イワテバイクライフ 2007年 11月後半
11月30日(金)
放射冷却の朝。氷点下5度1分まで冷えた盛岡も、日中は、穏やかな青空と陽射し。すっきり夕焼け。 @岩手山麓
この天地が 私の誇りだ。 その狭間に生きているから 胸を張る。 その狭間を走っているから 朝は来る。 その狭間の風を浴びるから 心は開く。 この天地に流れる歳月こそ 私の記憶。 この天地で出会うものこそ、 私の仲間。 この天地に待つ最期こそ 私の幸福。 |
11月29日(木)
盛岡で最低気温が氷点下5度1分(この冬一番の冷え込み)。とはいえ、快晴、風も無く、光溢れて、皮膚感覚は春か秋。 @岩手山麓
吸った息を吐く。 それだけで、わかることがある。 2年や3年で もっとうまい空気を欲しがる者に、 20年や30年続く息など無用だ。 ちょっと吸って、ちょっと吐くだけだ。 余計な息は吸わない。 余計な息も吐かない。 所詮は、2年や3年だ。 さて、生涯をこの大地に託す者の呼吸は、 どうだ。 空を飛び、水に泳ぎ、 風に騒ぎ、光に踊り、 やがて土にかえる一切のものの香りを、 永久の器に満たすのだ。 満たしたものを、 刻一刻、夜毎日毎、春夏秋冬、 途絶えることなく、静かに、ゆるぎなく 一直線に吐き続けるのだ。 その風を 地平の彼方へ響く声音に換えて 語るのだ。奏でるのだ。 (この地に生きる証の旋律だ) |
11月28日(水)
突き抜けた青空。柔和で眩しい陽射し。いわゆる小春日和。最高気温7度9分で季節は立ち往生。 @岩手山麓
なあ、友よ。 俺は、酔い覚めの水が欲しいだけだ。 砂糖水に蜜を入れて、飲めというのか。 なあ、友よ。 君は君で頑張れ。俺は俺でやり抜く。 (道は同じでも、やり方は違う) 君は君で悩め。俺は俺で考える。 (女学生の交換日記じゃあるまいし) 君は君で歳をとれ。俺は俺でもうろくする。 (同じ日溜りなど、まっぴらだ) 君は君でなりあがれ。俺は俺で食っていく。 (インチキなものの世話にはならない) 君は君で消えていけ。俺は俺で始末する。 (墓が欲しけりゃ山野に石を積む) なあ、友よ。 互いに無事で、すれ違う日があれば、 にっこり握手して、百年分、肩を叩き合えばいい。 それで何が不足だ。 |
11月27日(火)
申し分の無い青空。風弱く、身にしみるほどの寒気無し。猶予された冬と言うべきか。 @滝沢村(トライアルパーク)
師匠が、 見上げる斜面に課題(セクション)を定めた。 進める場所はおそろしく限られた。 「さあ、トライしてください」と山が号令した。 覚悟を問う道(ライン)だった。 それは、 11年目のトライアルに突き付けられた 「節目の試験」に違いない。 昨日までの私に別れを告げる儀式は、 感慨に浸る余裕も許さぬ嶮しさだった。 (さて) 私は、どれほどの者なのだ。 私は、何をどこまで出来るのだ。 それを 自分で決める者もいる。 他人が決める者もいる。 いずれにしても 立つべき場所を一段進めたいのなら、 自身が確信できる者であれ。 人が背中を押す者であれ。 なにより、 周囲が祝福する者であれ。 |
11月26日(月)
最高気温14度8分(盛岡)。浴びる風、時折の水滴に冬の棘は無かった。ただ冬の晴れ間に勢いも無かった。 @岩手山麓
夢を見た。 そこは、スコットランドなのだ。 私は、ツーリングトライアルの大会に 参加していたはずだ。 けれど、スタートして何日が過ぎたか 思い出せない。 (大会は6日で終るはずだった) ただ、辿るべき道程と 挑戦(トライ)すべき場所が 果てしなくあることは確かだった。 巨大な岩山の上に 民家が点在する集落にさしかかって、 旅は止まった。 山を下りようにも 断崖に次ぐ断崖で、 およそオートバイを受け入れるルートが 無いのだ。 私は、完走を諦め、 その集落にとどまった。 やがて女と暮すようになり、 めざすゴールのことなど忘れていった。 ある日、彼女は私に告げた。 (さあ、勇気を出して、崖を飛び降りるのよ) 早く祖国へ帰れという女は、 結局、隣で寝息を立てる君だった。 |
