イワテバイクライフ2006年4月後半
4月30日(日)
未明の雨を吸った大地。天気回復は足早で、初夏を思わせる雲がわきたった。夜になって再びの雨。 @滝沢村(トライアルパーク)
オートバイトライアルは、 ゴルフに似ている。 減点(足を着くこと)のより少ない者が勝つ。 走る前には儀式がある。 挑む道筋を直に歩き確かめる。 流れていても、聳えていても確かめる。 ブーツが読み取る大地の感触、 自らが向き合う道の風景を確かめる。 横切る木の根、土の質、石ころひとつ、 すべてを心に書き記し、道筋を定める。 (それでも不測の事態の連続だが) 行く手を確かめるライダーの顔が好きだ。 「言訳」など絶対に出来ない、 爽快な勝負に追い込まれた人間の眼差しが 私は好きだ。 まして、そのような仲間の一人になれることは、 春爛漫の岩手以上に嬉しいことだ。 |
4月29日(土)
盛岡市で最高気温は20度を越えた。石割桜満開、五葉山山開き、日高火防祭など、春爛漫。 @岩手山麓
こんな光の朝に限って、 拷問の記憶が蘇るのです。 (お前は嘘つきか)と詰問され、 いかに返答しようと、否定され、 鋭利な毒を心に突き立てられ、 明日のことなど考えることも許されず、 積み上げて来たものなど いかに無意味なものであるか繰り返し聞かされ、 昨日まで出来たことから悉く引き離され、 赤子以下の無力な者であると決め付けられ、 自ら命を絶つような選択だけが残され、 闇に立たされ続けるのです。 以来、私は、至福の季節を迎える度、 獣のように叫んで こんな青空を破り捨てたくなるのです。 |
4月28日(金)
最高気温15度5分(盛岡)。青空に雲も多かった、岩手山もぼんやりしていた。けれど春本番に違いない。 @岩手山麓(八幡平市)
後には引けない仕事がある。 一歩でも前進しなければならない仕事がある。 幾晩も思案し眠れぬ仕事がある。 山の様な資料に埋もれても、 けして正解の無い仕事がある。 そんな仕事の直前に、 こんな時を過ごしていたことが、 今にしてみれば、 良かったのだと思う。 仕事のテーマは、 「岩手の明日の人づくり」だった。 |
4月27日(木)
晴れのち曇り、などと天空の動向を物語るより、花もなく生温かい北国の不完全燃焼について述べよ。 @岩手山麓
結論は、はじめから決まっている。 人は、勝ってほしいものには、 どんな手を使っても勝たせたがる。 その内容など二の次で、 お粗末な結果に目をつむり、 一気呵成の喝采で、英雄ひとり担ぎ出す。 人は、負けてほしいものには、 どんな手を使っても勝たせはしない。 その内容など二の次で、 鮮やかな結果に目をそむけ、 馬鹿らしい沈黙で、英雄ひとり葬り去る。 |
4月26日(水)
最高気温14度8分(盛岡)の数値を吹き飛ばす風の冷えた印象。思わせぶりに膨らむ桜の蕾、腕組み状態。 @北上高地
道が残雪で塞がれていても、 (まあ、いいか) 吹雪の夜を忘れそうになっても、 (もう、いいや) 春霞の午後の永眠を幻想しても、 (まだ、いいな) 道が途切れた所に立ち尽くし、 やがて猛烈な吹雪に見舞われ、 雪女に抱かれ永久に眠る幻覚。 (それも、いいね) 安らかであれば、 何憶年でも野ざらしの骨でいい。 支配しては消えるものに寄り添い、 転がっていられるなら (それも、いいよ)。 |
4月25日(火)
かすかな水色を滲ませる曇天は、昼過ぎに霧雨を漏らす。その後、青空と雨雲が交差し、冷えた夕暮れ。 @滝沢村(トライアルパーク)
急峻な山肌を四つほど駆け上がった。 待っていたのは、 芽吹きの緑と達人だった。 山の頂きに通じる五つ目の斜面は ひときわ急だ。 膝をぐっと入れて駆け上がった。 小雨に濡れる赤土を掴み続けた。 下りは、緩斜面を選んで遠回りした。 またも待ち受けていた達人の指摘は 簡潔だった。 「上ったら、同じところを下ってください」 「それで、自分のものになるんです」 崖の上から若葉の中へ、 真っ逆さまに降下した。正直、足が震えた。 (さて、人生とやらも、そうなのか?) |
4月24日(月)
朝方の雨雲は淡泊に消え去り、昼前には陽射し、午後に広がった青空。盛岡で桜(ソメイヨシノ)の開花が観測される。 @盛岡市玉山区
目の前に現れて私を指弾する影はない。 道に立ちはだかり斬り付ける影もない。 (なにせ、私は、この夕闇の一部なのだ) 誰かに鋭く咎められて俯く影ではない。 行く手を塞がれ騒ぎ立てる影でもない。 所詮、私は移ろう「影」に過ぎないから どんな礫も届かない。罠にかからない。 出来るものなら、私の影を縛り上げ、 「それは、どういう意味だ」と問うがいい。 正面切って問うがいい。 (もぬけのから)を射るがいい。 |
4月23日(日)
盛岡の最高気温は17度1分。春霞の空に、岩手山の残雪だけが鮮明だった。沿岸・宮古の桜開花。 @岩手山麓
