イワテバイクライフ 2005年1月後半
1月31日(月)
終日、断続的に雪は降り、真冬日にこごえ、陰鬱な大地に「大雪・低温」の注意報。 @滝沢村
おお、そうか、そうか。 森の聖は、人々の声に頷きます。 「芸術を最も豊かに感じられるのは私です」 おお、そうか、そうか。 「政治を最も深く理解し論じるのは私です」 おお、そうか、そうか。 「人間を最も知り尽くしている者は私です」 おお、そうか、そうか。 そうだったのか。 春風のように頷くものですから、 |
1月30日(日)
寒波の圏内に入る。青空と雪雲が絡みねじれ、この冬の頂上対決の模様。 @玉山村(天峰山)
おおおおお、と風がうなる。 大気の秩序を覆す波動があたりを揺さぶる。 地吹雪が吹き上げる。 丘を這い上がり、新雪を巻き上げ、 行く手を消し去り、一気に天空へ吹き飛ぶ。 灰色の空気を払って、輝く雲が迫り上がり、 青空を従え、北上高地の彼方へ遠ざかる。 轟々たる渦中にあって、 私は、ひざまづき、ゆさぶられ、 ただ許しを請い、明日を願い、 神々の疾走に立ち会う。 |
1月29日(土)
沿岸部では10度を越える地域もあって、早春並みの陽気に道は乾く一方だが、寒波襲来近し。 @岩手山麓
人食いライオンが草原から逃げていく。 残されたジャッカルは、 血のしたたる獲物を前に、おろおろし、 村人たちは、ライフルに弾を装填する。 何台ものジープが砂塵を巻き上げ、 ライオンを追っていく。 さて、雪原に迎えられた僕は、 誰に追われることもなく、 自らの影と戯れるのだ。 |
1月28日(金)
前の日の雪が凍てつく夜を過ごし、朝には、見事なまでの白銀の世界。とかすには惜しかった。 @雫石町
飢えとの闘いに明け暮れ、 音楽を楽しむ余暇など持たない 大陸の孤児達に あなたが得意げに解説するジャズや クラシック音楽を聴かせてごらん。 澄み切った感受性が、 旋律や音に込められた魂を受け止め、 黴だらけのパンを噛み砕き、 泥水を飲み干すように 心の底に沈めてみせるから。 さて、今朝も僕は、 道がもたらすメロディーに 耳を傾けている。 |
1月27日(木)
午後降り始めた雪は、夕刻激しさを増し、瞬く間の銀世界。30日から寒波で大荒れの予想。 @玉山村
巨悪と言うほどの精緻な仕組みではない。 ファミリィというほど堅牢なものでもない。 辺境を支配する誇り高き神々の話だ。 その前に、ひとつ聞いておく。 (明日も生きて走りたいか?) ならば、私よ。 足を踏ん張れ、歯を食いしばれ。 いいか、私よ。 「その尊大を前に欠伸などしてはいけない」 「いつも目を輝かせて耳を傾けろ」 「聖なる音色に陶酔して涙など浮かべ拝め」 「誠実に讃えろ、尽くせ、平伏せ」 いいか、私よ。 「いかなる滑稽を前にしても、 吹き出してはならないのだぞ」 |
1月26日(水)
雲が払われれば、凍り付く夜明けがやって来る。でも、頼りない陽射しであろうと、人は嬉しくなるのだ。 @雫石環状線
流れる雪道に昨日の酒を重ねる。 (ねえ、飲もうよ、どこかで) 夕べ、電話の向こうで君は、 ことさらに明るく切り出した。 耳を澄ますと、少し涙がにじんでいる。 (今日は、記念日だから、飲もうよ) 店に向かう途中、 何の(記念日)なのか、ずっと考えていた。 カウンターの上のテレビニュースを ぼんやり眺めていて、気付く。 (戦友よ、なるほど、記念日だ) 僕らは、互いの十年をいたわり、 静かに酒を酌み交わした。 |
1月25日(火)
朝方、大気に微粒子が浮遊し視界が曇る現象「煙霧」が発生したといわれる。確かに岩手山は隠れていた。 @盛岡市郊外
いいものだけ見ていたいな。 いいものだけ聴いていたいな。 それで、 いいものになれるわけではないけれど。 いい旅をしたいな。 それで、 人生が小説以上のものに なるわけではないけれど。 でもね、せめて、 いい朝を迎えたいなあ。 勲章や自尊心の足しにもならないけれど、 いい朝は、いい心にしか やって来ないからなあ。 |
1月24日(月)
最低気温は、盛岡で氷点下9度9分。玉山村の藪川で氷点下22度。走行風に頬が麻痺した。 @雫石町
朝陽に照らし出されて、 小動物の足跡が雪原に続いている。 踏む、というより、かすめ飛ぶように、 ストライドが伸びていく。 今頃、森の塒(ねぐら)に体温を埋めて 外の気配をうかがいながら、 時折、深く目を閉じているのか。 生きるために残した足跡の前で、 僕が残そうとしている足跡を思う。 埋もれて凍る思いを掘り起こす足取りを、 意味不明な轍に込めて この無垢な朝に刻んでおこうと思うのだ。 |