11月25日(日)
柔和な青空のもと、山の雪はゆるみ、街は乾いた。最高気温は県内各地12度から15度という温暖。 @岩手山麓
何から何まで揃っていると 選んでいるうちに日は暮れる。 私の朝には ひとつの山があるだけだ。 麓のまわりを 歩いては、立ち止まり、 走っては、引き返す。 そのように時を満たすばかりだ。 (選ぶのではない。受け取るのだ) 何が何でも行列までして、 待っているうちに日は暮れる。 田舎道では、 進む意思こそが風の先頭に立てるのだ。 求める場所に一番乗りだ。 そのように心を満たすばかりだ。 (待つのではない。掴み取るのだ) まったく、 澄み切った孤独の大地では、 ありのままを 受け取るだけだ。掴み取るだけだ。 |
11月24日(土)
薄日も射したが、曇天を裂き割る青空も無く、最高気温3度6分(盛岡)。午後になって一時の小雨。 @岩手山麓
待ち望むな。 その地平に何も現れないだけなのに、 歳月を長く重くしてしまう。 追い求めるな。 その手中に何も掴んでいないだけで、 心は耐え難いほど渇き切る。 想い浮かべるな。 その幻が幻のままであるだけなのに、 現実をいたずらに歪ませる。 信じ込むな。 その予言の通りにならないだけなのに この世の終わりと思い込む。 |
11月23日(金)
早朝の歩道に濡れ落ち葉が凍っていた。日中は薄日も射し、凍った葉も解凍し、アスファルト道路に転げていった。 @滝沢村(トライアルパーク)
あの夜 名古屋の居酒屋で先輩のS氏は切り出した。 「東京と大阪、どっちへ行きたい?」 熱い酒を腹に落して、私はこたえた。 「東京は、例えるなら、芥川賞です。 一度は行っておきたいのです」 翌年、私は東京という舞台を得た。 (あれから20年) 66歳の彼が岩手に現れた。突然だった。 「ちょっと仕事を作ったんだ。 場所を貸してくれないかな」 口髭には卒業した者の余裕。 ゆったり大きく歩く姿には 縛られない者の矜持が見えた。 山登りが三度の飯より好きな彼は、 「そのために働かなくちゃ」と おどけてみせた。 別れ際に 「君は、どうなの?イワテを選んで」と 久しぶりに真っ直ぐ訊ねてくれたから、 (例えるなら、気が狂いそうなほど幸せです)と こたえてみた。 「そうだろ。いいだろ。ね」と頷く口髭は 小雪ちらつく宵闇に消えて行った。 (仕事なんかじゃない) S氏は私の本心を確かめに来たのだ。 |
11月22日(木)
1月下旬並みの冷え込み。内陸南部では西和賀町など70cmを越える積雪。11月としては異例の分厚い銀世界。 @盛岡市(某バイクショップ)
(氷点下の夜明けだった) 大空港の片隅のカフェに女は待っていた。 33年前と同じショートヘアだった。 ついに片思いで終った私は その瞳に思いの丈を語ると、 ジェットエンジンの轟音の中で、 彼女は微笑んで言った。 「時間がないわ。さあ一緒に」 私は黒いコートを抱き寄せ、 出発ロビーへ急いだ。 その時、 私は、置き忘れた鞄に気付いた。 そのまま飛び立ってもよかった。 けれど、 どうしても捨てられないものが 詰まっていた。 私は引き返した。 狂ったように人ごみを押し分け、 非常階段を駆け巡った。 鞄は、ついに見つからなかった。 引き返すと、飛行機は離陸した後だった。 夢の果ての蒼白い朝。 隣に君の寝息が聞こえる。 |
11月21日(水)
午前中は陽も射した。けれど、昼過ぎからは灰色一色。おおむね氷点下だった。風雪注意報とともに夜を迎えた。 @岩手山麓
