イワテバイクライフ 2005年5月前半
5月15日(日)
尽きることのない冷えた小雨が、ありとある希望を陰鬱の雲に包み込もうとした瞬間、途切れ、晴れ間。 @北上高地
ひたすらに隠蔽されたものは、 ある日、突然の光に晒されて、 閉じこめられた真実を思い出せず、 怒りや悲しみの理由すら失っていく。 (何があったのか) 今さらのように繰り返される問答に、 風は黙るばかりだ。 大地全体を閉ざす雨雲を 受け入れ、理解し、濡れ続けようとした心に たまりかねた空が割れて、 眩しく道が開けたところで (それが、どうした) 私を知るものが、 私一人になっても、 夕闇に燃えさかり、走るだけだ。 |
5月14日(土)
体の芯に届く冷気は、複雑な季節の混乱と言うべきで、風を受けて走るほどに魂を突き刺す。 @雫石町
岩手山麓にガレージを持つK氏を訪ねた。 互いに同型のオートバイに乗る間柄だ。 (じゃ、行きますか) 氏の98年型と私の04年型を しばし交換してワインディングを試した。 冷えて濡れたルートを 乾いた波動が蹴り飛ばす。 (なるほど) 7年かけて仕上げられたマシーンの手応えは、 すでに性能という次元を離れて 氏の愛機に寄せる思いそのものだった。 鉄は歳月を呼吸し、距離を飲み込み、 幾度の雪解けを経た森のように やわらかく、ふかくなるようだ。 |
5月13日(金)
最高気温は10度に届かず各地3月並の冷気。「新緑寒波」あるいは「若葉寒」 @雫石町
そこで息をひそめる者よ、 安心するがいい。 私は、この地に在る限り正気だから。 そこで機をうかがう者よ、 準備するがいい。 山岳は、やがて音を立てて動くから。 そこで嘘にまみれる者よ、 振り向くがいい。 すべての行状が、綴られているから。 |
5月12日(木)
午後の冷えた雨。最高気温10度前後で、3月下旬並の地域も続出。 @盛岡市(大慈寺)
曇り空から、 はらりはらりと雀が舞い降りる。 花冷えの往来に転がる餌は、どんなものだ。 十字路で 修学旅行生が笑顔も無く散策している。 君が地図に探すこの街は、どんなものだ。 車椅子に 年老いた妻を乗せ、夫が横断歩道を渡る。 二人の背中をいつまでも見送る私の明日は、 さて、どんなものだ。 |
5月11日(水)
陽射しは、なまじ五月だから、最高気温16度が4月下旬並であることを忘れ、夕闇の風に身を固くする。 @岩手山麓
本当に必要なものなら、 とっくに握りしめているはずだ。 思案し、決めかね、動かず、 そのままになっていくものなど、 はじめから無縁なものに違いない。 にも関わらず、 求める仕草を見せるのは、 放置するより安心で 決別するより便利で 対立するより安楽で 血を流すより賢明だからだ。 本当に必要なものなら、 心を傷だらけにして、 とっくに掴み取っているはずなのに。 |
5月10日(火)
内陸の冷え込み。4月上旬〜中旬並。八幡平山頂は雪で観光道路の通行止め。 @玉山村(姫神山遠望)
田植えは、すでに南から始まっている。 盛岡近郊は、まさに、これからで、 張りつめた水鏡が早苗を待っていた。 五月の水は、 束の間、気ままに空を映し、 俄雨に波紋を立てる。 夏のその先の実りの季節を思い定め、 まずは風景まで整えてしまう仕事に 僕は、清々しく向き合う。 いずれ、この青空に 根を張る命を励ます風は、 手持ちぶさたな朝にさざ波を立て、 通りすがる者さえ遊ばせる。 |
5月9日(月)
昼過ぎの雨の予報に身構えたのに、空は、ますます明るくなるばかり。夜、ようやくの小雨。 @七時雨山麓
遺族の悲痛と芸能情報を繋ぐ CMのような夜が明けても、 悲惨と道化と飽食は、 今朝も薄皮一枚で隣り合う。 そんな朝は 僕らは、その日まで、 どすんと瞬時に終わるまで、 |
5月8日(日)
雨の翌日の五月晴れは、透明度を増し、終末の花など巻き込んで吹く風は若葉色。 @岩洞湖畔
トライアルを始める時間には、 まだ少し早かった。 昨日、霧に遮られた風景を求めて 三馬力で山に入る。 ようやくの若葉が頭上に走る。 森林は昨日の雨を吸って 黒土の伏兵がタイヤを掬う。 (これでは、トライアルじゃないか) したたかに泥をもらった愛機を 湖畔で洗う。 鶯が鳴き出す。 少し冷えた風が湖面に吹き渡る。 波紋が広がり、水音を立てて岸辺に届く。 僕とバイクが、 空の中に揺れて壊れて くしゃくしゃに笑った。 |
