イワテバイクライフ 2004年11月前半
11月15日(月)
最高気温がどうだとか、数字上の寒さのことなど、もういい。カッパの上から刺してくる冬の気迫は本気だ。 @盛岡市近郊
女は旅を始めたがっていた。 物語の捨て場はIWATEだった。 冬の朝。女は凍った物語を引き上げた。 女は似ていた。男が旅を始めた理由に。 |
11月14日(日)
陽射しも、青空も、雲さえも、おだやかな皮膜の向こう側にあって、夕闇すらやさしかった。 @盛岡南IC近く(南昌山をのぞむ)
盛岡に帰って来ると、 この山並みが待っている。 遠くに離れた時ほど、 そのシルエットを心待ちにする。 思えば、長い間 この山に別ればかり告げてきた。 今、別離も再会もない日々の風景として、 あんたに向き合える。 ガレージの大掃除や タイヤ交換にキャブレターの調整など 休日は瞬く間に過ぎて、 走り出した途端の夕闇の中に、 あんたは懐を開いてくれた。 (わたしで、いいのかい?) 夕闇に僕らまぎれるまで向き合った。 |
11月13日(土)
寒気団が県北をかすめていく。荒々しくも美しい冬雲が山岳地帯にうねる。「らしく」なった北国。 @滝沢村(岩手山麓)
寒空のもと、束の間、 僕ら八人は、県北ツーリングをした。 たかだか50cc〜100ccの単車を連ね走った。 濡れた林道は、杉の落ち葉に染まり、 赤茶けていて、滑りそうで、少し身構えた。 けれど、懐かしい速さ、というのかなぁ。 遠い昔、年上のリヤシートに乗せられ、 流れた景色にも似て、少しスリリングなのだ。 精一杯イキがり、 世界に向かって「俺は俺だ」と叫んでみても、 風にまぎれる大地が、 「ああ、そうかそうか、楽しいか」と微笑むように、 イーハトーブは、大らかなのだった。 思い描く以上の道を堪能した後に 急ぐ家路の暗き途上ですら、 岩手は、孤独になっていく私を励ます。 |
11月12日(金)
最低気温が15度を越え、9月中旬並の朝など、胸騒ぎの種。とりあえず、予定外の夕刻の雨。 @高松の池(盛岡市)
降りしきる雨の中に 泥の丘はうずくまり、 塹壕はどぶ川になる。 気怠い迫撃砲の応酬。 赤子の様に泣く兵隊。 黒ずんだ血糊を舐め、 残り少ない弾を数え、 腰まで泥につかって 糞尿を垂れ流し緩む。 銃剣や白旗が散乱し、 勝ち負けなど闇の中。 正気を確かめる様に 銃声が銃声をまねく。 ここに生きていると、 敵も味方も銃を撃つ。 |
11月11日(木)
終日、無愛想な曇天が、9月だ10月並の陽気だと言われても、反感がつのるだけの夕暮れ。 @小岩井農場
昔の話だ。 「こいつはね、役に立つ男ですよ」 凍り付くほどの毒が言葉ににじんだ。 私が売り買いされていることに気付き、 吐き気におそわれた。 愛する人々のためなら、身を粉にしよう。 だが、見知らぬ輩に利用されるのは、 我慢ならなかった。 さて、今朝も私が走って来る。 すでに役立たずの男は、 一枚のメンコの如く、 地べたに叩きつけられ、返し、返され 他人(ひと)の手から手に渡り、 垢にまみれ、煮しまって、愛想良く、 思い出したように良い音を立てては すり切れていく。 |
11月10日(水)
最高気温18〜20度のゾーンにおさまったイワテ。小春日和というには、あまりに弛緩した晩秋。 @滝沢村
すでに岩手山麓に牛の姿はなかった。 がらんとした牧草地を眺めていると、 白い軽乗用車がこちらに向かって来る。 「何者だ?」訝しげな視線が近づく。 私は、ちぎれんばかりに両手を交差させる。 「おはようございます」「お邪魔しています」 山麓に轟けとばかり腹から気持ちを送る。 「あんまり綺麗だったものですから」 年配の男性2人と若い女性1人。 管理小屋の方々が笑顔になった。 話が弾む。 春の絶景写真を見せていただいた。 「来年の春、来て見てください」 有難い言葉に、頭を下げ、エンジンを掛けた。 牧野が閉鎖され、 長い冬ごもりにに入る朝のことだった。 |
11月9日(火)
ぬるんだ朝が、あまりに当たり前に訪れるから、お祭り騒ぎも無く、感慨もなく、ぬるんだまま夕暮れ。 @四十四田ダム
秋の水の放流に思う。 満たし、肥大し、抱え込む不幸。 解放することの健全を知りながら、 喪失していくことの恐怖が、 満たされ、溢れ出す。 飛沫に霞む質量の音に耳を澄ませば、 善も悪も、ひとつの勢いの中にある。 滞り、淀み、押し黙った時間が、 一気に動き、轟々たる勝鬨となる。 堰き止められ、放置されていた力が、 自由の予感に向かって、なだれを打つ。 とりかえしのつかない潮流が 朝を揺さぶる。 |
11月8日(月)
岩手山は雲に隠れがちではあったが、陽射しは平穏な生活には充分で、およそ冬が匂わない一日。 @松尾村