私のことを決めるのは、 私ではない。 風に吹かれて決まっていく 何かのひとつが、私なのだ。 求めても、 即座に手に出来るものはない。 ある日、 そっと握らされているものが、 すなわち求めていたものだ。 捨てたくても、 即座に斬捨てられるものはない。 ある朝、 突然消されているものが すなわち不要なものだ。 思い出そうとしても 即座に心に浮かぶものは無い。 ある夜、 音も無く戸口に立つ影こそ 思い出すべきものだ。 |
KTM 200EGS
11月20日(火)
ダークグレーの冬空に青く明るい隙間もあったけれど、やがて閉ざされ、山は雪に霞み、街は雨に濡れた。 @岩手山麓
冬なんて 風が刺すように冷たいだけだ。 (掌を返す人の心よりは温かい) 冬なんて 行く手が雪に閉ざされるだけだ。 (寛大を装う人の心より正直だ) 冬なんて 行き倒れれば白く凍るだけだ。 (死者に鞭打つ人の心より優しい) |
11月19日(月)
街は、うっすら雪化粧。山は、多少の厚化粧。青空もあったが、何より氷の皮膜の艶めきこそ全て。 @盛岡市(北上川)
都合の悪い話は、 のるかそるか せっぱつまった時に そっと差し出されるものだ。 うまくいっている時は 笑い話と一緒にされて 誰も振り向かない。 都合の悪い話は ひと息にケリをつける時に とどめの一撃が必要な時に 引きづり出される。 雪崩を打って現われる。 何十年も前の話が 美味そうに匂い立って、 審判の晩餐にのぼる。 (気を付けるがいい) ピクルスの瓶の底に 劇薬は今も準備されている。 その日のために。 |
11月18日(日)
午前中は冷えた雨。夕闇に小雪が舞い始め、大雪、風雪、着雪の注意報。白く染まっていく夜。 @盛岡市
今日という色彩は、 おそらく 今年の秋があったからだ。 去年の夏があったからだ。 一昨年の春があったからだ。 記憶の彼方の冬があったからだ。 そして何より、 ここに現れ、立ち止まる私がいたからだ。 (何故ここだったのか) それは、 今年の私だったからだ。 去年の私だったからだ。 一昨年の私だったからだ。 記憶の彼方の私が 今日という日を信じて生きていたからだ。 今日という現象は、 果てしない未来のためにある。 (歳月は、この一瞬の為に流れている) |
11月17日(土)
冷えた青空。うねる冬雲。石割桜の雪囲い。冬用タイヤ交換の賑わい。 @岩手山麓
もしや、その国は、 安らかな死を待っているのか。 正月や盆や祝日を繰り返しながら、 歴史が終る日を待っているのか。 自ら立つために汗や涙を流すより 餅を喉に詰まらせ逝く日を選んだのか。 長い長い行列の最後尾で 人並みになる日を待っているのか。 美食や旅行に執着しながら、 巨悪や不条理を素通りさせるのか。 株や原油や戦争の行方を見届ける気力も失い すべてが止まる日を待っているのか。 回復や再生などとうに諦め、 慎ましい何処かへ着地できると思っているのか。 弱った者など放っておけば 仏になるとでも思っているのか。 手切れの金を掴み取って逃げ切れば 核戦争でも何でも起きて良いと思っているのか。 愚かな為政者が国の形を破壊し、 すべてがリセットされる日を待っているのか。 (未来は、惨憺たるイメージのその先に待っている) |
11月16日(金)
盛岡で「初雪」観測。平年より8日、去年に較べて4日遅い発表。日中も冷え冷えとした青空。 @盛岡市
川の流れだって 止まることがある。 君がいなくなった日に 蒼白く凍った。 雲の流れだって 止まることがある。 君を不意に失った日に 暗く山を覆った。 星の群れだって 道を捨てることがある。 君が長い長い旅に出た日、 莫大な数の星が落下し 夜は幾筋もの涙を流した。 ああ、 すべての流れを すべての灯を 君のすべてを 取り戻すまでに どれほどの歳月が流れるのだ。 |