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イワテバイクライフ 2005年1月前半


1月15日(土)
冬雲が覆い忘れた青空や光が見え隠れしながら、寒気は隙間無く大地をラップした。 @西根町(岩手山麓)

  雪は湿って重い。
  どうもがいても
  この雪の原を越えられそうにない。
  
  上着を脱いで、
  吹き出す汗を大気にさらす。
  ささやかな五体は、
  凍った爪にわしづかみされる。
  
  走り出すのは、
  風景を求めるからではない。
  人の心のぬくもりを探すためではない。

  愛する大地の寒気に
  命を預けてみたくなる私の心を確かめたくて、
  雪の原の彼方をめざすのだ。
  


1月14日(金)
道は圧雪から水溜りへ。真冬日の記憶があればこそ、4度や5度でも有り難いほどの温暖。 @小岩井農場

  散歩が有益か無益か論じる知性。
  瞬間を撮る志に首を傾げる感性。
  黙々走ることの是非を問う教養。

  ならば、毎朝、
  音楽と珈琲を嗜みながら
  分厚い原書を開くがいい。
  有難い経でも読めばいい。
  箴言など崇め奉るがいい。

  その頃、私は、
  清明な岩手の大気を呼吸し、
  体温とともに命の在処を感じ取り
  移ろう季節を心に書きとめ、
  風の中で「存在と時間」について考察している。
  一本の煙草を吸うようにね。


1月13日(木)
平年並みの気温とはいえ、眩しいほどの青空は、心理的な温度を急上昇させた。 @盛岡市近郊

  水辺の氷に乗った。
  みしりと、鳴った。

  私一人、岸に上がった。
  振り向くと、陽が射してきた。
  エンジンの熱を感じて氷がとけていく。
  
  私を信じ切って、お前はそこに佇む。

  まさか、私は、
  氷が割れるのを待っているのか。

  私の薄情を知りながら、
  お前は、ただ微笑んでいる。
  (切ないなあ)
  もう、いい加減に上がって来いよ。

  みしりと、また氷が鳴った。


1月12日(水)
朝から乾いた小雪が断続して、最高気温は盛岡で氷点下3度6分。岩洞湖の「わかさぎ釣り」も解禁。 @盛岡市近郊

  アイスランドではない。
  フィンランドではない。
  アイルランドでもない。

  ここはイーハトーブだ。

  懐かしい心や無垢な自然が
  雪を纏って、もの静かだ。

  だから、私は、
  理由(わけ)もなく、停まる、見渡す。
  誇らしくて誇らしくて、胸が熱くなって、
  雪の原を犬のように駆け巡りたくなるのだ。


1月11日(火)
真冬日にも晴れ間は現れ、陽も射し、いっとき雪もとける。けれど、夕闇と共にソリッドな凍結。 @盛岡市

  今、思えば、
  なまじ光などなかったから
  よかったのだ。
  見えたのだ。
  怒りにふるえる炎や
  青白く揺らめく悲しみ、
  仮面の裏側が見えたのだ。
  
  だから、この大地に辿り着けたのだ。

  そして、今もなお、
  凍てつく季節の縁に立つことに
  いささかも変わりはないのだから、
  曖昧な光など、
  痛快な朝を曇らせるだけだ。
  澄みきった孤独を濁らせるだけだ。
 


1月10日(月)
冬晴れは、夕刻に至り暗く沈み、ちりちりと小雪が吹き付け、やがて大雪注意報。 @盛岡市近郊

  乗せては落とす油絵の具のように、
  白銀の世界は日毎更新されていく。

  凍りついた昨日の雪を
  パウダースノーが覆い、
  風に吹かれて、白く流れる。

  流れ行くものを引き留める力もなく、
  消え行くものに、かける言葉もなく、
  僕は、雪の原に立ち往生して、
  息を弾ませ、よろめき、踏ん張る。

  ああ、この沸々とした流れは何だ。
  移ろう冬を掌に乗せるや、
  とかすほど熱い血液が
  寒気に脈打つ頸動脈を
  駆け巡っているというのに。
  
  


1月9日(日)
銀世界の朝、雪かきの音、ごく短く。鉛色の空から、断続的に小雪舞い、昼をとうに過ぎて、冷え冷えとした青空。 @玉山村

  雪かきをして、
  ささやかな居場所をつくり、
  鉛色の空を見上げ、
  ひとつ方角を思い、
  大人びた間合いを振り切って
  キックスタートした。

  市街地を抜けると、
  圧雪路に乾いた雪が降り積もり、
  三馬力のコロコロとした呼吸まで
  吸い取られていく。

  前へ流れ出したがる後輪の気配。
  そのたび、スロットルを気持ちゆるめて
  立て直し、シートに体の芯を突き刺し走る。

  急勾配の坂を前に、来た道を振り返れば、
  生真面目な私の思いが積っていた。


  


1月8日(土)
夕べのパウダースノーが青空をひきたて、陽気な陽射しが街を乾かし、好ましく日は暮れていった。 @滝沢村


  国道4号線を北上していくと、
  東の空に、
  雪をいただいた姫神山が立っている。
  北上高地の一角を占めて、灯台のようだ。
  
  その頂を同じ目の高さにおさめる丘をめざし、
  固められたばかりの圧雪路を走る。
  アイスバーンがのぞくカーブは、
  時速15kmのスロットルワークを
  弄んで、じわりと後輪を横に運ぶ。
  
