イワテバイクライフ 2005年11月後半
11月30日(水)
盛岡市で初積雪を観測。挨拶代わりの銀世界とはいえ充分なボリューム。12月下旬並の冷え込みに残雪そこかしこに。 @イーハトーブ
人は美しいものに溺れる。 誰かの絵の具に染まったり、 誰かの五線譜に棲みたがる。 その耽溺は、 子供でも歩いてわたる水溜りを 底なしの湖水に例える。 雨蛙でも飛び降りる枝の高さを 目も眩む断崖に例える。 やがて、深さと高さを 最も良く理解する者こそ 自分であると言い出す。 所詮心の中のことだから 陶酔と自惚れに向けた量刑は、 赤面の他に、まだ無い。 |
11月29日(火)
盛岡では、夜明けの大気を揺さぶる雷鳴。終日、小雨模様ながら、初冬とは思えない風のやわらかさ。 @盛岡市近郊
濡れた草を踏んで丘にのぼる。 生ぬるい冬の朝が白くけむる。 束の間血流の凍結を猶予され、 無為に息をはずませていると、 この場所に実際あった物語を すべて引き継ぐ気分になって、 私ではない私が風を呼吸する。 その男はここで何を斬った? その子はここで何を叫んだ? その女はここで何を決めた? 私ではない私が風を呼吸する。 |
11月28日(月)
青空の記憶はあった。けれど、岩手山を探しても、遂に灰色の大気に、その稜線は現れなかった。そして夜の雨。 @岩手山麓
冬枯れた森を踏み分ければ、 分厚い落ち葉に沈んでいく。 雨を吸って秋の印象は腐り、 ほのかな熱を宿して赤黒い。 誰の手も借りず自ら終わり、 誰の心も騒がせず自ら眠る。 安らかな寝息に聞き入れば、 春の日は想いのほかに近く、 凍りつく日々は幻のようだ。 数億光年のまどろみの果て、 夢すら忘れて目を覚ます時、 今朝、落ち葉に沈んだ私は、 どんな色を纏っているのだ。 |
11月27日(日)
街の朝の小雨は、山に入った途端、凍った白い粒へと変った。夕暮れ時、かすかに青空も戻った。 @滝沢村(トライアルパーク)
高校生の君は、 馴染んだ親爺連中と屈託無く話をする。 (うれしいなあ) 17歳の君は、 時々静かに何かを考えている。 (大人になったね) 大きな舞台で闘って来た君は、 幾度も剣が峰に立たされ、 一人で跳んだ。 (大変だったね) 今日、君と同じ雨に濡れ、同じ泥にまみれた私は、 家路の車中で君の「これから」を思った。 君の笑顔が浮かんだ。 すると、訳もなく熱いものがこみあげた。 (どうか、力一杯、跳ぶがいい) |
11月26日(土)
太陽が高い間は、小春日の気分が漂ったけれど、西の空が赤く染まる頃から、夕闇に棘がまじった。 @岩手山麓
朱に染まった太陽は、 東の大地を睨み付け、 西の山脈に後ずさり、 ゆっくり光を沈めていく。 その時を待っていた夕闇の群れが、 森林から黒々とわき出てて来る。 今日が今日でなくなる境界線上では、 明日の思惑や、昨日の後悔が 対立したままだから、 暢気に春や、恋のことなど語ろうものなら、、 即座に氷雪の彼方へ引き立てられる。 どんなに暗い夜であっても、 蒼白の大気は、じっと凍えている。 どんなに長い夜であっても、 蒼白の旅路は、けして終わらない。 |
11月25日(金)
最低気温が0度以下になる日々を「冬日」というが、盛岡では11月25日から4月1日までの期間のこと。 @岩手山麓
もう長い間、 (そんなはずはない)と思いながら、 (ここは、本当に地上なのか)と、 繰り返し自問した。 (こんな光があるのか)と思った。 (こんな影があるのか)と思った。 その陰影の中に佇む愛機は、 もはや在るだけで完結していて いったい何の為のものなのか、 一瞬、記憶を喪失して眺めるばかりだ。 もう長い間 飲み込んできた言葉だけれど、 (確かに、すぐ近くに神が立っている) |
11月24日(木)
冬の棘の抜けた一日。ふやけた冬雲と日光。時折の小雨。妙に澄んだ水溜り。身動きしない落ち葉。 @盛岡市近郊
