イワテバイクライフ 2005年10月前半
10月15日(土)
皮膚を刺す冷気の毒にはほど遠い小雨。なまぬるく、けだるく、秋霖にけむった一日。 @滝沢村(トライアルパーク)
大地を刺すような雨ではない。 音を立て掘り返す雨ではない。 人を叩き黙らせる雨でもない。 深く風を呼吸すると、 秋の香りがとけている雨だ。 山野をけむらせ、やさしく撫でていく雨だ。 時折、強まることはあっても、 夢中で泥にまみれるうちは、 忘れてしまえる雨だ。 ただし、 僅かな傾斜でも、 頑としてタイトターンを許さず、 ささやかな木の根は、 鋭く足元を払う。 つまり、そのような雨だった。 |
10月14日(金)
雨を喧伝する予報に抗い、現実の空は、青空や陽射しをのぞかせながら健闘。結局、街を濡らす夜の小雨。 @滝沢村(トライアルパーク)
車からバイクをおろす。 膝と肘、胸と背にプロテクターを装着する。 携行缶のハイオクガソリンに 80分の1の2サイクルオイルを混合し、 タンクに注ぎ満たす。 空気圧を大胆に下げ、 ゲージで細密に調整する。 職人の身支度のような所作が好きだ。 馴染んだ手順を黙々と踏む時間が好きだ。 思慮深く、上死点に、ひと呼吸を置いて キックバーを踏み抜く。 秋の朝を自分のものにしている感慨が 弾けるエンジンにこもる。 |
10月13日(木)
玉山村の藪川で氷点下の朝。所により朝霧の発生。日中はいささか透明度の低い秋晴れ。 @岩手山麓
北へ続く道は霧に包まれた。 藁を焼く匂いが、 季節の手がかりだ。 かすかに湿った風を浴び、 高度を上げていくと、 思わぬ近さに山は現れた。 空の蒼さを従え、頬を紅潮させて、 彼方を見据えている。 朝露に濡れながら、 私は、近づく冬を、 山は、幾万年先の秋を思っている。 |
10月12日(水)
雲ひとつ無い青空など、そうあるものではない。見渡す限り、純粋な光と影に支配された一日。 @岩手山麓
(誰かが歌っている) そんな気がして、停まった。 雲の無い空が静まり返っている。 その歌声は、少年か少女か定かではないが、 懐かしくも悲しく風にまぎれこんだ。 遥か彼方からか、あるいは、ごく近くからか 判然としないが、走る私の影に寄り添った。 沸々とたぎるエンジンを止めると、声も消えた。 切通しの冷気を押し分けて歩き、 カーブの先を覗き込んだが、誰もいない。 (歌っていたのは、お前だ) その声に振り返れば、 身じろぎもしない光と影の中に 時間を止めた私がいた。 |
10月11日(火)
澄み切った空の蒼さの中に、うねり躍った雲のボリューム。浴び続けるほどに汗の匂う陽射し。 @イーハトーブ
森の向こうで猟犬が吠える。 鉄兜が叫び銃声が響き渡る。 戦車がうなり迫撃弾が迫る。 やがて焼けた弾丸に貫かれ、 私は鮮血を吹き此処に伏す。 鋭き秋の光に涙は乱反射し、 軍靴に踏まれ深き影となる。 神よ、一切が終わり静まり、 もはや誰一人ここを通らず、 太陽が森の彼方に沈んだら、 立ち上がろうかと思うのだ。 |
10月10日(月)
陰気な雲に覆われ盛岡の最高気温16度8分。冷気ひときわしみる夕暮れ。 @滝沢村(トライアルパーク)
おおきな木馬に跨り、 最果ての岬に立って、秋の白波など眺め、 昨日のトライアルの疲れを癒そうかと思ったが、 結局、ここで、山を攻めていた。 昨日出来なかったことの感触があまりに鮮明で、 何としても確かめておきたくて、 2サイクルエンジンを蹴り起し、 スロットルワークに没頭した。 仲間は、すでに引き揚げ、 一人、タイヤの土を落とす。 血液まで冷却される夕闇の中で、 エンジンだけが、焼けるように熱い。 (こいつだけ、まだ、ファイティングポーズだ) |
10月9日(日)
早朝の空に雲荒々しく、雨の直後か国道は濡れていたが、午後になって穏やかな青空。 @イーハトーブ
山中の 苔むした岩や 朽ちかけた木の根や 前日の雨を吸ってぬめる黒土や、 とらえどころのない腐葉土の絨毯を踏んで、 泥にまみれ、 幾度も横倒しになり、 仲間に助けられながら、 やっとの思いで難関から這い出れば、 この眺めだ。 自ら決めた道筋など 石ころひとつで踏み外してしまうけれど、 タイヤ一本の目測を誤っても崩れていくけれど、 そんな不確定要素に翻弄された私を、 待っていてくれるのは、 記憶と寸分違わぬイーハトーブの眺望だ。 |
