イワテバイクライフ2006年7月前半
7月15日(土)
予想や覚悟の域を越えて梅雨前線は南に留まった。夜になっても水滴すら無く穏やか。最高気温26度5分(盛岡) @滝沢村(トライアルパーク)
ひとり 山の頂へ駆け上がる。 空を覆う緑は薄日を吸って命を騒がせる。 歳月に濾過されたグリーンの皮膜へ 私は、燃え盛る火炎となって上昇し飛び込む。 たわわな葉の群れを貫通し 天空へ届けと心を放つ。 助走の時から胸に流れているチェロは 朝露を弦に纏い、涙をしたたらせている。 一切の咆哮を黙らせる頂の見晴らしは、 雲間に霞む孤高の峰々で 鳥の囀りさえ届かない沈黙が 海原となって広がる。 |
7月14日(金)
暗い雲の印象もあったが、盛岡で最高気温29度9分など、各地真夏日前後。暑さは日中だけで夜風は爽やか。 @田代平
毒虫が、 どこで蠢(うごめ)いていても、 かまわない。 私の居場所とは無縁の木の枝で 私の塒(ねぐら)とは隔絶された森の中で なにせ、暗澹たるイメージは |
7月13日(木)
枕に甘ったるくまとわりつく湿気は、やがて小雨と共に高校野球の開幕戦を順延させ、夕刻には青空の断片。 @滝沢村
まれに、そんな夕暮れがある。 雲に神が宿り、天空に金色の竜が踊るのだ。 私は、その光線のうねりを追いかけて、 幾つ丘を越えたことだろう。 まさに、さしのべる手が黄金に染まるその瞬間、 竜は、割れて、崩れて、砕けて、とけて、 風に運ばれ、宵闇にまぎれる雲となる。 (一切は幻であった)と漆黒の大地が呟く。 置き去りにされた私は、くすぶる松明のように、 闇に馴染まず、親しまず、 次の竜を待って路傍に息をひそめるのだ。 |
7月12日(水)
真夏日を記録した地域もあり、混濁した大気の払うに払えない不快感が支配した一日。 @北上高地
緊急優先の事柄、 賛否両論、先鋭を極め、馬の背に命運を託す。 いよいよ有無を決する時、 俄に黒雲走り大気瞬時に変わる。 議論失速、論客変節、世論霧散。 ついに採決の鐘は鳴る。 固唾呑む静寂の前にそびえるは旧態依然の塔。 入り組みし善悪利害の塊。妥協の果てに無傷。 やがて塹壕にわき立つ勝鬨。 怯えていた羊どもの安堵。 賢き沈黙の輩のほくそ笑み。 あらぶった者どもの消沈も哀れ。 実に魑魅魍魎の世界。思惑のモザイク。 したたかな延命の構図は、 時を超え、場を超えて よくある「あらすじ」。 |
7月11日(火)
終日の曇天に西日本の不快指数を薄めた様な蒸し暑さが漂った。なのに秋の虫が庭で鳴く。 @岩手山麓
私が、再度、花園の扉を叩いた理由はね、 毒々しい色彩を愛でたいからではない。 噎せ返る香りに包まれたいからではない。 とりすました雌蘂に平伏す為ではない。 絢爛豪華な花弁を称えたいからではない。 虫を溶かして食う営みを眺める為ではない。 まして、 花園の用心棒を気取るやくざな造花に 水をやり機嫌をうかがう為ではない。 飾らず、偽らず、清々しく咲く ほんの数本の花と、 向き合っていたいからだ。 ただ、それだけだ。 |
7月10日(月)
およそ陽射しを許しそうにない梅雨空。所により霧雨にけむった。 @石鳥谷(山屋トライアルパーク)
