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イワテバイクライフ 2005年5月後半


5月31日(火)
あたかも梅雨の予行演習のように曖昧な小雨模様。気温だけ夏日近辺。 @イーハトーブ

  絵を描き上げた僕に、
  草むらから声がした。
  
  (絵は、額縁に入れてご覧なさい)
  
  その必要は無いと聞き流していると、
  この地で描いた絵は、
  額縁に入れる決まりだと、声がする。
  額縁が欲しければ鎮守の杜へ行け、と言う。
  
  (さすれば、お前は絵描きとして認められよう)
  
  誰が認めるのだ、と草むらに尋ねると、
  どうやら(そのような神)がいるらしい。

  だから、僕は、今朝も、
  「絵描き」ではないが、
  額縁の外で絵を描いている。


5月30日(月)
夏日になったとか迫ったとか、すでにニュースにもならない、まさに夏。 @盛岡市・北夕顔瀬町

  美空ひばりに意見してやったと息巻く
  長い肩書きの酔客。

  投稿欄で森羅万象を斬って恍惚する
  書院の楽隠居。

  夏休みの田舎には、そんな大人がいた。
  
  少年の僕は、
  その切ない気分を捕虫網に捉え損ねた。


5月29日(日)
そういえば、遠くにカッコウを聞いた気がする。それにしても、この時季のウグイスの喉は円熟の域だ。 @遠野市

  庭の野鳥に耳をそばだてた後、
  夫婦の日曜日を遠野へ運んだ。

  オートバイトライアルの
  東北選手権。

  その言葉の響きに怖じ気づいて
  別世界のこととして眺めていると、
  若葉の騒然と沢のせせらぎの中に
  君が呟く。

  (忸怩たる思い?)

  減点されながら闘う仲間と
  僕の心の隙間を撫でる瞳と、
  その狭間で、
  カメラを持つ自分の風景に幕をおろす。
  
  (さあ、帰ろうか)

  


5月28日(土)
動かない大気は、メッシュのジャケットを誘っても、走り出せば、幾分ひんやり。夕刻の雨。  @岩手山麓

  少し手を汚して
  オイルとフィルターを交換したまでは
  よかったのだが、
  さて、オイルタンクの蓋が閉まらない。
  2日ほど白旗をあげていたが、
  落ち着かないので、ディーラーへ出向く。
  何のことはない。
  私の思い違いと、ちょっとしたコツだった。
  
  こんなことで、
  今朝の風景に焦点が合ったりする。
  こんなことで、
  すべての歯車がぴたり噛み合ってくる。
  (よくある話さ)
  
  ほら、加速する度、琥珀のオイルがからんで、
  風は、ますます濃密だ。


5月27日(金)
午後の暗雲、墨汁の如く垂れ込め、やがて雷光大気を切り裂き、滝となって雨降り注ぐ。 @玉山村

  道を渡り切れなかった獣よ、
  薄日に臓物をぬくもらせて
  昼寝か。
  道の真ん中を離れない烏よ。
  黒く艶めく羽根に血を付け、
  昼飯か。
  
  やがて一面の黒雲に雷鳴がわき、
  大地を削る雨が叩きつけるのだ、
  渡る道の先に見た白日夢は消え、
  待ち続けた獲物も流されるのだ。
  一切は、道に別れを告げるのだ。
  雨は、なお強まり雹となるのだ。


5月26日(木)
雲ひとつ無いギラギラの晴天と吹き出す汗も、度が過ぎると北国では、ノーサンキューなのだが。 @岩手山麓

  花園で溜息つくことなかれ。
  切り落とされると思い、
  しぼむ花がある。

  川で声高に歌うことなかれ。
  住処を追われると思い、
  溺れる魚がいる。

  森深く光照らすことなかれ。
  もはやこれまでと思い、
  刃握る闇もある。

  (そっとしておくがいい)


5月25日(水)
最高気温は、内陸で夏空の20度前後。沿岸は冷えた東風で13度前後。岩手の広さよ。 @玉山村

  そこに至り、そこに佇むは、
  私の仕業。

  雲の移ろい、大地走る光は、
  天の仕業。

  嬉しきこと、悲しきことは、
  風の仕業。

  風に匂う君を思い求めるは、
  花の仕業。


5月24日(火)
チリ地震津波から45年。62人の犠牲者(岩手県沿岸)を悼み、沿岸は所により3月下旬並の冷え込み。 @滝沢村

  囂々たる爆撃機の音がしないか。
  (背後に迫るバスの音だよ)

  刀傷沙汰の悲鳴が聞こえないか。
  (狙われた雉の鳴き声だよ)

  厳粛な読経が聞こえてこないか。
  (水田に潜む蛙の群れだよ)

  何億という鏡が割れなかったか。
  (叩き割ってきた夢の音さ)


