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イワテバイクライフ 2008年 3月後半
2008年3月31日(月)
ためらいがちに小雨は朝の街を濡らし、まれに霙(みぞれ)が脹らみかけた春を打った。午後の街はしだいに乾いた。 @盛岡市
摩天楼から見渡す都市は、 雨に濡れてモノトーンだった。 夜明けなのか、夕暮れなのか 判然としない薄明かりだ。 私を乗せたエレベーターは、 ワイヤーが切れたように ひたすら降下を続け、 地底に激突すると思った瞬間、 ぴたり止まって扉が開いた。 大聖堂を思わせる地下鉄のホームに 私は立っていた。 思わぬ方向に轟音がわき立ち、 電車が滑り込む。 始発なのか、終電なのか、 車両の中に人影は無い。 電車は、螺旋状に身をくねらせ、 闇を貫通していく。 停まる駅など忘れたように走り続ける。 (私が帰る場所とは反対方向だ) どうやら、 降りる駅の名前を思い出すまで、 漆黒の快走は止まらないらしい。 記憶に眠るありとあらゆる駅名を叫びながら 夢は警笛を残して遠ざかった。 |
2008年3月30日(日)
初夏さえ思わせた3月の印象のせいか、最高気温・9度4分(盛岡)や薄雲越しの青空など、もはや平凡以下。 @花巻市(トライアルパーク)
君の力を みんなが知っている。 どこをどう辿って頂に駆け上がるか、 すっかりイメージは出来ている。 君がじっとする瞬間を みんなが凝視する。 体のバランスが一点に集中し、 心が決まった途端、 君は、宙に舞い、頂に立つはずだと みんな信じている。 けれど、 君が失敗するかもしれないことも みんな受け入れている。 君が君でなくなる瞬間のことも みんな理解している。 ほんの数o道筋から外れても、登れない。 ほんのひと呼吸合わなくても、登れない。 正念場に立つ君の気持を みんなが感じている。 岩の淵で揺れる君の心に みんなが寄り添っている。 (まったく、幸せな挑戦だ) |
2008年3月29日(土)
前日予想されていた朝方の雨や雪は降らなかったが、概ね冷えた雲に占領された。岩手山の眺めも束の間だった。 @岩手山麓
平穏な日々を取り戻すたび、 城からの使者が来る。 頂をめざすことを禁じられた男は 山に留まりキコリになった。 木を伐りながら 頂を間近に見れば心は静かだった。 木を伐ることを禁じられた男は 山を下りて絵描きになった。 絵筆に季節を添えて 頂を画布に残すたび心は救われた。 絵を描くことを禁じられた男は 絵を焼き払い詩人になった。 天地の狭間に魂を収穫し 頂を心の中に見上げて満たされた。 ある日、男のもとに城からの使者が来た。 「一切の言葉を口にしてはいけない。 文字にしてもいけない」そう告げて立ち去った。 男は、その日を限りに風となって消えた。 春になると、鳥の囀りは朗々たる詩になった。 夏になると、夕立にとけた絵の具が里を染めた。 秋になると、真っ赤な山腹に紫の狼煙が立った。 冬になると、吹雪の頂に続く男の足跡があった。 |
2008年3月28日(金)
うっすら陽もさしたが、春を取り戻す熱も無く、気温は7度に届いたところで力尽き、冷え冷えと夕闇。 @岩手山麓
見える山に 登る気になれば登れてしまえる時、 充分気をつけることだ。 何年も前から その頂に立つことを熱望し、 涙ぐましい準備を続ける姿がある。 (だから、気紛れに登ってはいけない) ずっと昔から その頂を己の領地と主張し、 槍や刀で人を寄せ付けぬ姿がある。 (だから、足跡など残してはいけない) 幾代にも渡り 山麓に王国の建設を構想し、 道という道を独占する人影がある。 (だから、地図など広げてはいけない) それら一切を無視して 頂に小石を積んだ者は、 ことごとく消されてきたのだ。 広大な山裾に巣食う黒い影が 「畏れを知らぬ余所者め」と罵り、 登頂の証を潰してきたのだ。 (そのように街も廃れていくのだ) |
2008年3月27日(木)
霧はうすれ、夕べの雨に濡れたまま夜は明けた。日中は青空ものぞいたが、どこか険しい雲。春は半歩後退。 @盛岡市
私は もう何年も前に、 もしかすると、ずっと昔のあの日、 船をおりたような気がするのです。 確かに 私は、今日も海の上ですが、 船に乗っているという感覚が無いのです。 かといって、 怠けることもなく、むしろ精一杯、 汗を流しています。 誰に隷属することもなく、 ただ爽快な風に従うだけなのです。 膨らむ帆を見上げて微笑む私の正体は、 (きっと) 水平線に舞う白い海鳥です。 船を離れた心が、翼になって ほら、茜色に染まるのです。 |
2008年3月26日(水)
終日、小雨・霧雨の断続。大気は不安定で全域に雷注意報。盛岡の桜開花予想日は更に早まり4月14日。 @盛岡市(中津川)