無性に跳びたくなった。 岩の多い山屋トライアルパークへ向かった。 折からの霧雨に濡れて、岩は滑りに滑る。 もう帰ろうと思ったが、 (まあ昼飯でも)と思い直した。 雨脚は強まり、私はずぶ濡れで、プラグもかぶった。 もう帰ろうと思ったが、 (新しいプラグレンチがある)と思い直した。 雨は上がり、空が明るくなった頃には、 テーマはひとつに絞られた。 小岩を相手に2度のクラッチ操作で越えること。 跳ぶ寸前に窮屈なターンを入れた。 サスペンションの伸縮に 瞬間の駆動を合流させるのは難しい。 もう帰ろうと思ったその時 後輪がふわりと浮いて、私を目前の宙へ送り出した。 |
7月9日(日)
最高気温21度4分(盛岡)は、かすかに梅雨寒の気配。実りのない曇天から夕刻の小雨。 @滝沢村(トライアルパーク)
立ちはだかる困難を乗り越えようとして、 バランスを崩し、足を1回着けば「減点1」。 それは、誰かに与えられた評価ではない。 誰かの気分や好みで決まるものではない。 誰かの私情や偏見、思惑や利害とは無縁の 私が私に示す「私の今のすべて」だ。 昨日の私を越えるのは、 ほかならぬ今日の私の意志だから、 心ゆくまで失敗を繰り返し、 立ち上がれなくなるまで私に向き合えばいい。 (すべての理由は我にあり) 何と透明な世界だ。 入り口から出口までは「私ひとり」。 誰も助けてはくれない。誰も邪魔できない。 そして、難関の外には心通じる友がいる。 何と大人びた世界だ。 |
7月8日(土)
概ね雲に覆われたが、望外の陽射しもあった。吹く風もさらり乾いて、心を軽くした。 @滝沢村(トライアルパーク)
枕元の携帯電話に起こされた。 滝沢の山に到着したYさんだった。 時計を見れば午前10時だ。 めずらしく寝過ごしたようだ。 夕べはトライアル仲間と、かなり飲った。 夢のかけらも見ずに熟睡していた。 「待っていますよ」と電話の中で笑うYさんだって、 ひたすら麦酒を飲んでいたではないか。 (まったくタフな人だ) 11時を過ぎて山の上で合流した途端、 山腹のキャンバー走行が待っていた。 「おや、御無沙汰していましたね」 Yさんは、私のこの一週間を見抜いていた。 気持も身体も動かず、実のある練習はしなかった。 課題に挑む私にYさんは珍しく大声を出した。 「行け行け行け、さあ行け」 汗が澄んでいくのがわかる。 |
7月7日(金)
錯覚にせよ初秋を思わせる雲の流れは、透明な空の蒼さを引き立てた。乾いた夏日。 @岩手山麓
君は黒髪を潮風に遊ばせる。 「あなたの勘は大当たりだったのよ。 あまりに図星だったから、彼らは、うろたえた。 全部つかまれているかもしれない、と 疑心暗鬼に陥ったのね。」 (そうかもしれない) しかし、私の関心は、 カモフラージュされた人生について、だ。 その瞳は微笑みながら別のことを考えている。 背後を気にしながら、気持は遠く引いている。 (直感だが) それは、暗い使命を背負う者の眼差しだ。 寄せる波が暁の雷鳴を運んでくる。 「そういえば、本当に寂しい眼差しだった」 君は、赤く燃える水平線を、じっと見つめている。 |
7月6日(木)
雨に洗われ続け清められ、水溜りなど澄み切って、風も無く、雀の囀りに水鏡揺れる日。 @滝沢村
強いものを罰するのは容易い。 黙って受け止め、噛み砕き、飲み込み、 いつの日か、さらに強くなって帰って来る。 弱いものを罰するのは厄介だ。 泣きわめき、直視せず、逆恨みして いつの日か、復讐の待ち伏せなど思いつく。 |
7月5日(水)
雲は濃淡を重ね、雨の気配を漂わせ、人に傘を持たせ、しかし開かせず、弄び、夕刻、やっとの小雨。 @盛岡市
