イワテバイクライフ 2007年 3月後半
3月31日(土)
午前中の気弱な青空は遠い思い出。曇天の濃度は増すばかりで夕闇は雨に濡れていった。 @盛岡市(中津川河畔)
(思い無きところに生業立たず) 「できる」から 「する」のではない。 「なる」のではない。 (例えば) 目が良く、胆力に優れ、 嗅覚鋭く、獲物を仕留めるものは、 みな猟師になるのか。 (そうではあるまい) 山と生きることを心に決めたから 猟師になるのではないか。 鉄砲の撃ち方などは、 日々上達するのだ。 (懸命の思いが必要な力をもたらすのだ) うまくいくと確信することでも、 思いも無く試してはならない。 己の切れ味をいくら試しても 明日は切り拓けない。 |
3月30日(金)
朝方の雪は、束の間にせよ本降り。積もらなかったのは幸い。4月を目前に冬から離れられない春。 @滝沢村
幾度も暮れていく 大地の思いは、どんなものだ。 二度と夜明けは迎えないと 重く心を決めたことなどあるか。 雲の刹那の動きに恋をして 風をぴたり止めたことはないか。 一切の血流が凍り付いても 春を信じ全裸にならなかったか。 裏切られることなど恐れずに 明日咲く花に寄り添わなかったか。 暮れていく春のその先に 冬が待ち伏せしていることなど 夢にも思わなかったか。 |
3月29日(木)
予想以上の白銀の夜明け。これも本当の春への通過儀礼なのか。夕刻前、柔和な青空を見た気がする。 @盛岡市
雪はとけて フロントガラスに流れ、 行く手を歪ませる。 視界には 春の蜜がとけて ワイパーで払うたび、 明日は白く曖昧になっていく。 今日が終わる頃には 雫になる雪なのに、 束の間の轍となって 私を揺さぶるのだ。 嗚呼、 こんな消えていくだけの風景に ずぶずぶと濡れて探すほどの 記憶はあるのか。 |
3月28日(水)
確かに青空はあったが、頻繁に灰色のベールが駆け抜け、水滴をばらまき、不穏な宵闇へ。 @岩手山麓(八幡平市)
足を見ればわかる。 どこをどう歩いてきたか、わかる。 荒野をまっすぐ歩いて来た者は、 血をしたたらせている。 人の心を踏みにじって来た者には、 怨嗟の破片が刺さっている。 嘘に嘘を重ねて旅して来た者は、 一片の泥すらとどめていない。 振り返って見ればわかる。 お前の後を追ってくる足跡から 逃げられないことが、わかる。 |
3月27日(火)
ぐずぐずと曇った空から昼前後の小雨。濡れることに辛さはなかったから、まずは春雨。 @滝沢村(トライアルパーク)
山でひとりは寂しすぎる。 黙って食う弁当は瞬く間だ。 山でひとりは誤りやすい。 少し出来たくらいで満足する。 山でひとりは、おそろしい。 ついに家に帰らぬ神隠し。 まして火曜日の、 まして三月の、 まして雨の、 こんな山の午後、 カモシカの真似事をするのに ひとりきりでは胸が騒ぐ。 (なあ友よ) 今日はよく喋ったな。 ゆっくり食ったな。 幾度も助け合ったな。 何も残さず、 二人して山を下りたな。 |
3月26日(月)
晴天。最高気温10度6分(盛岡)。それでも風の強さと雲の流れの速さに、どこか落ち着きの無い春だった。 @平庭高原
(風を浴びて叫ぶ) いやしくも この大地をおさめる者の言葉に、 あってはならないのは、嘘。 なくてはならないのは、覚悟。 およそ 見渡す限りの天地に尽くす心に、 あってはならないのは、毒。 なくてはならないのは、未来。 (光を浴びて思う) 言葉は筋力をもった弾丸であれ。 心は迷い無く飛び込む剣であれ。 |
3月25日(日)
青空は待ちくたびれた果ての夕刻の出来事だった。最高気温は12度(盛岡)を越えたらしい。 @滝沢村(トライアルパーク)
時が来れば すんなり出来ることがある。 雪や花や月や 移ろう季節や 人の心さえ、 すべては、 時が来れば すんなりいくことがある。 けれど、 その時を迎える前に 僕らに残された時間は、 とても短いから、 行けるかどうか、 出来るかどうか、 解けるかどうか、 ぎりぎりのラインに挑むのだ。 |
3月24日(土)
予定通り宵のうちから雨は降り出した。その時をじっと待つ曇天は温もって、あながち悪くはなかった。 @滝沢村
青空の下なら、 誰でも上機嫌だ。 けれど、 重く垂れ込めた雲の下で 目を輝かせるのは誰だ。 陽射しがあれば、 誰でも優しい。 けれど、 太陽の在処すら不明な日 未来を物語るのは誰だ。 風が透明なら、 誰でも思慮深い。 けれど 吹く風に棘がまじる旅路で、 道を誤らないのは誰だ。 |
3月23日(金)
機械油がまろやかにとろけて歯車にからみつき回る感触は、心を決めた季節にしか醸し出せないものだ。 @盛岡市