あなたは、殿様だか大名の末裔だから 刀は抜かなくてよいのです。 斬り合いが始まったら 私にまかせて、 お逃げになってください。 あなたは、子爵だか伯爵の末裔だから、 銃を撃たなくてよいのです。 撃ち合いが始まったら 私にまかせて 物かげに隠れてください。 あなたは、大臣だか名士の息子だから 責任をとらなくてよいのです。 追求が始まったら 私に腹を切らせて 階段を駆け上がってください。 大丈夫、私は名も無い家の出ですから、 幾度でも土の中に殺され、 幾度でも土の中から生き返るのです。 荒地を耕し、汗をかくのは、私の仕事です。 どうか、あなたは、 じっとしていてください。 汚れず、傷つかず、何も考えず、 赤絨毯の部屋で遠くを眺めていてください。 |
2008年3月25日(火)
前例の有無を気にするのか、踏み切れないのか、桜は咲かない。初夏の陽気は花を飛び越えていく。 @花巻市(トライアルパーク)
ねえ、隊長殿。 あなたが 山の登り方すら知らないことに 私は驚きません。抗議などしません。 (この登山隊には、よくある話ですから) ならば、隊長殿。 あなたに出来ることは、ただひとつ。 部下を休ませることです。 (これはこれで大切なことです) そして、隊長殿。 あなたが どれほど世間知らずであっても よいのです。そんなことは、よいのです。 黙って私に安息の日を与えてくださるのなら、 あなたは良い人だ。私は従います。 最後に、隊長殿。 あなたが、 どれほど傲慢不遜な嫌われ者でも よいのです。そんなことは、よいのです。 無条件に私をこの青空へ放ってくださるのなら、 あなたは良い人だ。私は支えます。 (全力であなたを延命させましょう) |
2008年3月24日(月)
曇りのち昼過ぎから小雨。水溜りが出来るほどではなく、春の埃を抑える程度の「おしめり」。気温は・・・もう、いい。 @盛岡市
なにせ 心のカレンダーは確定しているのだ。 至福の予定は、動かしようがないのだ。 必要な休日は数えるほどだ。 月に2日や3日の日曜日があれば、 あとは何でもいいのだ。 ただし絶対に譲れない休日だから、 死に物狂いで画策する。 手段を選ばず確保する。 (あとは迷うことも無い) 白でも黒でもいい。 丁でも半でもいい。 照ろうが降ろうが、いい。 馬鹿でも利口でも、いい。 いかようにも応えてみせる。 力の限り責任は果たす。 本当の休日のためなら、 惨憺たる日々など鼻歌まじりだ。 果てしない退屈にも汗を流していられる。 恐ろしい綱渡りもさっさと片付けられる。 狂おしいほど求めた日曜日が手に入れば、 いくらでも踊ってみせる。 いくらでも優しくできる。 |
2008年3月23日(日)
この北東北の春まだ浅き三月の下旬、最高気温が19度4分(盛岡)とは。桜の蕾が膨らみ始めている。爆発的に。 @花巻市(トライアルパーク)
目の前に餌をぶらさげられた日々もあった。 その先に待つものは何だった? (美しいゴールなど無かった) 一切を叩き割りそうになった日々もあった。 その闇の果てには何が見えた? (苦しむ程のことは無かった) 誰かの前に出ることを願った日々もあった。 その差は如何程のものだった? (自己満足以上では無かった) 餌を与えれば 人は名誉に向かって走ると思いこむ輩が 確かにいるのだ。 餌を失えば、人は正気を失い、 餌を争えば、人は無理をすると信じ込み 人を操りたがる輩がいるのだ。 この愛する大地で、春爛漫の風を浴び、 仲間と腹の底から笑い、屈託無く挑む私には、 もはや、どうでもいい昨日だ。 |
2008年3月22日(土)
大気に気難しさは微塵も無く、陽射しのまま、青空のままの春だった。最高気温16度4分(盛岡)。桜の舞台は整った。 @田沢湖(秋田県)
夕暮れの山を下りる時、 私は、心の中で声をかけるのです。 山にすむ大きな力に向かって 祈りを込めて呼びかけるのです。 (無事に完走できるか)と。 夕陽に染まって走る時、 私は、風の中で声をかけるのです。 心にすむ先人の魂に向かって 子供のように呼びかけるのです。 (皆幸せに暮らせるか)と。 夕闇に飲まれていく時、 私は、風を止め声をかけるのです。 道端に佇む明日の私に向けて 親友のように呼びかけるのです。 (この日々は永久か)と。 すると、声が返って来るのです。 (大丈夫、私がついているから) 迷わず進め、信じて生きろと 声が返るのです |
2008年3月21日(金)
雲はゆっくり払われ、午後には青空。岩手山も霞をまとって現れた。やや強い北風に夕暮れは冷え冷え。 @盛岡市(玉山区)
ずしり重いものが ひとたび動き出すと 止めるのは難しい。 (だから、目的地はつくらない) 見渡す限りのものが ひとたび流れ出すと 堰き止められない。 (だから、風景ではなくて印象なのだ) かけがえのないものに ひとたび巡り逢うと 正気ではいられない。 (だから、燃え尽きるまで走るのだ) |