5月23日(月)
北国の五月の愛想は、てんで定まらないから、さっさと落胆して、小雨模様に折り合いを付けた暖房。 @滝沢村

  どうせやるなら、完膚無きまでに、
  勝算があるなら、手間暇をかけて、
  流れる歳月など、惜しんだりせず、
  狙い澄ました朝、手際よく一気に、
  コールドゲームでサヨナラしよう。

  息を潜めるなら、廃墟になりきり、
  死んだふりなら、古い沼となって、
  油断を誘うなら、諦観の森に住み、
  狙い澄ました夜、音もなく一気に、
  コールドゲームでサヨナラしよう。


5月22日(日)
高曇りに緑は落ち着き、白く濁った薄日など射しても、けだるいグリーン。夕立に濡れて少し精彩。 @滝沢村

  行き着く場所ばかり
  思い描いた日々があった。
  
  斬る時のことばかり
  待ち続けた日々があった。

  行き着けば、
  めざしたものが露呈する。
  斬り結べば、
  自らの切れ味を思い知る。
  
  (ここがどこか)(無事かどうか)
  答えを求める性急に、
  この大地は応えない。

  道の原形は失われても、
  ただひたすらに、
  青々とした風が先へ誘って
  吹き渡るばかりだ。


5月21日(土)
快晴にもほどがある。風は生ぬるいだけで、空を彩る雲さえありゃしない。 @岩泉町

  北上高地の稜線に太陽が手をかけ、
  束の間、未練を朱に染める。

  (そうさ、上出来の夏だった)

  けれど、雪解けの進まない心は、
  射すような光線とデジタルな陰影に、
  いささか疲れて、
  薄暮にまぎれ、風を止めた。

  駆け抜けたワインディングの残像に
  熱を帯びた耳鳴りが重なる。

  振り返るのは、
  走行ラインなどではない。
  まっすぐ、ゆっくり、深く呼吸しながら
  道を受け入れる私でいられたのか。
  
  (夕闇よ、お前は、どう思う?)

  
  


5月20日(金)
空は蒼く、風と光は乾き、生きているものと大気を分ける皮膜は薄く、沿岸、県南の一部で夏日。 @葛巻町

  この朝のために
  走って来たのかもしれない。

  この日のために
  生きてきたのかもしれない。

  この時のために、
  冬はあったのかもしれない。

  そうかもしれない。
  そうでないかもしれない。

  そう思えるだけで、
  いいじゃないか。


5月19日(木)
薄気味悪い微熱を運んで南風が吹き荒れた。散発する俄雨、暗い雲の勇躍。夕刻、晴天への確信。 @雫石町

  風は、ひどく強いが、
  濡れることはあるまいと
  たかをくくっていた私を
  高原の雨は、したたかに叩いた。

  ロングストレートに飛沫を上げれば、
  開き切れずにいる若葉や
  牛舎に漂う甘酸っぱさや、
  腐葉土に蠢く虫の匂いが、
  雫にとけ、私にしみて、満たされ、
  一人の海となり、波打ち、
  あなたの胸へ押し寄せてみたくなる。


5月18日(水)
中津川に鮎の稚魚が放流され、初夏。午後の雨に皐の色際立ち、初夏。 @岩手山麓

  (三島由紀夫の言葉だ)
  老人は、立ち上がると胸を張った。
  (若さが幸福を求めるなどというのは)と
  ここまで言って、舌なめずりし、
  間をおくものだから、
  私は思わず(衰退である)と先回りした。

  (何故わかる)という目に答える。
  (先日も、ここで、同じ話しを聞きました)

  物忘れが進んで、
  お気に入りの言葉を反芻するのも、
  それはそれで、
  幸福のひとつかもしれない。


5月17日(火)
特段のぬくもりや五月晴れではないが、しばらく続いた暗さと寒さのお陰で、有り難みが違う晴天。 @岩手山麓

  背後に迫る者達を
  笑顔で先に送り、手を振り、やり過ごし、
  振り向けば、もはや、走る影は無い。
  (どうやら一人だ)
  やおら幹線を捨て、県道を離れる。
  
  森へ入る前に、ミラーをのぞく。
  (追ってくるエンジン音はないか)
  耳を澄ませば、
  若葉を揺らす鳥の囀りばかりだ。
  (よし)
 
  唐突に開けた青空のもと、
  宝石の丘へ向かう私の背中など、
  誰に見せるものか。
  
  だから、地図に載る道の先で、
  いくら待っても、私は現れない。


5月16日(月)
未練を残して陰気な空が遠ざかり、おずおずと陽がさしても、依然、低温。 @盛岡市近郊

  剣呑なものに
  笑顔を振りまいていないか。
  高慢なものに、
  深々お辞儀をしていないか。
  関心無きものに
  幾度もうなずいていないか。
  退屈するものに、
  拍手など送ってはいないか。

  締結した友情の捨て場に困り果て、
  真夜中のドアを開けば、
  そこに、
  悪魔のような孤独が立っていないか。

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