  丘に着く頃には、冬雲が制空権を握り、
  岩手山から吹き付ける風で
  一面に新雪が舞い上がる。
  僕は、いっとき白い海原に漂流し、
  清々しい波濤の彼方に、
  灯台を見つめていた。


1月7日(金)
未だ真冬日は4日。沿岸部では最高気温10度前後。盛岡は道端の雪をとかす小雨など。 @盛岡市近郊

  うとうとしている間に、
  朝は白く染まった。
  冬の群れから背中を押されて舞い降りた
  善良で無垢な雪だから、
  雲間に陽射しが滲んだだけで、
  あっけなくとけていく。
  
  僕は、アスファルトを洗う雪解け水を
  切り分けて走る。
  トラックやバスに追い越されるたび、
  きらきら水しぶきを浴びる。
  あたかも、この十年の最終章を
  祝福する光の粒子となって降り注ぐ。
  僕は、シールドを解放し
  とめどなく溢れる笑顔を
  風にさらして歓喜した。


1月6日(木)
「予想最低気温・氷点下10度」と脅されていただけに、その半分の数値に、刺すような冷え込みにも笑顔。 @玉山村(姫神山)

  (ああ、痛いよ)
  走行風に微細な針がまじって
  シールドの裏の顎や頬を刺す。

  けれど、
  道は乾き切っているから速度は上がる。

  南部片富士湖を白濁させる氷原などに
  見とれていると、はっとする。
  かすかな水溜まりが凍り
  車が跳ね上げた水が凍り、
  行く手に点々と艶めく。

  この好意のかけらも無い剣呑な朝に向き合い
  僕は、ますます冷静不敵に微笑む。
  「とにもかくにも岩手だ」
  「なにわともあれ快走だ」
  「止めようもない事実だ」


1月5日(水)
寒の入りらしい冷えて固い朝だが、光を含んだ青空は、束の間、街をぬくもらせ、結局、真冬日寸前。 @盛岡市(北上川)

  精も根も尽き果て、
  それでもなお、
  夢遊病者のように
  叩き割るべきのがあるのか。

  仮に、
  満身創痍で壁を打ち崩して、
  喜ぶ人はいるのか。
  心の底から楽しいか。
  その先に道は続いているのか。

  さて、今朝の風を胸に
  あたりを見渡すがいい。
  ごく楽に歩き出せる方角はどちらだ。
  ごく自然に迎えてくれる道はどちらだ。
  そんな道を大切に、
  しっかり踏みしめてみようか。


1月4日(火)
年越しの雪は、ぬるんだ雨にとけて、午後の陽射しに乾き、街はリセットされた。 @盛岡市(紺屋町)

  裏路地を覆う晦日の雪は、
  あたかも春雨のような雫を含み、
  前輪が乗るだけで左右に砕けていく。

  僕は、無抵抗の冬を踏み付け、蹴散らし、
  束の間の傍若無人を楽しむ。

  行く手を塞ぐ岩や、
  立ちはだかる壁を
  叩き割ろうとした日々の記憶の分だけ、
  湿った雪に斬り込む僕は、妙に真剣で、
  おかしいくらいに前進の手応えを求めていた。

  岩も壁も、そして氷結の季節も、
  時が来れば、
  嘘のように消えていくことを知りながら、
  待っていられなかった心の日々を愛おしむ。


1月3日(月)
ガラス越しの新春は、灰色に、けだるく冷えているのだが、ひとたび屋外に出れば、とけていくばかりの雪。 @雫石川

  とけだした雪道の轍を辿ると、
  前輪は、(どろどろの冬)を
  遠慮会釈無く左右に跳ね上げ、
  ブーツを直撃し、足首が冷えていく。

  土手を下り、河川敷の雪の原に踏み込む。
  わずかな起伏を乗り越えると、
  前輪が埋まるほどの窪みがあり、
  ついさっきまでの暢気を忘れ、
  必死の汗がしたたり落ちる。

  前輪を横倒しされ、後輪を流し出され、
  さんざんに湿った雪をもらって、
  荒い息に耳を傾ける。

  この汗ばむ身体に、
  病んだかけらも点在しないことを祈る。


1月1日(土)
ふっくらと白銀の布団に覆われて新年はスタート。青空はやがて冬の灰色へ移ろった。 @盛岡市(高松の池)

  小鳥は、枝の雪を落として隣の枝に移った。
  池一面を覆う雪には足跡ひとつなく
  雲間から射し込む光に
  青白い大気が輝きだしていた。
  小鳥は、枝を飛び立ち、宙に囀り、
  雪の原へ舞い降りようとした。
  その時、空を覆う翼の影が覆い被さった。
  猛禽の爪は小鳥に食い込み、
  みるみる天空へ上昇した。
  池は眼下に遠ざかり、雲海が朝陽を浴びて
  朱に染まっていくのが見えた。
  北上高地の稜線は切れ切れに孤島となる。
  急旋回の中で、
  岩手山の白い断片を見た気がした。
  猛禽は急降下を始めた。
  さっきの池がぐんぐん近付く。
  池の氷を突き破る瞬間、夢がさめた。
  そっと見上げると、
  空高く翼は、悠然と風に乗っていた。
  

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