5月7日(土)
終日の小雨に心を決めかねることばかり。まして、梅雨のはしりを思わせる寒さまで加われば。 @玉山村
小雨に濡れて高度を上げる。 雲も霧も同じものだと 誰かが言っていた。 けれど、走る者は明確に峻別する。 雲は、天空に変化し、彼方へ誘うもので、 霧は、視界をとりしきり、減速を促すものだ。 太陽の居場所すら白濁の大気に飲まれ、 時間の経過を見失い、 山中に彷徨ううち、 ささやかな前照灯を嘲笑う 夜霧に包まれた。 人里の灯りが見えるまで、 闇に思い詰める風の音が切ない。 |
5月6日(金)
下り坂の天気は歩調を緩め、夕方まで五月晴れ。気温は低めで、沿岸部は3月下旬並。 @玉山村(岩手山遠望)
降ってはとける雪が 山の一部のように、 私に降り積もるものも 人生なのだ。 春が来れば、 雪はとけるが、 心の山岳を覆う氷壁は、 私自身が、 陽光めざして 走り出さない限り 消えることはない。 丘に突っ立つ私よ。 幾万年の冠雪と雪解けに向き合い、 和解する日を思え。 |
5月5日(木)
花曇り。抑制された陽射しは草花の色を撫で、風に春の匂いを漂わせた。 @北上高地
大地は夜に向かって黒々と眠りにつく。 私は、シリンダーの火炎を保ち、 眠らない記憶と向き合う。 原爆ドームが闇を纏う頃、 太田川の河原で八の字を描き続けた孤独は、 なるほど、こんな印象だ。 土手の上で、じっと見守っていてくれた君を 探してみても、北国の夕空は深まるばかりだ。 今日、二人は、花を選び、肥料を買った。 庭の日溜まりで、明日を語り合ったばかりなのに、 一人走り出すと、 昼と夜の境界線上に心を残したままの私がいて、 どんな季節の色彩より、 衰弱していく光を愛おしんでしまう。 (神よ、一輪の花の為に、我を家に帰したまえ) |
5月4日(水)
すでに季節の主役は花ではない。乾いた陽射しが生み出す印象深い陰影が、すべてだ。 @盛岡市加賀野
この地では、 季節が濃厚にオーバーラップしている。 桜花を照らす夏の陽射しを避けて、 社の脇の小路に入った。 吹き抜ける風と、踊る光に、 初秋を受け止めたのは、 きっと、私が、どうかしていたからだろう。 |
5月3日(火)
行けども行けども、桜の檜舞台。空は薄い皮膜を纏い、風は乾いて生暖かく。 @遠野市近郊
トライアルバイクを車に積んで 遠野に向かった。 東北選手権のセクション検討作業に 興味はあるにはあったのだが、 「山菜も採れる」という先輩達の言葉に 反応していたわけで・・・。 トライアル場への途上、道に迷った。 (ままよ)と高原牧場に道草してバイクを降ろす。 道や展望は、太陽の熱を吸って柔らかく、 このまま行方不明の休日にしようかと思案する。 ところが、偶然、達人達に合流できて、 いささかハードな山岳走行に誘われる。 プラグは死ぬわ、ブレーキレバーは折れるわ、 みんなの足手まといとなる。 いっそ行方不明になっていればよかったと悔やむ。 でも、束の間の必死や落胆、 助けてくれる人の情や流した汗の爽快は、 確かに休日の事実なのだ。 |
5月2日(月)
八十八夜の暦らしく暢気な風が吹き渡った大地には、散る桜、咲き出す桜、葉桜、それぞれ。 @岩手山麓
去年の夏、病気で、ひと月の間、 生死の境を彷徨った友人が呟いた。 「意識が戻るとき、 顔の前に画用紙を感じた」 僕は尋ねた。 (何か描いてあったかい?) (何か描いてみたのかい?) 友人は、首をかしげたまま、深く黙った。 僕なら、こんな朝を描くのに。 |
5月1日(日)
洗っても洗っても車は砂で汚れていく。見上げる空は白濁。ほぼ夏と言い切ってよい汗。 @滝沢村
トライアル大会が開かれる山は 新緑の兆しに包まれていた。 およそ30人のトライアル愛好家が 1ラップ10セクション、合計3ラップの 競技に挑んでいく。 緑陰のスタート地点から 胸を突く坂を見上げていると 隣に立った友人が呟く。 (ほら、青い鳥) 逆光の若葉に目を細めて探すが、わからない。 (あ、飛んだ、飛びましたね) ざっと吹き抜ける風を見上げるばかりの私に 彼は、静かに告げた。 (オオルリです) 次の瞬間、エンジンを振り絞り 彼は囀が聞こえる空に舞った。 |