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イワテバイクライフ 2007年 11月前半


11月15日(木)
朝霧で一日は始まった。制空権を握る雲の間隙に空の蒼さや光はのぞいたが、記憶に刺さったのは冬の棘。 @盛岡市


  沈む舟に気休めを言うな。

  万にひとつの希望もないことを
  正しく伝え、
  潔く別れを告げるのだ。

  思い出を美しく飾るより、
  明日の苦しみを思って黙り合え。

  嗚呼沈み消えていくことは、
  こういうことなのかと
  掌(たなごころ)に絶望や諦観を転がし、
  それが、この地上においては
  実に些細なことであることを
  知ってしまえば、
  とめどなく溢れるものも
  さらり未練を洗い流す涙になる。


11月14日(水)
おだやかな初冬の陽射しは、ゆっくり雲に遮られ、宵闇に歩き出せば、街は小雨に濡れていた。 @岩手山麓
  
  
  排気量883ccの波動は、
  陽気に弾けて道をなごませる。
  
  プルバックハンドルに
  手を添えれば、
  胸は開かれ風を受け入れる。
  
  V型二気筒エンジンに
  耳を澄ませば、
  地の底にたぎる魂。
  加速とともに高鳴る熱情の連打。
  
  このしたたかな子馬に跨り、
  私をどこへ連れて行こうか思案する時間の
  何と乾いて軽いことか。
  
  風に躍る光は、
  不透明な心の皮膜さえ吹き飛ばし、
  行く手に沸き立つ冬を照らし出す。
  こみ上げる私の笑顔を照らし出す。

  
  (憂い無き私こそが、この朝の性能)


11月13日(火)
昼前後までは、雲の切れ間に蒼い空がのぞき、初冬の陽が射した。けれど、夕刻に向かうほど雲は暗く厚みをました。 @岩手山麓


  彗星の如く現われる者よ。
  私は疑い深いのだ。
  季節や歳月を飛び越えて
  いきなり真ん中で輝き出す者を
  私は訝しがるのだ。

  明るく澄み切った心や

  懸命な汗に嘘は無いと信じるが、
  もの静かな人の輪の中に

  ある日空から降って来て、突如燃え盛る炎を
  私は諸手を上げて歓迎できないのだ。

  ともに汗を流し、

  語り合い、手を握り、絆を結び、
  希望の種を播き、夢を膨らませたその途端、
  一切を置き去りにして消える者を
  幾度と無く見てきた。

  (だから)
  彗星の如く現われる者よ。
  私は、無条件に握手など出来ないのだ。
  百年の友のように抱き合えないのだ。
  とてつもない約束など恐ろしくて出来ないのだ。

  ある朝、理由も告げず時を止める者に、
  取り残される者の悲しみを知っているから、
  彗星の如く現われる者に
  私は、屈託なく微笑みかけられないのだ。


11月12日(月)
とりたてて強い雨ではなかった。ためらいがちに風にまじる細かい雨滴だった。 @盛岡市


  貧し過ぎてはいけない。
  すべてに対価を求めるようになる。

  信じ過ぎてもいけない。
  すべてに神の声を使うようになる。

  夢を追い過ぎてもいけない。
  すべてに犠牲を押し付けるようになる。

  熱くなり過ぎてもいけない。
  すべてに二者択一を迫るようになる。

  そのような滑稽なものから人は離れ、
  おそろしく空疎で哀れな舞台が回り始める。


  (そうなる前に、目をさませ)


11月11日(日)
頭上を横断していく低気圧。朝から断続的な小雨。けれど、昼前後に瞬間の青空が開けた。 @滝沢村(トライアルパーク)

  
  休暇願い

  来る11月11日(日)
  私事にて休暇を頂きたく
  お願い申し上げます。

  滝沢村で開かれる
  自然散策の会に参加するためです。

  より深く山の懐に分け入り、
  岩手の環境を子細に観察し、
  その現状と未来について語り合うものです。

  同時に、道無き道を探検したり、
  急斜面や岩場で冒険しながら、
  自然に触れ合う素晴らしさを確かめ合い
  発信する道筋について
  考える場でもあります。

  なお、開催時刻は
  午前8時から午後2時頃まで。
  山間部ゆえ、
  携帯電話の交信が
  困難になるものと思われます。

  地域の方々との絶好の交流の場と
  御理解いただき、
  何卒、休暇のお許しを頂けますよう、
  伏してお願い申し上げます。


  以上


11月10日(土)
前日まで曇りだとか雨だとか、天気予報に脅されていたが、青空も陽射しもあって、まずは穏やか。 @岩手山麓


  (もう、いいのだ)
  