10月8日(土)
朝の盛岡を覆う暗い雲と叩きつける雨にも心は静かだ。秋の空は澄んでも曇っても足早だから。 @盛岡市内
誰かが締めたボルトを 僕が緩めて締めなおす。 それだけの事だけれど、 螺子の中に僕がのこる。 螺旋状に秋がしみこむ。 油の匂いと一緒に残る。 祈る様な思いがこもる。 |
10月7日(金)
秋に三日の晴れ無し。過去10年間、盛岡で1日限りの秋晴れは83%だそうな。宵闇にぽつり雨。 @滝沢村(トライアルパーク)
ここに、風景は無い。 見渡す一面に、秋の眺めは無い。 風に押し流される雲の群れが、 掌の砂金をこぼすように 青空を落としていくだけだ。 ここに、行先は無い。 見渡す一面に、道の眺めは無い。 風を吸って巻き起こる火炎が 掌の上で踊り狂うように、 青空に跳ぶ私がいるだけだ。 ここに、昨日は無い。 越えるべきものが、あるだけだ。 |
10月6日(木)
陽射しは軽く、風は乾き、空深く、雲輝く小春日和。宮古から32センチ660グラムの巨大松茸のニュース。 @滝沢村(トライアルパーク)
光は 樹林を透かして私に届く。 秋の微熱に包まれ、 乾いた咆哮を赤土に刺し、 天地を往復する。 荒い息を緑陰に投げ出せば、 傍らに秋明菊。 山が今朝の私を待って用意した花。 息が整うまで、愛でる。 心が整うまで、永久の花を思う。 |
10月5日(水)
朝方の無愛想な曇天は、みるみる秋晴れに化粧直ししたが、薄雲もからんで澄み切った感動もなく。 @雫石川
お前のことなど てんで忘れて、 にじみだした山の向こうの青空に 心を合わせていた。 すると、お前は、 少しすねた闇を纏いながら 艶めいた銀色を際立たせ、 私を見返した。 わかっているよ。 お前がいてくれたから、 今朝の風景はあるのだ。 秋の水音に聞入っていられるのだ。 |
10月4日(火)
朝から陰気な小雨。冬物の上着を選ばせる冷気。最高気温が15度を切ったのは、この秋初めて。 @姫神山遠望
光を当てたがるのは、誰だ。 すべてを明らかにしたがるのは、誰だ。 濡れた大地の黒々や、 暗闇に浮かぶ眼差しや、 夜明けの大気を染める虚ろに まぶしく発光して、 一切を晒し、剥ぎ取る デジタルでオートマなフラッシュは、 誰が躾た最先端だ。 しばらく黙っていてくれないか。 照らすものを知らない松明よ。 今朝の薄明かりは、 充分に自立しているのだから。 |
10月3日(月)
屈託のない陽射しで20度を越える一日は、窓際の衣替えには少々暑いくらいかも。 @岩手山麓
一人で燗酒など傾けていると、 (何をたくらんでいる?)と 因縁をつけられたりするから、 にこやかに、壮大な楽園の建設を明かしておいた。 冷えた夜風に酒がしみるから、 感慨をこめて唸ったりすると、 (何か気に食わないか?)と 胸倉をつかまれたりするから、 声をひそめ、荘厳な審判の決定を明かしておいた。 口ごもる杯に謎々を満たしてあげた。 どんな地の果てにもいるのだ。 もの静かな旅人を忌々しく思う神々が。 |
10月2日(日)
雨上がりの朝は霧に包まれたが、昼過ぎには薄日がさし、夕暮れ前にはポスターカラーのような青空。 @滝沢村(トライアルパーク)
今、何を始めたのか噛み締めるように、 今、何が起きているのか察知しながら、 これから、何がどうなるのか探りつつ、 結局、どうすべきなのか決めたうえで、 辿るべき道をひと筆であらわしていく。 叶うものなら、この瞬間を永遠の如く、 微塵も乱れることのない呼吸のなかで、 精密無比のスローモーションとなって、 けして争わず寄り添い越えていきたい。 愛する大地の秋を握りしめては緩めて。 |
10月1日(土)
雨上がりの気配なく、むしろ強まったりしながら、水溜りを広く深く冷たくする。秋霖にけむった一日。 @岩手山麓
手負いの獣を 檻に閉じこめてはならない。 したたる血が止り、 無残な傷口が塞がるまでの間、 獣は、すべてをひっくり返す想念を育み、 最も残忍な復讐を練り上げるから、 けして、檻に一人にしてはならない。 (では、どうする?) 獣が母と慕う大地に解き放ち、 来る日も来る日も 季節の恍惚に泳がせればいい。 牙を研ぐ時間も忘れ、 生ぬるい涙に野性は洗われ、 安らかな檻に閉じこもりたがるから。 |