいことまで知ってしまったら、 どこへ捨てたらいいの? 知りすぎて追いかけられたら、 どこへ逃げればいいの? |
9月6日(月)
どうやら来るようです、18号が。台風に押し上げられるように秋雨前線がイワテにすり寄って来ました。 @盛岡バスセンター
いつ盛岡に帰れるとも知れない頃、 単身赴任の名古屋から 家族に会いに2日ほど滞在しては、 ここで帰路のバスに乗った。 雪も凍る真冬の朝、 花巻空港行きのバスを待って、 古びたデパートを見上げ、 幼い頃、その屋上の遊具で遊んだのだと 思いこもうとした。 秋の虫が鳴き始めた夏の夜、 東京行きの夜行バスの最前列のシートで 別れのウイスキーを飲み、発車を待った。 冬晴れも、闇夜も、 人生の往来の、ほんの一瞬だったけれど、 あの朝と夜の重さが、 今の私の支えかもしれない。 |
9月5日(日)
気象情報では、降雨のボーダーラインだった盛岡近郊。身構え、汗を流すうち、結局、びしょ濡れの午後。 @滝沢村
ほんの一週間前、それはそれは真剣に オートバイトライアル競技に参加していた。 7度目の「イーハトーブトライアル」だった。 遅々たる歩みではあるが、 後退は無かった、と信じている。 「もっと出来ること」「未だ出来ないこと」を 全身で識別した一日だった。 滝沢村の「道場」に帰り、 思い描いた軌道に挑んでみたが、 まるで歯がたたず、仲間に助けられ、 むやみに汗をしたたらせ、息を荒くした。 誰のためでもない。 求める「私の姿」があればこそ、打ち込める。 無様の中に前進の鍵をさぐり、 その先に待っている笑顔を覚えてしまったから、 もう、引き返せない。 |
9月4日(土)
太平洋の秋雨前線、台風18号。不安要素をかかえながら、空は健闘。各地、夏日を大きく上回る。 @田沢湖畔(秋田県)
(ネクタイのしめ方、教えてよ) 夕べ、息子が(おとうさん)と珍しく かしこまって話しかけてきた。 (こうやって合わせておいて、 回しこんで、輪をつくって、その中に通す・・・) 私より器用なあいつは、2〜3度繰り返し、 うまくいって(おお!)と、はしゃいだ。 (貸してくれる?ネクタイ)(・・・あげるよ) (上着も貸してくれないかな)(・・・あげるよ) 20数年前の私の上着が、ぴったりだった。 今朝、あいつは、ネクタイをきちんとしめて 学園祭に向かったのだろうか。 |
9月3日(金)
9月に入って最初の晴天は、やや夏の匂いが残り、一関で30度を越えた。湿度は低く、さすがに初秋の肌触り。 @北上高地
思えば不思議なものだ。 こうして、すんだ風に包まれ イーハトーブに佇む金曜日の朝のことなど、 想像もしない物語だった。 今になってわかってきたことだが、 私の四半世紀に及ぶ紆余曲折は、 実によく練り上げられた 幸福への旅路だった。 夜を支配した不安や 空(くう)を切るばかりの願いも 思えば、 この朝のために用意された 心の道程だったに違いない。 神よ、私は、もう、この光の中で いつ力尽き、倒れても、よいのですね。 |
9月2日(木)
均一な曇天は、回復を打診する人の情など寄せ付けず、べったりと灰色。時折の風は冷めて無愛想。 @小岩井農場
あなたと再会する日、 笑顔と握手と、 称え合う言葉は決めている。 無為に流れた歳月のようだが、 かけがえのない時間を失って やっと辿り着ける友情がある。 静かに向き合い、認め合い、 過ぎ去った風雪を愛おしみ, 年老いていく秋を受け入れ、 互いの道から手を振ろうよ。 |
9月1日(水)
台風の後に期待される澄んだ空には、ほど遠く、雲は荒々しく、県南には真夏日など散見され。 @玉山村。
カレンダーをめくるだけで 修復されていくもの。 (他愛もない仲違い) 歳月をいくら重ねてみても 到底変わらないもの。 (多数決の果ての選択) 季節を迎えては送るうちに、 よく見えてくるもの。 (星の数ほどある人生) 争わず、選ばず、較べず、 一面の実りは、 秋の風に波打つばかりだ。 |