イワテバイクライフ 2007年 4月後半
4月30日(月)
北国の幸の辻褄を合わせるように春爛漫の連打。盛岡で22度4分。青空は霞んだままで花もぼんやり。 @滝沢村(トライアルパーク)
幾度でもここへ来る。 なにしろ、ここに暮らしているから。 やわらかくなった風の便りを受けて 旅支度を始めるのではない。 朝一番の窓を開けて、 大地の香りを呼吸し そのまま、ここへ来るのだ。 見たこともない天空の噂を聞いて、 思いを募らせ切符を買うのではない。 暁の空を仰いで、 流れる雲を思い描き、 そのまま、ここへ来るのだ。 そのように 幾度でもここに至る私は、 なにしろ、 ここに心が棲んでいるのだ。 |
4月29日(日)
ありきたりな晴天ではなく、ぐるり山並みを白く濁らせる長閑(のどか)。 @滝沢村(トライアルパーク)
(もういいだろう)と 私が言い出す日を待っているのは、 実は、私なのだ。 (苦しむことはないさ)と 私が思い直す日を待っているのは、 他でもない、私なのだ。 (楽しめれば十分さ)と |
4月28日(土)
風に微熱の帯がたなびく春爛漫。この日の光に照らされることを待っていた森羅万象。 @岩手山麓
薫風に包まれるだけで 2時間や3時間走っていられる。 絹ごしのエンジンに身を委ねれば、 5時間や6時間走るのは容易い。 見慣れぬ海や山を眺め 今夜の宿と飯を思い浮かべれば、 宵闇の果てまで走っていける。 走った距離を勲章に 欠伸を噛み殺していれば、 2日や3日は走っていられる。 出逢いだとか旅情だとか あるいは人生だとか 何某か意味を重ねれば、 物語めいて走っていられる。 さて、私は、 50分で今朝の旅を切り上げ スカイブルーのネクタイを しめたのだった。 |
4月27日(金)
青空もあった。陽射しもあった。花も咲いていた。けれど、霜注意報が終日出ていた。 @盛岡市
風の強い日だった。 雲は走り、光は唐突に影をはらい ためらいもなく彼方へ飛び去っていく。 一面の若草は 輝きと暗闇の狭間で踊り狂っている。 鍬を持った一団が私を取り囲む。 草原の真っ只中を指差し、 「ここに穴を掘れ」と言う。 私は、錆びた鍬を振り下ろし、 春の土を掘り起こしていく。 穴を深くするほどに見えてくる。 つまり、私は、 私の墓穴を掘っていることが。 やがて、何か固い手応えがあり、 どよめきが上がる。 黒土の中に鍬を抱く遺骨が あらわれたのだ。 春光を吸って白く眠る者を 埋め戻そうとして 夢は途絶えた。 |
4月26日(木)
夜明けの雷鳴。やがて冬雲に包囲された青空。大気不安定の強風に水滴と氷粒が混じった午後。 @岩手山麓
人は、 自身によく似た者の存在が どうにも許せないのか。 訳知りは 道を説く者が我慢ならないのか。 腕利きは 鋭い跡を残す者を認めないのか。 顔役は、 泰然自若の大者を遠ざけるのか。 そして、 美の理解者を自負する者は、 季節の旋律に耳を傾け、 造形に目を凝らす者を 見下すというのか。 では、 ただひたすら走り続ける者は どうなのだ。 併走しない限り、 巡り逢う空は異なっているから、 風にまじる棘も無いはずだが、 さて、どうなのだ。 |
4月25日(水)
そりゃあ曇る日もあるだろう。小雨に濡れる日もあるだろう。けれど、待ちに待った花の季節なのに。 @盛岡市(石割桜)
この花を幾度眺めたか、 数えることは、もうない。 其処は、 旅先の名所のひとつではなく、 ひっそりと立つ老木の日常なのだ。 日に照らされ、 雨に打たれ、 雪に埋まり、 思い出したように花を咲かせる 一本の樹木のありのままなのだ。 花とは無縁の頃、その幹に寄り添い、 花をすべて失った頃、その影に染まり、 見向きもされない季節にこそ 其処に足をとめる者でありたい。 |
4月24日(火)
朝方の霧はみるみる払われ、手放しの青空が広がったのも束の間、春の薄雲に覆われていった夕暮れ。 @岩手山麓
春は刷新の季節だ。 机を整理していたら、 見覚えのあるマニュフェストが 出てきた。 それとなく読み直して はっとした。 「ちゃんと聴きます。 隠し事はしません。 ちゃんと説明します。 誤りを認めることを恐れません。 無駄遣いしません。」 今日の山に向かって声に出しても けして負けない、 おおらかな確信だ。 |
4月23日(月)
春本番へのトンネルを抜けたのか。午後になって雲は切れ、陽射し漏れ、澄み切った星空。 @岩手山麓