守るべきものを持ち過ぎた者は、 加害者になることを極度に恐れ、 傍若無人を見て見ぬふりをする。 悪辣な者に拳を握る一本気さえ、 血気盛んな乱暴者と決め付ける。 明日も冷房の効いた大会議室で 眺め良き座を占めたいばかりに、 義憤の手をしばり、口を封じる。 狡猾な弱者に泣かれるのを嫌い、 理由のつかない施しなどを与え、 (いい人だ)と頭を撫でられて、 照れ笑いするうちに全てを失う。 この馬鹿馬鹿しさのど真ん中に、 目を覚す様な花火よ落ちて来い。 |
7月4日(火)
陰気な天気予報に諦めていた空が、にわかに開け、断片ながら、スカイブルーと陽射しの印象を残した。 @雫石町
若い門番が、 甘い香りに誘われ城壁の下の花を摘んだ。 王は激怒して門番を投獄した。 許される日を待ち侘び、 妻は幼子を抱きしめ城を見上げた。 やがて王は戦に明け暮れ、 門番のことなど忘れ去った。 すでに家族の姿も無かった。 ある年、門番のことを思い出した古老により、 牢の鍵ははずされた。 取り返しのつかない「歳月」が生きていた。 城の重臣たちは苦慮した。 (労などねぎらえば過ちを認めたことになる) 年老いた門番は、再び城門の外に立たされた。 風が、負け戦の便りと雪を運んできた。 ほどなく城は滅んだ。 |
7月3日(月)
大雨・雷・洪水・濃霧など梅雨一式の注意報(盛岡地域ほか)とともに、降ったり止んだりの一日。 @岩手山麓
街角に一本の杭が立っていた。 どれほどの風雪に晒されてきたか 誰も知らないが、 街の中心に立ち続けて来た。 ある日、 市民の間に杭の存在を問う声が上がった。 (役に立たないものは、いらない) (朽ちていくものなど、いらない) (明日の街作りの為に、いらない) 人々は杭を非難し、唾を吐き、 ついに杭を引き抜く日を迎えた。 街は、さながら祭舞台となって人が群がった。 杭は鎖で縛り上げられ、人々は力一杯引いた。 何か起きそうな予感に胸ときめかせて引いた。 杭は、呆気なく抜けた。 その途端、轟音とともに大地は割れ、 街の土台は崩れ落ちた。 |
7月2日(日)
朝方の曇り空などフェイントで、降るなと願う思いを嘲笑って降る降る降る。止んではまた降る。 @盛岡市
雨に煙る裏通りの居酒屋で ネクタイ姿の男が切り出す。 (あんた、人間嫌いだね) 栄光と挫折を経て腹を決め、 無頼を気取る男一匹らしく、 焼酎をすすりながら呟いた。 私は煙草の煙を払い微笑む。 (ここに暮らす人々はね) 枝を渡る鳥のように清明だ。 草を食む牛のように考える。 崖に立つ鹿のように勇敢だ。 真夜中の雪のように一途だ。 この地を愛し暮らすのなら、 ネクタイで首を縛り上げた あんたも早晩、人間嫌いさ。 |
7月1日(土)
震度3(盛岡)の地震の後は、小雨が本降りとなり、束の間の大雨。夕刻に雨は小休止。 @滝沢村(トライアルパーク)
雨は音を立てて山を打つ。 濃い緑の傘を貫通して私を打つ。 分厚い傘を探して山の懐へもぐり込む。 汗なのか雨なのか 私は、なまぬるい7月の雫を纏って重い。 土は、ぬめり、濡れた私は 幾度と無く眼下の緑へ滑り落ちる。 その度、キックバーを踏み抜けば、 愛機はファイティングポーズをとる。 (何かを身に付けるためのトライではない) 私に残された気力がどれほどのものか、 どうにも確かめたくなって、 ここにいるのだ。 ざんざんと雨季に叩かれながら 山上に挑む私を確かめたくて、 ここにいるのだ。 |