この山裾で 無口な羊だけを許すお前の傲慢。 (大地一面の命を去勢するだけのものだ) この空の下、 高尚な学者を気取るお前の陰気。 (吹き渡る春爛漫をかび臭くするだけだ) この光の中、 前に出る者を牽制するお前の影。 (澄み切った静寂を田舎臭くするだけだ) お前がもっともらしく語らずとも、 正解とやらは道端に転がっている。 真理とやらは草原に寝転んでいる。 |
4月22日(土)
透明度の高い晴天。いささか風強く、眩しい陽射しの割りには気温は低め(盛岡で10度6分)。 @岩手山麓
君が、どう思ったところで 僕は、ほら、思い通りだよ。 君が、どう罵ったところで、 僕は、ほら、笑っているよ。 君が、何を企んだところで、 僕は、ほら、止まらないよ。 君とは無縁の風景の中だよ。 君とは無縁の時間の中だよ。 君には聞こえない口笛だよ。 君には動かせない事実だよ。 |
4月21日(金)
昨日の雨が乾ききらなかった大地に、午後からの青空と光。予想以上の天気回復。 @盛岡市玉山区
飛んできた球を、 棒に当てて転がしただけなのに、 結果的に「送りバント」になっていたりする。 偶然、四角い白線の中に生まれ、 球を棒に当てて転がしただけなのに、 誰かが進塁し、誰かが好機を迎えている。 (野球のことなど何も知らないのに) がむしゃらに走れば「盗塁」。 誰かと示し合わせて「スクイズ」。 そのように結果的に役割を果たす者がいる。 ユニホームを着せられていることに気付かず、 今日も、誰かが誰かに貢献している。 何も知らぬ振りして試合に関わる影もある。 |
4月20日(木)
なまあたたかい南風に乗って水滴は舞い、やがて一面を濡らした。二十四節気のひとつ「穀雨」。暦通りの一日。 @盛岡市(中津川河畔)
うまくいっていると、誰でも優しい。 うすら寒い冗談にも、笑ってくれる。 とっておきの酒宴に、誘ってくれる。 他言無用の運動会に、加えてくれる。 さえぬ仕事ぶりでも、称えてくれる。 ずうずうしい相談に、乗ってくれる。 熱を出そうものなら、花束など届く。 怪我しようものなら、外科医が届く。 脅されようものなら、用心棒が届く。 旅に出ようものなら、弁当まで届く。 嗚呼、落ちない限り、楽しき綱渡り。 |
4月19日(水)
概ねの曇り空。薄日もさした気がする。空気はやわらかかった。桜の蕾も膨らんでいる。が、春とは似て非なる一日。 @盛岡市玉山区
行く先を言い渡される者たちが、 延々列をなし、黙々と時を待つ。 「右か左か」「黒か白か」「○か×か」 まったく馬鹿げた宣告を待って、 幾つ冬を越え、夏を数えたのだ。 目前の決断という決断を放棄し、 素性の知れない声を崇め奉って、 いかがわしい運命の告知を待つ。 あたかも、雪が残るうちは冬で、 花という花が散らない限り春で、 祭りが続く限り夏だと言い張る。 狂った声に己の明日を一任する。 (沈黙の行列が長くなるほど闇は深まる) 手斧一本あるなら、即座に断ち切れ。 自らの春夏秋冬を定めるのは、お前自身だ。 |
4月18日(火)
まるで解放に向かう気配の無い曇天。時折の霧雨をしのぐうち、底冷えの夕暮れ。 @滝沢村(トライアルパーク)
かけはなれた技量の そばに佇むだけで、 人は何かを呼吸し学ぶものだ。 達人たちは、 私が出来ることと出来ないことをお見通しで、 絶妙に楽しめる困難を与えてくれる。 無心に汗を流し、拭い、 心地良いほてりに満たされた頃、 件の大先輩が誘う。 見上げるばかりの大斜面の上をめざせと言う。 この山に通い詰めて10年。 考えたこともない天空への道だった。 山から授かった歳月を信じ、5度飛びついた。 2度登り切り、3度上がり切る寸前で失速。 下山は、さながら山岳救助だった。 惨憺たる思いの果てに振り向くと、 その断崖の風景は、 不思議なことに、丘のひとつになっていた。 |
4月17日(月)
朝方、雪交じりの雨。その後の天気回復は、少し強い風に雲が流され、空が寒々しく開けたこと。 @盛岡市玉山区(天峰山)
何かを捨てて掴む幸せがある。 喧騒や剣呑な日々を捨て去り、 静寂と平穏を得る幸せがある。 野心や謀略から解き放たれて、 友情と信頼を得る幸せがある。 ところが、何年か経つと判る。 その幸せが当たり前になると、 捨て去ったものの魔力が蘇る。 そびえる難関に挑む時の熱狂。 鋭く複雑に尖った日々の光沢。 戻る道は無く、すでに夕闇だ。 底冷えの丘に漂う孤独の中で、 私が今度捨てるものは何だ? |
4月16日(日)
最高気温が8度そこそこ。うすら寒いグレーな一日。薄日さす時もあったが、風に霧雨がまじることもあった。 @滝沢村
体が動かないことを 陰気な空のせいにしてはならない。 心が向かないことを、 冷えた風のせいにしてはならない。 山は、いつも、そこにある。 走りたい私のために全て用意して待っている。 友は、今日も、そこにいる。 次なるステップを私に与えるべく待っている。 春は、今年も、そこにある。 生まれたての色を私に見せようと待っている。 |