(遠い昔の話だ) その切れ味に耽溺し、 質量を転がし満たされ、 眺めては溜息する日が、 あるには、あった。 (心模様は変った) 走り出す真意は、 選び取った大地の 今日という日の 暁を目撃することにあり。 夕闇に立ち会うことにあり。 白日の夢を追うことにあり。 そこへ至る手段として、 そこを求める理由として、 鉄馬に火炎は宿り、 季節の泥を蹴立てるのだ。 |
4月22日(日)
なまあたたかい雨は、けして叩きつけることはなく、人と木々に寄り添った。 @花巻市(山屋トライアルパーク)
何ができるとか、できないとか、 そういうことではなくて、 自らを ひとつのルールのもとに置き、 ひとつのリングに上げ 力の限りを尽くし、 厳正な判定を下されることが うれしいのだ。 乗り越える場所に 曖昧な笑顔はいらない。 余計な忖度はいらない。 裏腹な言葉もいらない。 ただ積み上げたものだけが通じる。 ここでは 失敗する者を誰も非難しない。 指さし嘲笑う者はいない。 歳月を重ねるほどに 理解できる挑戦の風景を じっと見つめ、 時に拍手するだけだ。 |
4月21日(土)
昼前には青空も陽射しもあらわれた。けれど、午後の印象は、断続する天気雨だった。 @滝沢村(トライアルパーク)
(ねえ、あなた) 背中の刀傷が消えかけているわ。 あんなに大きな傷が かすり傷みたになって、 洗っても洗っても落ちなかった 血の匂いが 春の花みたいに甘く香って。 (ねえ、あなた) あなたの背骨を支えた刀傷が どこかの落書きみたいになって、 剥げ掛けたペンキが可愛くて。、 (ねえ、あなた) 笑い話みたいな思い出だけれど、 それを背負うあなたには、 振り向いても振り向いても 見えないから、 いつまでも悲しいのね。 |
4月20日(金)
最高気温16度2分(盛岡)。昼休みの屋上で束の間ワイシャツを腕まくりしてみたい春だった。盛岡で桜の開花宣言。 @八幡平市、
幾度同じ場所へ向かっても、 風の歌は、 変わることなく告げて来る。 道は、 けして同じではないことを。 空は、 けして燃え尽きないことを。 山は、 けして逃げ出さないことを。 一人は、 けして寂しくはないことを。 涙は、 けして冷たくはないことを。 そして、嗚呼、 走り続けた日々は、 けして綴りきれないことを。 |
4月19日(木)
晴れ切った朝の青空と陽射しの勢い。つられて14度9分(盛岡)まで上昇したが、夕闇は春になり切れないでいた。 @八幡平市
花が散った理由を 誰かが知った顔で説明する。 みすぼらしい理由に風が凍る。 あっけない理由に日がかげる。 他に理由は無いと言い切るから、 四月の空に雪が舞う。 花を踏みにじったのは 酔漢の仕業ではない。 満開の樹に火を放ったのは、 狂人の仕業ではない。 薫風に毒をしのばせる黒い影が、 氷山の如きとてつもない影が 粛々と動いたことを 誰もが予感しながら、 ありきたりな理由にすがりつく。 |
4月18日(水)
マイナス2度9分とプラス13度1分の間に、本当の春が孵化しかけていた。 @盛岡市
燃料も弾薬も充分だった。 白銀の鳥は 地平線の彼方で 戦えるはずだった。 けれど、このふくよかな大気の中を 音速で突き抜けていく理由は もはや微塵も無かった。 幾多の冬を撃墜してきた翼は、 みるみる高度を下げて 丘の残雪に滑り込んだ。 風防を開くと風が甘く匂った。 鶯がゆっくり笛を吹き出した。 大地に降り立てば、 とけていく雪がやさしく受け止めた。 (俺はここで生きていてよいか)と 叫んだ。 山麓に祝砲が轟いた。 それを合図に、 とめどなく涙が溢れた。 天空に散ったものどもの遺灰が 風にまじり 頬をちりちりと刺した。 |
4月17日(火)
雲は朝のうちに払われ空は開けた。けれど、いくら陽射しを浴びても北風が街や山の体温を奪っていった。 @八幡平市(七時雨)
繰り返し繰り返し 風のナイフで削ぎ落とせ。 口数や、思惑や、迷いを削り、 口約束の未来や、 お気に入りの過去や、 薄っぺらな幸福論を 削ぎ落とせ。 削りに削って ついに一本の鞭となり、 闇を打て。 削っても削っても 痩せ細ることのない志を握り 夜を越えていけ。 |
4月16日(月)
朝方の小雨に濡れた街は、遂に陽射しに恵まれず、山並み隠す冬雲を見渡し、冷えた夕闇に包まれた。 @岩手山麓
人ひとり死なないと 生命を語れないのか。 友ひとり失わないと 孤独を綴れないのか。 夢ひとつ破れないと、 敗北が解らないのか。 国ひとつ滅びないと 必然を描けないのか。 星ひとつ落ちないと、 神に気付かないのか。 |