  何を持ち去られようと。
  何を盗み出されようと。
  
  (もう、いいのだ)
  
  それで
  この地に暮すことが許されるのなら、
  知らぬ振りをしてもらえるのなら、
  まったく安いものだ。
  
  (ただし)
  私の日々の断片など
  誰にも復元できない全体の一部だから。
  何を持ち去られようと。
  何を盗み出されようと。
  まあ、いいのだ。

  私の行く先など
  誰も知らないのだから、
  何がどうであれ、
  まあ、いいのだ。

  (全貌は、最後の最後に現われるから)


11月9日(金)
朝霧は晴れて、のどかな青空と陽射しに春を思い出した。とはいえ岩手山は終日雲に隠れがちだった。 @盛岡市


  夜の路地裏だった。
  裸電球の下に私は立っていた。
  手には分厚い名刺の束を持っていた。
  
  一枚一枚
  名前を口にしてみても、
  浮かんでくる記憶は無かった。
  印象の欠片さえ無かった。
  
  ただ、大事に握りしめていたからには

  少なからず縁のある人々なのだ。
  (そうに違いない)
  
  手を差し伸べてくれた人や

  扉を開けてくれた人や
  道をつけてくれた人や、
  かばってくれた人や、
  闘ってくれた人や、
  とてつもない恩人達に違い無いのだ。
  
  夜明け前の闇のかすかな標(しるべ)は、
  星の瞬きだ。

  私は、初冬の星座に
  ひとりひとりを訪ね歩く旅を決心し、

  見たこともない住所に目を凝らすのだった。
  
  自らの足音に耳を澄ますうちに
  夢は遠ざかった。


11月8日(木)
夜明け前後は確かに晴れていた。みるみる山並みに霧がかかり、空は雲に覆われ、昼過ぎには冷えた小雨。 @盛岡市


  かつて、旅を重ねる私を見送る影は無かった。
  振り返り、手を振る必要も無かった。
  ことさらに作る笑顔も無かった。
  ただ私の心を尋ねる声があった。
  
  大丈夫か、と疑う。

  (大丈夫さ)
  人の知らない道を行く。
  
  怖くないか、と問う。

  (怖くは無い)
  一度死んだ私だから。
  
  武器は?と訊く。

  (いらないさ)
  もはや殺し合わないから。
  
  めざす場所、たどる道程、のぞむ静寂。

  すべてを鮮明に思い浮かべられれば、
  それを生命力というのだ。
  
  大丈夫、怖くは無い。まして武器には頼らない。

  黙々と確信の足跡を残していけば、
  旅の果ての「今日」は鮮やかに訪れる。


11月7日(水)
ひとかけらの雲の印象が無い一日。明日は立冬だから「秋晴れ」とうたいあげるには、いささか冷え冷え。 @岩手山遠望


  (明朝の仕事場を下見した)
  
  「盛岡市を見渡す丘に来ています。

  北東北の11月。
  きりっと澄み切った空に
  岩手山がそびえています。
  頂の雪の白さが鮮明です。
  
  ここ盛岡市の玉山地区は、

  本州の中で最も冷え込む地域のひとつですが、
  こうして立っていても
  冷えた空気が針のように頬を刺してきます。
  
  明日は立冬。

  日毎の冷え込みで
  この丘も秋から冬へ色彩が移ろいます。
  あたりのカラ松の丘は、
  すっかり赤茶色に染まりました。

  
  盛岡の初雪の時季も、ちょうど今頃。

  目を覚ませば銀世界が広がっていても
  おかしくない盛岡でした。」

  
  (そんなことを呟いて、覚悟を決めた)


11月6日(火)
どこか薄ら寒い曇天。回復するのか悪化するのか、気配すらない無風状態風。 @滝沢村


  ものごとを覚えるには、
  いくつか道がある。

  ひとつ試しては、立ち止まり、
  じっくり考え、呼吸を整え
  次のトライに向かうスタイル。

  基本を延々繰り返し
  「もうよかろう」となって
  応用問題をおもむろに開くスタイル。

  そして、
  初めから難解なものに
  遮二無二飛び付き、
  はね返され、叩きつけられながら
  正解の輪郭を指先に感じ
  ぶっ倒れる頃、
  ついに核心を掴むスタイル。