すべては今日の中の出来事。 向き合う今日が過ぎ去れば、 また別の今日が待っている。 明日や昨日を思ってみても、 所詮、今日の窓の中のこと。 予想もつかない明日の事や 流れ消え去った昨日の事や、 今日にはなれない日々の事。 そんな事たちに心をつかう。 今日という日の心をつかう。 |
11月23日(水)
青空をにじませながら冬の灰色は濃度を増して、夕闇を冷えた雨でギラつかせた。 @滝沢村
セクション(競技区間)はね、 入り口があって、出口があるだけなんだ。 で、テープで仕切られたその道筋にはね、 様々な困難が待っているのだけれど、 君が思った通りに 精一杯走れば、いいんだよ。 出口に辿り着けたら、いいんだよ。 一度も足を着かずに行ければ、なお、いいけれど。 心配はいらない。 コースの中にはね、 窮屈な旋回はあっても、卑劣はない。 手強い段差はあっても、陰謀はない。 滑る急斜面はあっても、絶望はない。 あるのは、大地と対話する君一人だ。 |
11月22日(火)
雪の舞う頃「小雪(しょうせつ)」とはいえ、しばし冬を忘れさせる陽射しなどあった。白鳥の鳴き声ひときわ高く。 @岩手山麓
それでもなお、 誰も動かない。何も起きない。 美しくも衰弱した鏡は やがて粉々に割られることを知っているから、 鏡の中の者たちは、 今映っている世界を揺らさず、 己の無事を祈り、 息を潜めて、その時を待つばかりだ。 この諦観と静寂を見透かした影が、 水辺を波立て、鳥を払い、 透明な冬晴れの鏡に 利権の毒々しさをたれ流すなら、 いっそ、私たちは、 発狂して水鏡を割り、 幾万という波紋の中に 天地を解消すべきなのだ。 |
11月21日(月)
盛岡では、この冬一番の冷え込み(最低気温2度2分)。石割桜の雪囲い。冬晴れの後には夜の雨。 @岩手山麓
岩のような黒い雲が割れた。 光が滝となって溢れ出した。 老人は、傍らの槍を掴んだ。 ただ一本残しておいた槍だ。 歳月の毒を塗り込んだ牙だ。 大地は金色の海原へ移ろい、 天空に、どす黒い竜が舞う。 すべてを支配する獣の印だ。 実に待ち続けた光景だった。 肋骨も露わに胸が波打った。 これが最後の息だと決めた。 老人は狙いを定め駆け出す。 筋張った長い足が交差する。 一切の音を断ち切る叫びが、 天空の悪魔に長槍を放った。 |
11月20日(日)
乾いて無臭の冷気は、純度の高い初冬の証で、汗もすぐ乾いてサラサラ、でも、ひえびえ。 @滝沢村
携行缶から混合ガソリンを タンクに注ぐと、 こいつが、うまそうに喉を鳴らして飲む。 キックバーを踏み抜くと 一発で目覚め、 こいつが、うまそうに冷気を吸い込む。 湿った赤土と枯れ葉の斜面に アタックすると、 こいつが、うまそうに高さを舐めあげる。 こいつに寄り添う私は、 ひとつ何かを越える度、 空を見上げ、弾む息を解き、 みるみる別人になっていく雲に 別れを告げる。 |
11月19日(土)
空の基調は冷えて乾いたウインターブルー。印象を残したものは豪放磊落に形を変える冬の雲。 @姫神山麓
|
11月18日(金)
冬の雲の乱舞をぬって射した陽射しの量だけ、冬の歩調は弱まったかに見せて、夕闇を濡らすみぞれ。 @盛岡市近郊
|
11月17日(木)
県北の最低気温が氷点下3度だとか、盛岡周辺の最高気温が5〜6度だとか、気分は、すでに師走。 @北上川
春が来て、 扉が開いても 僕は迎えられているのではない。 手招きされても、 僕は許されているのではない。 話しかけられても、 僕が好かれているからではない。 春が来たら、見ていてごらん、 |
11月16日(水)
青空の彼方にわきたつものは、見るからに雪雲で、近付くほどに白く舞い、道は濡れ、光沢は氷に近く、覚悟を求める冬。 @岩手山麓
はじまりがあって、おわりがあるから 記憶になる。 流れる歳月に心をのせるから 人生になる。 辿り着く先はいつも思いのほかだから、 物語になる。 物語るべき記憶も無き人生の途上で、 天と地の狭間で、 終止符も知らぬ心が彷徨う。 (ねえ、あなた)と正気を問い質す君の真顔が 私の危うさのすべてだ。 |