2008年3月20日(木)
やわらかい風に線香が匂った。カーブに墓石の群れが流れた。薄日はさしたが、青空の印象は無い。 @滝沢村(トライアルパーク)
今日手渡されたものが、 どんなにささやかなものでも がっかりしてはいけない。 たとえ不可解なものであっても 捨てたりしてはいけない。 ある日、 それら過去のひとつひとつが 重大な「ひとかけら」であることに 気付くものだ。 あるものは、壮大なジグソーパズルの 最後のピースであったり、 見たこともない物語の重要な伏線なのだ。 今日手にするものの意味を求めてはいけない。 それは、遠い未来のある日、 命を持ち、鮮明になることだから。 今日は、ただ、じっと見つめ、 そっと握りしめていればよい。 日々、何かを手にするためには、 ひとつの道を歩き続けるほかない。 宇宙を包み込むほどの精神を迎える為には、 今日という、ささやかな一日を 抱きしめるほかない。 |
2008年3月19日(水)
いささか白濁しながらも、まあ、晴天の部類だった。桜の開花予想によれば、盛岡では、平年より一週間早いそうだが・・・。 @盛岡市
朝の光を吸い 微熱をおびた土の中で 私を憎む種が脹らんでいるのですね。 身に覚えの無い理由で 傷付けられていくのですね。 一途に夢を追うほどに 遠ざけられていくのですね。 そこで うなだれてみせればよいものを、 私ときたら、 てんで暢気にしているものだから ますます憎まれるのですね。 私の野心が、 そんなところには無いことを 知らせる熱意もないまま 春は脹らむのですね。 私の復讐が、 そんなところに及ばぬことを 説明する意志もないまま 春は弾けるのですね。 放置されたままの誤解が発酵して やがて、馬鹿げた夏を迎えるのですね。 遊び呆けて真っ黒に日焼けした私が そこに突っ立っているだけなのですね。 |
愛機:GASGAS TXT PRO250
2008年3月18日(火)
もはや青空を遮るものは無かった。乾いた光だ。ふくよかな風だ。西日の熱に「初夏の夕暮れ」さえ思った。 @花巻市(トライアルパーク)
花巻の里山から ついに雪が消えた。 日陰の雪まで消えた。 この山に通い続けた。 ついに、ひと冬通った。 毎週、憑かれたように通った。 日当たりの良い斜面で 時々雪かきをしながら走った。 春が来ることを信じて走った。 (そして、まぎれもない春だ) 冬の間だけの場所のように思っていたが、 今日も迷わずここへ来た。 山は薄茶色。 斜面にバッケ(ふきのとう)。 岩は光を吸って輝き 芽吹きの影を踊らせる。 白銀の山は、もはや別人なのだ。 (それが、どこか寂しい) けれど、 見覚えのある難所が今年もあらわれる嬉しさよ。 去年は、向き合うことさえ憚られたそこへ 迷わず跳びかかっていく私も 新しい私なのだ。 冬の果ての春なのだ。 |
ライダー:高橋さん、マシーン:ベータ
2008年3月17日(月)
広がる青空を予知する声。けれど、何処まで走っても薄ら寒い曇天ばかり。誤報の極み。 @釜石港
淡い西日を浴びて埠頭に佇んでいると、 XJR1300が近付いて停まった。 「それは何というオートバイですか?」 率直な質問に私は心を開き、答えた。 「へえ、このあたりでは珍しいなあ」と ヘルメットを脱いだ顔が幼い。 大型免許は去年の夏手にしたという。 ネイキッドバイクが好きだと言う割には、 ライトのまわりがカウルに覆われている。 その側面に一枚のステッカー。 「ひとりにしておいて」 イラストは「浜辺で頭を抱えて蹲る少年」。 (大丈夫) 私に声を掛けた君は「引きこもり」じゃない。 盛岡から来たことを告げると、 「2時間ですね」と間髪を入れずに彼は言った。 「絶対2時間ですよね」と、 ただ一度の釜石・盛岡ツーリングの記憶を 誇らしげに語った。 (私には、もう少し時間がかかりそうだ) なにせ、早春の夕暮れを、薄明かりの道を、 舐めるように走るのだから、 二度と無い旅のフィナーレのように進むのだから、 帰り着く頃には、夜なのだ。 |
2008年3月16日(日)
最高気温が10度を越えるなど信じ難い日々。それにも慣れて気分は4月。ただ、爽快な青空は少ない。宵闇を霧雨が湿らせた。 @岩手山麓
その重さは、さながら隕石だ。 ところが、 ひと冬黙り通した塊に火を入れた途端、 実に正確に柔和な爆裂が起きたのだ。 煮えたぎる血液は金属の血管をとろけさせ、 火炎の呼吸は野太い脈動を生む。 滑らかに道を巻き込む車輪は、 雪に埋もれ途切れていた物語を 見事に繋ぎ合わせていく。 (おお、風が「春の序章」を奏でていく) 冬の遺骨が林立する黒土の丘のことや、 森の奥に逃げ延びた氷河の伝説や、 凍った涙を埋めて繁茂する草原のことを 早春の風が語り出す。 |