イワテバイクライフ2006年1月前半
1月14日(土)
僅かばかり寒気が緩む。風に水滴がまじることはあったが、雨には至らず。降ったのは屋根の氷ぐらい。 @滝沢村
鞘を無くした役人が、 抜き身の刀を川へ投げ、 どんぶらこっこと始末した。 拾い上げたキコリの男。 木を切り倒すには鋭くて、 抜き身の刀を谷へ投げ、 からんころんと始末した。 田圃で見付けたお百姓。 大根切るには良い加減。 抜き身の刀を自慢した。 どうだどうだと自慢した。 そこへ通り掛かったお侍。 見覚えあるぞと刀を眺め、 声をひそめて、こう言った。 (飯に血の匂いはしなかったか) |
1月13日(金)
判断を中止していた冬空は、夕刻、降雪を選んだ。明日の予想最高気温8度にとかされることを覚悟して。 @旧・玉山村
「大丈夫。思いのままに進みたまえ」 と言う扉を開くと、暗雲が垂れ込めている。 「大丈夫。君の気持ちは天に通じる」 と言う扉を開くと、豪雨が地を叩いている。 「大丈夫。何とか、川は渡れるはず」 と言う扉を開くと、川は濁流と化している。 蜘蛛の子を散らしたように人影は無く、 ただ一枚の貼り紙。 「橋は流された」 私は、得心し、濁った川に微笑んだ。 (ほら、初めから橋は流されていた) こんな扉を、あと幾つ押し開くのだ? |
1月12日(木)
青空は広がったが、結局、真冬日。屋根の雪は、ますます重くなるばかり。きしむ冬を支える辛さ。 @盛岡市近郊
我が道の先を、山に訊ねる。 答えて曰く、 「あなたには、いつまでも山にいてほしいが、 それを決めるのは、海の神です」 我が道の先を、海に訊ねる。 答えて曰く、 「あなたには、いつまでも海にいてほしいが、 それを決めるのは、山の神です」 (なるほど) 冷えた夕闇に一切の道は閉ざされ、 この大地を追われる日が見えてくる。 (ならば) 終の棲家を焼き払い、 明日を照らす松明としよう。 |
1月11日(水)
夕べの雪で厚みを増した銀世界。空は晴れて、束の間、寒さはやわらいだ。 @岩手山麓
(飲ませてもらったよ、君の毒を) 鵺(ぬえ)の手口を思い知り、 人は、いつしか鵺になる。 すべてを奪われ、 泣きもせず、 悲鳴も上げず、 怒りも見せず、 雪道を、きしきし歩く人影の恐ろしさよ。 月夜に立つ狂気よ。 歳月を惜しみなく使う残酷よ。 幸を見せ、幸を持ち去る鵺の手口よ。 |
1月10日(火)
放射冷却現象の極み。最低気温が盛岡で氷点下11度1分。江刺で氷点下15度・・・。やがて夕刻の大雪。
冬の高速道路など、 仕事でなければ、 まず、走らない。 ところが、 凍った圧雪のイメージを覆し、 どこまでも剥き出しのアスファルトが続く。 気温表示は氷点下13度(午前8時)。 冷えているだけなら何とかなる。 血が凍り付くか、とけて流れるか、 そのどちらかだ。 ところが、なまぬるい大雪で 視界も、駆動も奪われるのが一番苦しい。 今夜の道は、まさに、それだ。 |
1月9日(月)
薄弱な青空のもと雪などとける気配なし。分厚く凍って根雪を決めこんでいる。見上げれば氷柱の槍先。 @滝沢村
ねえ、船長、もう時間がありません。 水平線は、すでに傾き始めています。 私たちは、早晩、この海の藻屑です。 ところが、この静寂はどうでしょう。 船乗りの穏かな微笑みは何でしょう。 昨日と変わらない舟歌は何でしょう。 船底に溢れる地獄には見向きもせず、 優雅に時を見送る心とは何でしょう。 ねえ船長、と身を震わせて叫ぶ私に、 彼は、西日を眩しそうに眺め呟いた。 「沈むのは(君の思い)に過ぎない.。 この海原を渡って来た君の矜持が沈むのだ。 厳しくも美しい旅の記憶が消えるだけだ。 君が愛しむ過去という船が沈むのだ。」 |
1月8日(日)
未明の明るさと引き替えに放射冷却現象。その最低気温を諌める陽光など力及ばず、北上高地hが蒼く凍っていく。 @姫神山麓
夢を見た。 私は、刑事だった。 やっと突き止めた凶悪犯と さしで飲んでいた。 ヤツは、初対面の私に、手口をぺらぺら喋った。 案の定、許せない人間だった。 懐の拳銃を抜こうとして、はっとした。 手錠も、逮捕状も、拳銃も すべてどこかに落としてきたらしい。 夢を見た。 私は、面接官だった。 何千人に質問したか忘れた頃、 その女性が現れた。 白いブラウスと明るい紫のカーディガンだった。 何も喋らないのに、懐かしさがこみ上げた。 (待っていましたよ、あなたを) そう切りだそうとしたが、声が出ない。 彼女は、悲しそうに部屋を出ていった。 |