去りゆくものに 明日の計画を尋ねたりしない。 消えゆくものに 昨日の理由を質したりしない。 逃げ出すものに 今日の難題を託したりしない。 流れゆくものの言訳を ここで、にこにこと黙って聞き流し、 さらさらとやりすごし、 すべてが終ったあとに ひとり大の字になって 流れる空を胸におさめるのだ。 嗚呼、馬鹿馬鹿しいほどの冬を 大真面目に生きてみせた私が、 なんだか可笑しくて、 草笛を(ぺっぺ、ぺっぺ)と鳴らすのだ。 笑い狂って鳴らすのだ。 |
3月22日(木)
気弱な陽射しや、曖昧な薄雲の拡大は、正面切った希望をはぐらかし、夕刻からの降雪。 @盛岡市
(土は黒々と知っている) ふらり現れて、あたりを見渡し、 里の片隅に鍬を入れ、 一心に掘り起こし、 自らの春を探す男の素性を 知っている。 ずっと昔の寒波に 凍ったままの心を葬る悲しさを 知っている。 一夜にして孤立した砦の暁を 知っている。 悪魔を黙らせる毒を 埋めてしまいたくて 一心に穴を掘る男を 知っている。 |
3月21日(水)
春本番へ逡巡し、光を漏らし、雲に譲歩する空。かろうじて柔和な夕暮れが春の吐息に違いない。 @滝沢村(トライアルパーク)
今日この日のことが、 いつ、どこで、いかに 私を支えてくれるのか、 わからない。 (わからなくていい) わかっていたら、 今日も夢中にはならない。 現実に対処する力は、 結局、現実的なのだ。 その範囲におさまる限り、 私は昨日と大差のない私だ。 現実の先にあるもの、 今日とは絶対に違う私を求め、 尽きることなく手を伸ばし、 幻かもしれないその先を求めるから、 明日は来るのだ。 |
3月20日(火)
およそ持続する青空は無く、冷えた雲の闊歩に小雪までちらつく始末だ。暖冬の記憶は萎むばかり。 @岩手山麓
どちらに軸足を置いても ついに定まるものなど無い舞台の上で、 右を踏んだり左に乗ったり、 賛成したり反対したり、 増やせだとか減らせだとか、 攻めろだとか守れだとか どうどう巡りのサーカスは 日毎夜毎の大騒ぎだ。 人々をうんざりさせるその茶番は 実は練りに練られたシナリオで、 欠伸が出るほどの紆余曲折の果て、 やがて世の耳目は遠のく仕組か。 何はともあれ舞台に立ち 何かを変え何かを創ると言い切る君は 誰かが糸ひく登場人物のひとりで 束の間、街角の空白を埋め、 美しい思いつきを披瀝して、 何も決めずに消えるのか。 |
3月19日(月)
最低気温・氷点下8度(盛岡)の不意打ちも、青空の印象に相殺されたが、夕闇に再び凍結の香りが漂った。 @岩手山麓
言い残したことはないか、と 振り向けば、 まだ何も 君に告げていなかったことを知る。 足跡を残しはしなかったか、と 振り向けば、 まだ一歩も 踏み出していなかったことを知る。 恨みを残しはしなかったか、と 振り向けば、 何かあったのかと 山は微笑むばかりだ。 語り尽くしたはずの 走り尽くしたはずの 私の旅など、春の午睡の出来事。 |
3月18日(日)
流速を増した冬空、吹雪は山野を駆け巡り、後には眩しい空の蒼さ残し、結局、氷結の夕暮れ。 @花巻市(山屋トライアルパーク)
真実は 手を伸ばせば 掴み取れそうな気がする。 だから人は 筋力を鍛え、 心を立てて、 到来する季節に跳び着いていく。 世論だとか、 流行だとか、 時代だとか、 およそ遠く離れた空に 澄んだ命は飛び出し、 めざす真実に、 あとひと息なのだ。 |
3月17日(土)
冷えてひきしまった風。それ以上に陽射しの率直な温もり。春の濃度が、また一段増した日。 @岩手山麓
過大な夢に向って走り出すと 不本意な握手を繰り返す。 疑念だらけの契約を結ぶ。 信頼や友情を数に置き換える。 諍いは無かったことにしたがる。 大昔の啖呵の釈明を始める。 往来へふりまく愛想も 最愛の者へ送る微笑みも もはや区別できないほど 何かが崩れ消えていく。 (掌に乗るほどの夢があればいい) |
3月16日(金)
暁の小雪に薄化粧した街は、やがて広がる青空のもとで乾き、冷えた風が寂寥の夕闇を連れてきた。 @岩手山麓
旅の終わりが見えてくると 人は隠し続けてきたものを 打ち明ける。 それで 心が軽くなるはずもなく 罪が軽くなるはずもなく けれど 吐き出さずにはいられない ありのままを言い切ってみせる。 すでに手の施しようもないほど 変形し腐乱した過去の蓋を 開いてみせる。 他人事のような眼差しで 「あとは、みなさん、よろしく」と 最終列車を待っている。 断罪の刃を浴びる前に 出発のベルは鳴る。 逃げ切る算段だけは見事に整え 「あとは、みなさん、よろしく」と 列車に飛び乗り消えていく。 闇の向こうへ消えていく。 |