懐かしい匂いがある。 忘れようにも忘れられない温もりがある。 10年以上前の冬、広島で手に入れた ジャケットに袖を通すと、蘇るものが多い。 中国山地の朝霧を見たくて 三次(みよし)へ走ったのも、11月だった。 阿蘇からの帰り、関門海峡を渡って 秋吉台に寄り道し、 さらに萩の海へ道草したのも、11月だった。 このジャケットの中に 不安と希望をしまい込み、 言葉もしまい込み、 黙々と走るほどに かろうじて残り火のような命が このジャケットの中で膨らんだことを あの日々の冷えた風とともに思い出した。 |
11月7日(日)
小春日和の立冬。瞬間、あたかも初夏の光線。気まぐれというより狂気じみた季節の贈り物。 @玉山村(姫神山の麓)
昔の話だ。 あなたは、慣れない話に声を上ずらせた。 「君の今後のことだが、 どう頑張っても道はひらけない」 私は、神妙に俯きながら、 週末のツーリングを思案していた。 私の未来を引き受ける者は、 私だということを知っていたから あなたが考える私の今後に興味は無かった。 光の中に流れるセンターラインを思って 時をやりすごした。 今朝、目を開けると、ほら、 道はどこまでも続いていたじゃないか。 空はどこまでも開けているじゃないか。 |
11月6日(土)
寒冷前線は無造作に岩手を跨いでいく。冷えた雲は押されるように流れ、慌てて現れた青空のすっぴん。 @姫神山の麓
姫神山麓一帯の林道を辿る。 道は枝分かれしては合流を繰り返し、 開拓の痕跡を繋いでいく。 樹林に隠された水田や 山かげの発破現場や、 がらんとした草地が、 たいてい清水と隣り合わせで現れる。 ざっと風が起き、枯れ葉が舞い上がる。 錯乱した鳥の群れのように、 冷えた青空に黒々と右往左往する。 煉瓦色に染まった山道を下れば、 杉の枯れ葉が、ちりちり視界を刺してくる。 私の肺の奥底に棘となりたがる。 深々と呼吸する衝動をシールドで遮り、 家路を急ぐ。 |
11月5日(金)
13時45分頃、宮古沖を震源とする地震。宮古で震度3。新潟の大地震の後だけに、盛岡は震度1でも、怖さは否めず。 @玉山村
白い猟犬が走ってくる。 もうかなりの距離を走ったせいか、 弾けるような加速はないが、 量感あふれる筋力をバランスさせ、 たおやかに走ってくる。 舌を牙の脇になびかせ 耳を鋭角に寝かせ、 草むらすれすれに鼻っ面を突き出し、 どこへ向かう途中だ? どこへ戻る途中だ? すれ違う私のことなど一瞥もくれない その集中は、まぎれもない猟犬だ。 私に狙い定めるものも無く、 駆け寄るものも無い冬空の寂しさよ、 何と澄んだ牙だ。 |
11月4日(木)
内陸の陽射しはわずか。それでも県内、最低気温10度前後。最高気温17度前後。10月上旬〜中旬並。 @盛岡市近郊
揺らさず 波立てず 居続ける。 水鏡に映る私の今日すら忘れて 呼吸する。 思索する。 水面下に屈折する昨日も忘れて 観察する。 写し取る。 もの静かな一本の杭の如く立ち、 なびかず、 さわがず、 居続ける。 |
11月3日(水)
この日に何か予定など組み、そわそわ、やきもきしなくて済んだことを、むしろ幸いとしよう。それほど暗い一日。 @雫石町
晩秋の午後に求めたものは、 距離や風景でもなければ、 光や道でもなく、 まぎれもなく、この地に流れる時の中に 我が身を置くことだったのです。 実りの季節は終わり、 見渡す限り色を失い、 残骸というにはあまりに脆弱な寂しさが 雨に濡れるばかりです。 朽ち果てていくものどものひとつとなって 秋と冬の行間に佇み、 もはや、大きな声もあげず、 いかなる理由も質さず、 微笑んでいられるかどうか、 それだけ確かめておきたくて ここに立ち止まったのです。 |
11月2日(火)
終日、断続的に小雨。ワイパーで払いきれない落ち葉など、一日の視界に絡みつき、いっそ強い雨など待つ。 @盛岡市(高松の池)
斬れば、いずれ、斬られる。 同じ刀で、同じ道で、斬られる。 怒りにまかせて斬ったことはないか。 力にまかせて斬ったことはないか。 許しを請う者を斬ったことはないか。 斬ることに慣れて斬ったことはないか。 切れ味に酔って斬ったことはないか。 斬った後に何が始まるか考えもせず 斬ったことはないか。 見覚えのある道で すっかり忘れていた顔が待っている。 想像もしなかった夜が、 ぎらりと待っている。 |
11月1日(月)
寒さはゆるんで、湿った雲に覆われたまま、秋だけ先を急ぎ、時折、小雨に濡れて。 @玉山村
濡れた雑木林は、どこか生臭く、 水槽の匂いがする。 腐葉土に落ち葉が重なり、 とらえどころがない。 細いツルがタイヤに絡まる。 スプロケットに栗のイガがつまる。 見上げれば、末枯れ(うらがれ)が、 残り火となって、ちりちり燃える。 (もう帰ろう)と思った途端、 音を立てて雨が降り出した。 派手な傘の下で雨宿り。 あたりに、枯葉が、秋霖に促され、 雪よりゆっくり舞い落ちる。 燃え尽きた幾千幾万の秋が落下する。 |