1月23日(日)
どんなに冷えて街を終日凍らせようと、きりりさららの大気は、まさに岩手の冬の感触。 @玉山村(姫神山)
仕事から解放されて、 ひょいと見上げたら姫神山だ。 振り向けば、逆光の岩手山だ。 なるほど、思い焦がれた夕暮れだ。 もっと早く出会っていれば ずっと優しくなれたのに、 男の気難しさに寄り添ってくれるのは、 冷えた夕闇ぐらいのものだ。 所詮、願望にすぎない理想郷への パスワードを探し当て 扉をこじ開けたところで、 待っているのは、 漆黒の闇かもしれないのだ。 |
1月22日(土)
雪雲は流れ、瞬間青空が漏れ、けれど雪は舞い、好天を願う心を踏みにじる。 @玉山村
そこに辿り着くのは、 心臓破りの仕儀で、 しばらく雪にまみれて喘いでいた。 過熱した肺臓から 鉄錆び臭い息を吐いていると、 あたりに鋭く光が走る。 鼠色の雲は、みるみる銀色に染まり、 次々丘を越えていく。 その軽やかさは、 朗報を運ぶ風神のようで、 祝宴に急ぐ雷神のようで、 私は、ただ目を見張り、 黒い時代の終焉を予感して、 歓喜のマグマの如く 白銀の丘に転げ回ったのだ。 |
1月21日(金)
とけかけた屋根の雪が、また、ふっくら厚みを増し、でも陽射しの中に雪崩を打って落ちた。 @盛岡市近郊
高潔な王子は、 独尊の道を上り詰め、 城下における一切の売り買いを禁じ、 芸術を奨励し、議論を促し、 曖昧や怠惰や利益を嫌い、 理想に向かって言葉を尽くし、 鞭を振り、刀を抜き、銃を連ね、直進し、 やがて静寂は訪れ、 虫一匹いない清楚な夕闇の中に 国は滅んだ。 |
1月20日(木)
湿って重い雪が、風に乗って私を狙い正確に命中して白く染まり、やがて濡れ鼠。大寒なのに。 @盛岡市北山
森で、見知らぬ女が 乳飲み子を沼に落としてしまい、 半狂乱になっている。 子供を助けようと私が飛び込むと、 (ひっかかったな)と女が笑い出す。 (子供が死ぬぞ)と私は幾度も叫ぶ。 そんな夢から醒めて、 夜明け前の部屋を見回した。 布団が、いつになく温かい。 ふと、枕の横を見ると、 赤子が布団の中から顔を出す。 何か叫んで本当の朝を迎えた。 窓の外に、ぼたん雪が見えた。 |
1月19日(水)
屈託のない青空は昼過ぎまで持続し、盛岡の最高気温4度。夜、さほど冷たくない雨。 @岩手山麓
思惑無き風は、 わけありの祝杯や賛辞や結束に 抗うでもなく、 頷くでもなく、 微笑むばかりだ。 思惑無き旅は、 捨て去ることを恐れず、 離れることに躊躇せず、 引き返すことに迷わず、 彷徨うことを恥じない。 一切の思惑の前を素通りして 恩知らず薄情者と罵られても 黙々と雲を追い続けるだけだ。 |
1月18日(火)
ごく自然に青空は広がり、相応の光に満ち、盛岡の最高気温6度1分。雪が消えて、街も道も広く。 @盛岡市(バイオリン工房)
美しいものが誕生する場所には、 たいてい好ましい光が差し込む。 アトリエあるいは工房。 創造の道程が束の間の雑然をまねき、 やがて整然と必然に収束していく所。 技術と意匠だけが使い道を知っている道具。 完成の姿をすでに予知している断片の数々。 決断の刃先と祈りの絵筆。 冷えた静寂に記す魂のライン。 愛おしいほどのボリュームを抱き寄せ 奏でる貴女の黒髪を思って、 心の弦を震わせる。 |
1月17日(月)
沿岸部や県北では大雪災害。盛岡では、雪らしい雪も降らず、弛緩ししたままの真冬。 @盛岡市青山
極寒の地縁・血縁、 なりふり構わぬ絆の塔よ。 兄弟になれば 何がどうでもブラボーで、 縁が切れれば、 徹頭徹尾の黙殺と後回し。 だから、有頂天になっちゃいけない。 まして、落胆なんかしちゃいけない。 どんな賛美も辛辣も、 黙って耳を傾けてごらん。 瞬きもせず見つめ返してごらん。 都合良く変装した「道理」とやらが、 後ずさりして、何か毒づき、 空虚な正体をあらわすから。 ああ、それでも寒空を行くのか、縁を求めて。 |
1月16日(日)
かすかに雨を感じた。あるいは、トラックの巻き上げた水しぶきだったのか。更に雪はとけていく。 @御所湖畔
馬鹿だなあ。 今日も、また、馬鹿だなあ。 ひとつため息をつくと、君は、 精神科医のような眼差しで 僕を見送った。 音も人影も無い北国の片隅で、 雪に埋もれているとね、 あたたかい涙が溢れて 心を洗ってくれる。 狂気の日々の記憶を この白い世界が埋葬してくれる。 馬鹿馬鹿しいほどに 岩手の冬は、僕にやさしい。 |