1月7日(土)
この冬一番の冷え込み(盛岡で氷点下11度8分)で夜は明けた。日中は晴れたが、結局、真冬日。 @滝沢村
どんな小さな村にも、 役回りというものがある。 神の如く崇め奉られる者。 その許しの元支配する者。 支配する者を賛美する者。 賛美する者をとり巻く者。 とり巻く者に隷属する者。 隷属する者に施される者。 遂に施しを受けられぬ者。 飢えて神にすがりつく者。 神を騙し我が物とする者。 そして、また・・・、 役不足は、ともあれ、 役回りというものがある。 |
1月6日(金)
舞い散る雪こそ無かったが、北極圏直送の寒気に包まれ、氷の世界。ただ青いだけの空。山並みを霞ませる冬雲。 @岩手山麓
夢を見た。 立てこもり事件の現場。 さながら市街戦の様相。 犯人は、高性能のライフルを乱射。 ビルの陰にテレビカメラマンが ずらり並んで撮影の順番を待っている。 ひとりづつ道路に飛び出して カメラを回す途端、銃撃を浴びる。 機材は砕かれ、人が千切れ飛ぶ。 それでも、みんな出番を待っている。 いよいよ私、という時、叫んでいた。 (重機関銃をくれ) すると、現場を取り仕切る男が 私の目を覗き込んだ。 (殺してはいけない。死んでもいけない) 何も解決されないありのままを レンズが見つめている。 |
1月5日(木)
街は夕べからの雪で化粧直し。昼まで小雪。かすかに新雪をゆるめる陽射しは、すぐに西の雪山に消えた。 @岩手山麓
冬というだけで、雪は降り積もる。 その度、苦心し、乗り切り、何かを掴む。 春というだけで、雪は消えていく。 その度、安堵し、解放され、何かを忘れる。 そうなのだ、 幾度同じ道を辿っても、 この冬にあって、春など永久の幻。 花吹雪の季節にあって、 今日のことなど彼方の幻。 歳月の河音に聞入る私よ、目を開け。 私が今見ているものが、 つまり、今という私のすべてなのだ。 |
1月4日(水)
さらさらの小雪、ちりちり、ざんざん、びゅうびゅう。その果てに澄んだ夕暮れ。 @岩手山麓
名も無き林間の冬に立ち現れ、 名も無き川の流れを眺め渡す。 後をつける噂の影も無く、 つけ狙う思惑も届かない。 私は私のために雪に戯れ、 私という痕跡を刻み進む。 この青白い時の意味など、 誰にも知られず流れ去る。 誰かのための私ではなく、 一人である私の為にのみ、 私は力の限り冬を越える。 |
1月3日(火)
薄曇りから濃密なグレーへ。積もる雪はなかったが、氷柱は太り伸びる一方。山間部は夕闇に爪を立てる吹雪。 @八幡平市
狼よ、 蒼い闇から私を窺う眼光よ、 すべてを見切って飛び出すがいい。 雪を蹴り、宙に舞い、 私の喉笛に突き刺さされ。 私は、あっけなく仰向けに倒れよう。 お前に組み伏されよう。 牙で眼をくり抜かれよう。 顎の骨を砕かれよう。 鮮血を吹く私は、 お前を抱きしめよう。 血管を破裂させ、肋をへし折り、 内臓が飛び出すまで お前を強く強く抱きしめよう。 なあ、このまま一緒に息絶えよう。 やがて吹雪が血の海を隠し、 夕闇が、なにもかも凍らせてくれるから。 さあ、飛び出して来い。 |
1月2日(月)
寒気もゆるみ、空はうすぼんやりの灰色から、やがて切れるような晴天へ。 @岩手山麓
夢を見た。 重鎮が血相を変えて怒り出す。 蕎麦屋の二階の宴席が静まり返る。 隠然たる力が、目をむき、手をふるわせ、 私を睨み付けたままだ。 はて、私は何をしでかしたというのだ。 (何か本当のことでも言い切ったのか) ともあれ、この土地には居られなくなったようだ。 荷物をまとめて積み込もうとすると、 見慣れないオースチン・ミニ・クーパーだ。 朽ち果てる寸前の年代物だ。 その昔、私が買ったまま忘れていた車らしい。 ガソリンは、とうに腐っているはずだ。 ところが、エンジンに火が入ってしまう。 ささやかな鼓動が無性に嬉しくて 私は、新天地へ走り出した。 |
1月1日(日)
青空は、冬のグレーに抗うでもなく、温厚な水色を濃くしたり薄くしたり。 @玉山村(まだ、そのはず)
大陸の砂漠を行くのではない。 北極圏を旅するわけでもない。 銃声が轟く紛争地帯でもない。 私の体温が、北を選び、雪を求めていく。 私の意志が、爪を立て、今日を確かめる。 そのささやかな道に 絶望の蜃気楼を見る。 氷河の断末魔を聞く。 狙撃の影を匂い取る。 風は果てしなく地球上を駆け巡り、 ある冬の朝の体温を包み運び去る。 蜃気楼へ、大氷河へ、最前線へ。 |