イワテバイクライフ2006年9月後半
9月30日(土)
10月を目前に夏日寸前(盛岡)。周囲の山並みに沸き立つ夏雲もどき。大気不安定で雷注意報。 @滝沢村(トライアルパーク)
Sさんが私に訊ねる。 めずらしく真面目な顔だ。 「単車への愛着は深い方ですか?」 どうやら愛機との別れ話らしい。 トライアルマシーンに限って言えば、 数限りない挑戦を共にした戦友と 別れることは寂しい。 けれど、その相棒とともに身につけた何かは、 私の中に生き続けるのだ。 駆け上がり乗り越えるイメージとなって、 成長を続けるのだ。 別れた後も、トライするたび、 こいつは私とずっと一緒なのだ。 (だから、未練は無い) |
9月29日(金)
雲も山もうっすらとした朝。やがて、そこそこの陽射しを得て、大地は陰影を濃くした。最高気温23度(盛岡)は大気の上機嫌。 @盛岡市
イーハトーブの大気は 音もなく話を進める回り舞台だ。 光や雲まで 段取りめいた移ろいを受け入れず、 陰陽を切り分けてゆく。 そのあまりの野性と鋭利に ここは太古か未来か 路傍の私には判別もつかなくなる。 (ほどなく影は一切を飲み込む) 落日の瞬間に、 夕闇をはらって踏み抜くキックバーこそ、 正気の松明なのだ。 |
9月28日(木)
未明の雨の水溜りに秋の青空と雲が映る。日中の光に油断した薄着は、夕刻の冷気に後悔する。 @秋田県
誰かの都合で 巡り巡って転がり込んだ休日には、 そこでなければならない目的地や 心に深く刻んでおきたい眺めなど にわかに思いつかないので、 北へ、おろおろ走り出した次第です。 けれど、迷い込んだ秋の谷間には、 進むべき空が開けていて、 (よく来た)と、 実りの原が風に踊るのです。 (遂に、来たな)と、 里の人影が立ち上がるのです。 ああ、彷徨うばかりだった私の車窓に 流れ去った風景を 今、こうして見渡すほどに 立ち止まることの凄さを思い知るのです。 |
9月27日(水)
未明からの雨は、じわじわ強まり、街の色彩を洗い落とし、あとには宵闇が残った。 @盛岡市内(鉈屋町)
「ねえ課長さん。 今日は雨が降って、気が滅入って、 見たい映画もあるので、お休みしても、いいですか?」 (いいねえ、ゆっくりお休み) 「ねえ部長さん。 明日は大切な会議ですが、私も心を決めて、 ひと月ほど風まかせの旅に出て、いいですか?」 (いいねえ、とことん行っておいで) 「ねえ、社長さん。 会社も大変な時ですが、私も何かと大変なので、 当分の間、消えてしまっても、いいですか?」 (いいねえ、きれいに消えておしまい) (画像と文章は何ら関係ありません) |
9月26日(火)
曇ベースながら、青空もあったし陽射しも心地良かった。何より風が乾いていた。 @滝沢村(トライアルパーク)
夏の出来事が 偶然ではなかったことを 自らに証明するためには、 夏の私を遙かに越えなくてはならない。 厚かましくも、 休日の師匠と大先輩に教えを請い、 鍛えていただいた。 ひねりの効いた練習問題に幾度も挑んだ。 ひとつひとつの動作が厳しく検証された。 「ただクリーン(減点0)するだけではいけません。 基本に則った形で、 狙い通りのラインを走破して、本当のクリーンです。」 仕事の前の4時間で、 秋空のような志を学んだ。 |
9月25日(月)
ほぼ夏日。続いた秋晴れに混濁の雲が漂い、下り坂の空模様を暗示する。 @滝沢村(トライアルパーク)
(行き先は覚えていない) 列車か飛行機の予約切符を無くしたところから 夢は始まった。 あるいは数十年の物語がすでに流れ去っていて、 その途中から夢をのぞいたのかもしれない。 切符を入れた鞄を探して 深夜の鉄路を裸足で走るのだ。 やがて激しい市街戦にまきこまれる。 真っ赤な銃弾飛び交う滑走路に妻が正座し、 「ねえ、あなた鞄が見つかったわよ」と微笑む。 (鞄はどこだ)と呼びかけた途端、 空一面にミサイルが飛び交い、 何万発という核爆発の末に夜は明けた。 仕事の前の2時間、夢をわすれてトライした。 (行き先は、きっと、この楽園だったのだ) |
9月24日(日)
秋本番寸前の実は最高の季節。山の緑は乾いて透明で、大地の陰影にも、どこか微熱がこもり柔らかい。 @滝沢村(トライアルパーク)
仕事前の2時間、達者な仲間にまじって 目新しいラインに向き合う。 木の根の浮いた斜面上のタイトターンでは、 進むことも曲がることも出来ず立ち往生。 その束の間のスタンディングは、 未熟を思い知らされ廊下に立たされた気分だ。 導いてくれた先輩のK氏は、 「歳をとるほどに面白くなる」と言い切る。 (私には、乗り越えるべき事が多過ぎて時間が足りない) しかし、だ。 気持ちがある限り、山は迎えてくれる。 挑みつづける限り、人は変わっていく。 10年後の目標や20年後の夢を胸にしまい、 スロットルを大きく開けた。 |
9月23日(土)
晴れ渡った秋分の日。最低気温(盛岡)7度5分に冬を思うか。最高気温(盛岡)23度1分に夏の残像を見るか。 @滝沢村
