イワテバイクライフ 2004年10月後半
10月31日(日)
寒さはゆるみ、けれど昼過ぎまで小雨に濡れて、夕方、かすかに空は明るくなったが、ほどなく夕闇。 @盛岡市近郊
君は、 首にタオルを巻いて台所に立つと、 梅干しを焼き始めた。 焦げ目がつくまで焼いて、 熱湯に入れて箸で砕いた。 それが、君の風邪薬だった。 「大丈夫よ、いつもこれだから」 熊本のばあちゃんの知恵と呼んで、 誇らしげにすすり、 布団に戻った。 見せたかったよ、今朝の秋を。 こんな遠い北国についてきてくれた君に、 見せたかったよ。 |
10月30日(土)
秋の高気圧は足早に遠ざかる。けれど、図体が大きいから前線が遠慮して空は崩れない。 @十和田湖・樹海ライン
やがて閉鎖されるから、 八幡平遊走。 空は霞むばかりだから、 鹿角に下る。 南の空に雲が出たから、 北へ向かう。 色を添えたかったから 湖をめざす。 車に道を塞がれたから、 風を停める。 振り返ると、 ずっとついてきたのは、 秋の光と影。 どこまでも澄んで走る。 |
10月29日(金)
雲を探した。そうでないと、光の透明や、秋の陰影が見えてこないから、雲を探したけれど、やがて宇宙のような夕闇。 @玉山村(岩洞湖)
夕べの酒は心底うまかった。 (存分にイワテで生きるがいい) おてんとう様の声を聞いた気がした。 のんびり夜は明けた。秋晴れの朝だった。 珈琲をゆっくり味わった。 仕事につくまで4時間はあった。 少し遠くへ行けるはずだった。 ところが、35km走って岩洞湖に停まった。 こんな上天気に、旅の序盤の通過点で 確信犯となってバイクをおりた。 (もう、ほんとうに急ぐことはないのだ) タイムリミットの消えた心は、 湖水が映す秋の蒼さを見渡すばかりだ。 明日も、明後日も、こうしていていいんだね。 |
10月28日(木)
盛岡など各地で氷点下の朝。初霜・初氷を観測。澄んだ秋晴れから陽射しは溢れ、大地は温もった。 @岩手山麓
92時間の闇の中で ポットのミルクを飲みながら 君は光を待っていた。 余震にきしむ巨岩の隙間で 胎内の温もりを探していた。 積み木や絵本やおやつの無い時間に 首をかしげながら お日様が消えた理由が見つからず ママを呼んだ。 その度、岩が泣いた。 生涯、君の心に淀む闇の記憶よ。 この秋晴れの岩手山の真下に 私の悲しみを埋めて、 君のママを思う。 |
10月27日(水)
岩手山で初冠雪。平年より2週間遅い雪化粧。冷えた雲のもと、新潟の救出作業に固唾をのんだ夕暮れ。 @雫石町
貴女に会いたくて、 真夜中、阿佐ヶ谷から上井草へ歩いた。 貴女への贈り物を手に、 雪の中、早稲田から白山へ歩いた。 いつも片思いだったから、 引き返すことも慣れていた。 (あなたは、まるい炎だから)と ドアを挟んで貴女は呟いた。 30年も経った今頃、 燃えさかるイーハトーブへの思いは、 あの日々にも似て、 さて、困ったものだ。 |
10月26日(火)
冷えた曇天。盛岡の最高気温は10度2分。11月中旬並み。八幡平で降雪。街には夕暮れの雨。 @玉山村
収穫の終わった大地も、 収穫すべき私の風景だ。 息を詰めて今朝の一角を刈り取り、 刈り取っては、息を解き、息を満たす。 そんな私の間合いを狙いすまして 岩手山麓に砲撃音が轟く。 遠雷のように厳粛に、 地鳴りにも似て不気味に。 見渡す一面の音とともに 冷えた今朝は、私の肺に満たされ、 イワテに恋い焦がれる思いに触れて発火し 何か叫び、歓喜し、 硝煙となって、吐く息を白くする。 |
10月25日(月)
冷えた青空など広がる気力も薄弱で、暗く猛々しい雲の傍若無人を見つめるばかり。 @北上高地
鮮やかな夢を見た。 古典的な歩兵銃が、横一線、紫の煙を吐き、 緑の丘に人々が崩れ落ちていく。 秋晴れの銃殺刑が整然と進む夢だ。 「刑場に向かう朝、 私は、うきうきしていた。 熱い珈琲を入れて飲んだ。 鼻歌まじりで歯を磨いた。 窓辺の草花に水をやった。 何故なら、村の銃殺刑が空砲だということを 私は知っていたからだ。 ところが、その秘密が漏れてはまずいと、 実弾が装填されていた。」 そんな夢だった。 夢だと知り、いっとき、心が軽くなって 束の間 雲を追いかけ、 夢の中の、罪状を探した。 |
10月24日(日)
冷えた秋晴れは、皮膜のような雲のみを許し、濾過されない光線はやたらに眩しく、やがて唐突な夕闇。 @荒川高原
川井村に入ると 大気に夕暮れめいた匂いがまじる。 走り出したのは昼前だったはずだが、 北国の光は、なるほど、はかない。 谷筋の紅葉は、 明暗鮮明に切り分けられ、 走るほどに気分まで迷彩色になる。 土坂峠を越えて三陸に出たが、 空を広げ過ぎて、道を失う。 無策にも同じ道を引き返し、 大仁田から荒川高原に上がる。 そこは、もう斜光の海原で いつ果てることもない夕暮れを 追いかけるうち、 タイマー仕掛けの夕闇が どすんと行く手に幕をおろした。 遠野に下ってヘッドライトの河に紛れ込んだ。 |