  私は、猟犬のように
  何かを突き詰めていく道程が
  もう好きで好きでならないのです。
  ひとつでも一回でも
  何かを私の今日に刻んでおきたくて
  秋の落日と競争するのです。
  憑かれたように失敗を重ねるのです。
  


11月5日(月)
すっかり忘れていた初霜や初氷が、まとめてやって来た。とはいえ、秋の陽射しのもと、さっさと大地は温もった。 @滝沢村


  そこに暮らしていたければ
  良い仕事をするだけでは足りない。

  人に好かれ、
  人に頼られ、
  人に尽くすだけでも
  明日を保障するものにはならない。
 
 (まだ、わからないか)


  懸命なものを疎ましく思う人の闇を知れ。
  強く求めるものを傷付けたがる人の闇を知れ。

  秋だからと、
  ひときわ鮮やかに燃えることなく
  全山のどこかに紛れ込む
  迷彩色の一本であれ。

  そのように、
  まんまと居続けろ。


11月4日(日)
朝の地面は湿っていたが、まずまずの晴天で乾いていった秋。街のあちこちに落葉の絨毯。 @滝沢村


  私に法外なものを負わせ
  あるいは法外なものを奪い
  闇と手を打ち
  見事逃げ切ったあなたは、
  さすがに後ろめたいとみえて
  私の顔色を窺っている。
  
  私につつましい楽園を与え、

  ひたすら穏便を願っている。
  
  この大地で私が微笑む限り、

  厄介なことにはならないと踏んでいる。
  
  (そんな思惑はさておき)

  
  この穏やかな場所は、

  どんな卑劣も忘れさせてくれる。
  この澄み切った時間は、
  どんな悪夢も洗い流してくれる。
  
  (だから、永久にここで正気を保つのだ)

  
  埋めようの無い悲しみと怒りを

  鎮められるのは
  ここに生きる人々と
  繰り返される季節以外に無いのだ。


11月3日(土)
枯れて舞い落ちる寸前の晩秋を湿らせ暗くする小雨が断続した。 @岩手山麓


  見渡す限り人影もまれな大地にあって、
  町といえる場所においては、
  心得ておくべきことがある。

  いいか。競争は無い。
  いつの時代からか決められた序列が
  あるだけだ。
  (だから、結果を求めるな)

  いいか。境界は無い。
  いつもと変わらぬ顔ぶれが何処にも
  並ぶだけだ。
  (だから、欠伸などするな)

  いいか。選択は無い。
  いかなる時もすでに出ている結論に
  従うだけだ。
  (だから、無心に踊り狂え)

  いいか。孤独は無い。
  いかなる者も一人にさせない祭りに
  飲まれるだけだ。
  (だから、静寂を求めるな)

  そこに千年生きる勇気がある者だけが
  裏口に招き入れられる。


11月2日(金)
青空は覗き、陽も射した。けれど、夕べの雨に濡れた落ち葉の絨毯を乾かすほどの熱は無かった。 @盛雄市


  実戦を知らぬ者よ。
  血の味や恐怖の匂いも知らぬ者よ。
  怒りの熱や狂気の沙汰を知らぬ者よ。
  保身のための作文に明け暮れる者よ。

  私に苦労させようというのか。
  悪いが、
  そんなものを苦労とはいわない。

  私に汗をかかせようというのか。
  悪いが、
  そんなもので汗は一滴も流れない。

  懲らしめてやろうというのか。
  悪いが
  そんな意地は痛くも痒くもない。

  (机上の野心よ、密室の小心よ)
  
  さあ、私を潰すほど使いこなせ。

  思い切りアクセルを踏んでみろ。
  限界までブレーキを掛けてみろ。
  滑り出すまでハンドルを切ってみろ。
  そんなやわな鞭では、眠くて仕方ない。
  
  (まったく毎日が朝飯前の楽園だ)


11月1日(木)
しみったれた秋の一日。お愛想程度の薄日は昼過ぎまでもたず、断続する小雨がビタビタビタビタ。 @岩手山麓


  私は、
  私というものは、
  すっかり骨になった後で、
  偶然、誰かが思い出す
  私の声や癖や仕草や
  失敗などの印象であって

  やり抜いたことや
  考え抜いたことや
  魂をこめたことや
  まして刻んだ道程の全体などではないことが、
  ようやく
  ぼんやりですが
  わかってきたのです。
  
  (だから)

  今日という日の私は、
  私とともに死んでいく私であって、
  私だけが克明に思い出せる私であって、
  ついに誰のためでもない私であって、
  もうそれで充分なのだということが、
  ようやく
  ぼんやりですが
  わかってきたのです。


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