仕事前の2時間、痛快な汗を流す。 マシーンは秋晴れを吸って歯切れ良い。 山腹で急ターンからの登坂を繰り返す。 どんなにトライが熱をおびても、 吹き渡る風はクールだ。 緑陰で飲み干す水が美味い。 8月の「イーハトーブトライアル」で 燃え尽きたはずなのに、 この山に通う習慣だけは途絶えない。 苦しくなる度、山に祈るのだ。 「我に与えたまえ。 力と技とこの大地を。永久に」 カモシカが身を固くするほどの大音声を轟かせ、 今日までやり抜いて来たのだ。 (山は、確かに私の声を聞いている) |
9月22日((金)
最低気温8度3分(盛岡)。濃霧注意報の中で肌寒い朝。やがて、空は開け、光あふれ、爽やか。 @岩手山麓
(いったい、どういうことだ) 突き抜けるような秋晴れのもとで、 笑顔ひとつ無い通り一遍の挨拶よ。 去勢されたような群れの静けさよ。 毒のひとつも混じらない世間話よ。 何を身構えて、何を怖がっている。 鋭利な秋で手首を切る者の覚悟が それほど恐ろしいとでもいうのか。 (本当の血で汚れたくないなら) 全てをやり過ごしているがいい。 無傷の勲章を連ねているがいい。 知恵のない仕事を重ねるがいい。 的外れな大変革を目論むがいい。 (巨悪に叩き潰される瞬間まで) 粛々と空虚な残像を流すがいい。 |
9月21日(木)
盛岡は、この秋一番の冷え込み(最低気温10度)。すんだ光と深い影の雄弁は、青空すら黙らせる。 @岩手山麓
馴染みの刺身包丁が ふと止って、呟く。 「小人、平時に剣を持たされて ひと振りの誘惑に勝てず、無益な傷を残す」 「ただ、それだけのことです」 「人の事も、政も、 持ち慣れない力を持つと、試したくなるのです」 (ただ、それだけのこと)と幾度も呟きながら、 包丁は、私の疑問を晴れ晴れと切り分けていく。 |
9月20日(水)
大局的に見れば「台風一過」というのか、宇宙の蒼さすらにじむ青空。夜の涼しさなど切れるが如く。 @盛岡市(姫神山麓)
ひとつの方角をめざすから 向かい風を浴びるのだ。 一途に歩調を上げるから、 風に棘がまじるのだ。 何者かになろうとするから、 風が汚い噂を運ぶのだ。 (だから) 行き先を告げず、 足音など立てず、 雲に紛れるのだ。 風にまかせて微笑んでいるのだ。 |
9月19日(火)
台風13号の直撃はまぬがれて穏やか。曇りがちながら、いささか蒸し暑い一日。 @盛岡市鉈屋町(浜藤の酒蔵)
この町には表情がある。 押し寄せる時代の波と我慢比べしながら、 人々の心を支える風景もあれば、 過去へ流されていくものもある。 盛岡の遺伝子ともいえる 家屋や蔵、柱の一本一本が、 流れる歳月を呼吸しながら 実に雄弁に黙りこくっている。 そんな町並みを散策する市民の一行にまじり、 私もバイクをおりて歩いた。 リーダーの渡辺さんに先回りして 路上にカメラを構える私には、 残しておきたいと祈る街の構図があって、 そこへ人々が集う瞬間、心が熱くなった。 (幾度も、ここに単車を停めて写真を撮ったものね) |
9月18日(月)敬老の日
日本海を北上する台風13号。その気配か、午前中は秋雨に濡れたが、午後は束の間、空も明るくなった。 @滝沢村(トライアルパーク)
秋の小雨を吸って、 赤土の山肌は、 ぼろぼろと崩れ、ぬるぬると滑り、 およそ力という力を受け付けない手触りだ。 ところが、こういう日に限って、 山に立ち向かう姿がある。 出来ることが出来なくなることを楽しむように、 昨日とは別人の山を味わうように、 道筋を変え、加減を探る。 「うん」とはい言わない山の気持ちを推し量り、 黙々と挑み、転び、泥にまみれている。 その度、快活な笑い声が山に響く。 (何をしている、君も続け)と。 |
9月17日(日)
曇天とはいえ、かすかに明るくなったり、秋らしく涼しく、雨は夕刻まで我慢してくれたし。そう悪くはなかった。 @滝沢村(トライアルパーク)
いつにも増して山は活気に満ちていた。 力のあるライダー達が、 ぐいぐい目標を高みに押し上げていく。 出来ることや出来ないことには、 すべて理由があって、 試技が終るたび、 みな科学者のような眼差しで振り返る。 ヒルクライムひとつとっても、 それは、漠然たる高さの問題ではない。 行き着く果てのデッサンは出来ているのか。 飛び出す力に過不足は無いか。 回るタイヤに爪はこめられているか。 進むべき方角は正しいか。 跳ね返される瞬間に備えて構えは出来ているのか。 最後のひと押しを絞り出す用意はあるのか。 失敗の恐怖より先に 成功に向けて一気に手を打つ覚悟はあるか。 (未熟な私は、その呼吸を飲み込めずにいる) |
9月16日(土)
天気は、じわり下り坂。最高気温は各地20度を少し上回る程度で平年比2〜3度低め。夜に入り降雨秒読み段階。 @岩手山麓
誰かの思惑のために拓かれた宝の山は、 今や、整理できないほど複雑怪奇で、 埋め戻せないほど腐乱している。 (ならば、神よ、稲妻ひとつ走らせたまえ) 誰かの野心のために乱発された権威は、 今や、醜悪なほどにふんぞり返って、 投獄できないほど肥満している。 (ならば、神よ、流星ひとつ落としたまえ) |