10月23日(土)
寒気団の通過で、いささか乱暴な空。澄んだ紺碧と強風。髪振り乱す雲。その間隙をぬって光線の狂気が切れ込む。 @西根町(岩手山麓)
こんな黄昏に 刀を抜く日もあるのか。 刀を抜くまで、大概、誰でも立派で、 抜いた途端、 小便を流す、糞をこぼす、泣き叫ぶ。 こんな草っぱらで斬り合うのか。 逃げ出す者は、どこまでも逃げる。 かと思うと、観念するでもなく、 振り向いて斬りかかってくる。 結局、疲れるのを待つ。 ただし宵闇の前までに済ませる。 体を縦に割る刀傷が北風にうずいた。 名も無い刀は、 斬られる者の気持ちが痛いほどわかる。 |
10月22日(金)
台風は去っても、援軍の高気圧の足取りはゆっくりで、晴れ切らず、曇りがち、時折の小雨。 @安代町
人それぞれ、見渡すものがある。 今朝の私のそれは、 霧の晴れ間に現れたイーハトーブだ。 さて、あなたは、どうだ。 今朝も摩天楼の窓辺に立ち、 彼方に林立する狂乱時代の遺物を眺め、 政(まつりごと)の電話が鳴り止まぬ部屋で、 「逃げ切る手立て」や 「しっぺ返しの策」や 「一発大逆転の術」を考えているのか。 満々たる社会の力を堰き止めた堤の上で、 亀裂が走るダムのてっぺんで 噴き出す破綻の予感の中で まだ、そんなことを考えているのか。 |
10月21日(木)
嵐の直撃は避けられた。夕べ雨が降ったらしい。道が濡れていた。夕べ風が吹いたらしい。庭の落ち葉が目立った。 @雫石町
嵐の去った朝、田舎道の風に サイモントとガーファンクルの歌が聞こえる。 Lie la lie (ライ・ラ・ライ)・・・。 好きだったけれど忘れていた歌 「ザ・ボクサー」 少年の日、この歌の エンディングへのぼりつめていく感動を こう受け止めていた。 「サンドバッグの中には悲しみが詰まっていて、 ボクサーはそれを打ち砕こうとして 拳を突き刺すのだけれど、打てば打つほど 悲しみはサンドバッグを重くする」 (そうさ、未来永劫の闘いなんだよ) 今朝、私は、あの日の私に、 そう返事をして励ました。 |
10月20日(水)
嵐の片鱗すら無い薄曇りのもと一日は始まり、夕暮れ、ようやくの小雨。どこか楽観的な台風の進路予想図。 @雫石町
殺伐とした記事に満ちた新聞を 朝食の皿の脇に置いて、 夫婦は、しりとりゲームのように 歴史上の権力者を数えていく。 「いい死に方した人、少ないわね」 (何故だろう) ひたひたと近付く嵐は、 いずれ海に抜け、 すべては、おてんとう様に照らされる。 けれど、 樹林を染める鮮血の色は、 粛正に次ぐ粛正の歴史を 思わせるばかりだ。 |
10月19日(火)
朝の冷え込みもやわらぎ、薄曇り、時折の陽射し。平和というか嵐の前の静けさというか。超大型の23号接近中。 @岩手山麓
さて、ファスナーの壊れた皮パンである。 (リフォームの店を探さねばなるまい) などと呟きクロゼットの棚を見ると、 あるではないか、古びた皮パンが。 きちんとたたんで置いてある。 14年前、横浜で買って、 しばらく、しまい忘れていたものだ。 「少しきついかもしれないけれど」と 君は、私の腹を見て笑い、キッチンに戻った。 確かに窮屈だが、ほどなく馴染んだ。 どこまでも走れそうな気がして、 好きな森に入った。 |
10月18日(月)
この時期には鋭利過ぎる冷え込み。三陸沿岸に蒸気霧。高松の池にはオオハクチョウの飛来。 @八幡平・アスピーテライン
困ったな。 一張羅の皮パンツなのに。 ファスナーが壊れた。 「ジャケットで隠せば大丈夫よ」と 君は他人事のように言う。 (風が入ると冷たいぞ) 「八幡平の風だもの、 すがすがしくていいじゃない」 そして、トドメ。 「社会の窓も、換気が必要なのよ」 僕は、風の中で君のフレーズを口にして なんだか、笑えて来た。 (うん、ほんとうに、そのとおりだよ) |
10月17日(日)
乾いた光は、大地の裏も表も照らし出し、放浪する雲の影さえ無く、つまらない野郎にも似た秋晴れ。 @磐梯吾妻スカイライン(福島県)
その観光地は、 完璧な紅葉のセットとライティングで 長蛇の列を迎えていた。 ナンバープレートの多くは首都圏のものだ。 なるほど、東北の南は都の庭だ。 軽井沢や清里の滑稽な混雑と同様、 あたかも、ディズニーランドに連なる行列だ。 久しく忘れていたゴー・ストップの中で、 イーハトーブの澄んだ寂寥が愛おしくなる。 夕暮れのハイウェイを 情け容赦もなく北へ飛んで引き返せば、 斜光の行く手に稲藁焼の煙が こおばしく立ちこめる。 |
10月16日(土)
夕べの天気予報が断言していた「秋晴れ」を辛抱強く待ったのだが、快晴は夕闇以降のことだった。 @八幡平
深い季節の谷間で 秋と冬は睨み合う。 伝令が落ち葉を蹴立て 朝露に光る鎧の群れから、 いっとき、風の気まぐれで雲が流れ光が走る。 (決戦は初冠雪の夜明け) |