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イワテバイクライフ 2009年 10月後半
こんなことでいいのか、と わたしは思う。 来る日も来る日も この繰り返しでよいのか、と そう思う瞬間(とき)がある。 するとね、風がね、 急に静かになって、ささやくのだ。 「こんなことではなくて、 どんなことなら安心できるの?」 「日々のあれこれに流されず、 繰り返すことは、退屈なことなの?」 「昨日を越えたくて、明日を新しくしたくて、 走り続けることは、無意味なことなの?」 「答えの見えない道の途中で、 信じ続ける強さを知ったあなたは、 もういないの?」 「安楽な暮らしに手を伸ばし始めると、 人は流した涙や汗に冷たくなるの?」 カーブの向こうから どっと秋が現れ、わたしを貫いた。 |
たっぷり薪を用意すると、 密かに厳冬の夜を夢見る。 しっかり守りを固めると、 密かに大嵐を待ち侘びる。 きちんと作戦を立てると、 密かに敵役を探し始める。 がっちり兵糧を蓄えると、 密かに孤立を招きたがる。 どっさり希望をつかむと、 密かに悲劇を思ってみる。 まっすぐ道が見え出すと、 密かに紆余曲折を求める。 そのように、ある日突然 おそろしい物語が始まる。 |
オートバイに乗り続けなくても 人は暮らしていける。 (勿論さ。でもね) 生きるためにオートバイに乗る者は、 きっといる。 心を確かめたくて風に飛び込む者は、 きっといる。 走った距離と時間で闇を埋める者は、 きっといる。 ひとり自分の答えを抱きしめるしかないから、 轟々たる晩秋に染まる者は、 きっといる。 |
その日、 秋の姿は、今日のままですか? 此処に帰り立つ私は、 にっこり笑っていられますか? 許せない者どもの影は、もはや霧散し、 穏やかな夕暮れですか? その日、 秋の色は、今日のままですか? 此処に一人立つ私は、 心を朱に染めていられますか? 共に闘った者の記憶は、けして眠らず、 燃える様な夕暮れですか? その日、 ここに秋は、あるのでしょうか? 長い旅路に出る私は、 惜別の涙を流せるのでしょうか? この地を求めた理由は、ついに語らず、 ただ静かな夕暮れですか? |
違うんだな。 わたしが綴っているのはね、 少し違うんだよ。 君の企画書のように もっともらしい未来のことなど、 一行も書いてはいないのさ。 (待ち受ける闇を明らかにしているだけさ) 君の報告書のように すべてうまくいったなんて嘘は、 一行も記してはいないのさ。 (葬られていった魂を記録しているだけさ) 君の誓約書のように 宝の在処をすべて明かすなんて、 一行も謳ってはいないのさ。 (地獄の日々に咲く花を写しているだけさ) |
答えのわかっている問題に向き合うこともある。 (そうさ、眉間に皺を刻んでみせるのさ) 正解への道筋が明かされ、 どよめき揺れる群を離れる日まで、 考え続ける私でいる。 結果の見えている大博打に出ることだってある。 (そうさ、手に汗を握り挑んでみせるのさ) 大当たりの波が押し寄せ、 歓喜と悲鳴の群を見捨てる日まで、 賭け続ける私でいる。 行く末が見えてしまう場所に生きることもある。 (そうさ、懸命に未来を探ってみせるのさ) 時代の必然に飲み込まれて、 嘆息と諦観の群に決別する日まで、 演じ続ける私でいる。 |
明日を知りたくて、灯を求める。 一刻も早く知りたくて、 ついに大切なものに火を放つ。 夢を燃やす。 塒を燃やす。 志を燃やす。 道を燃やす。 今日という日を炎に包む。 嘘という薪まで投げ込んで燃やす。 風さえ炭化するまで燃やす。 (結局、明日など幻だったことがわかる) すべてを知り、秋の道端に佇んでいたのは、 黒こげの私か、歳月の影か。 |
右から左へ、 あるいは左から右へ。 東から西へ、 あるいは北から南へ。 動き続けることで成り立つことがある。 特段の意味も無いその運動は、 誰かの思惑や義務がからんで加速する。 今日も誰かが 右から左へ、 あるいは左から右へ流れていく。 明日も何かが、 東から西へ、 あるいは北から南へ場所を移す。 そのような循環の輪でさえ 動かせないものがある。 (それはね、心さ) 此処に居て、心は彼方にあり、 彼方に居て、心は此処にある。 中心線を持ってしまったものは、 けして流されない。 いつも静かに川の中で水を眺めている。 永久に微笑み空の中で雲を見送っている。 |
あなたが、わたしにイライラしたところで、 わたしはスキップする。 この歩調は思い通りだから、 ますます苛立たせてあげる。 あなたが、わたしをにがにがしく思っても、 わたしは丘を渡り歩く。 この道程は予定通りだから、 ますます落胆させてあげる。 あなたが、わたしにあれこれ石を投げても、 わたしは次の頂へ発つ。 この秋空はとても高いから、 ますます悪意の礫は届かない。 そうなのさ、わたしはね、そうなのさ。 図に乗ってズンズンと、 新しい楽園へ驀進するのさ。 遠ざかり転落するあなたを懐かしみ、 空高く口笛を吹くのさ。 風を抱き踊り狂うのさ。 |
調子はずれの楽器が、 最高の舞台に立ち、 得意満面で名曲を奏でている。 音は裏返り、 あやしく震え、 とうとう道を踏み外す。 その様(ザマ)を静かに眺める。 わたしの娯楽だ。ひそかな贅沢だ。 勘違いの全力投球ほど、 おもしろ可笑しいものは無い。 (何より、ためになる) 十数年楽しんでいるが、飽きない。 すべては世間に晒されていると思うほどに、 その眺めは、ありえない。 刻一刻傾いていくものの哀れを想うほどに、 その風景は、すさまじい。 (金を払ってでも観ていたくなる) |
弓を使える者は戦へ出ていった。 そうでない者達は村に残った。 村では子供に弓を教えた。 弓の名手は不在だから、 戦を知らぬ大人が教えた。 結局、的を射ぬけない群が村を守った。 ある日、弓の使い手が村に帰ってみれば、 故郷は、幾多の急襲を受け荒れ果てていた。 そこに生き延びた大人が現れ、 弓使いをののしった。 「所詮お前は弓と戦しか知らぬ者だ」 「お前は教育者にも指導者にもなれない」 弓の使い手は居場所を失い戦に戻った。 ある日、戦場に村の噂が流れた。 弓を知らぬ指導者が、 弓という弓をへし折り、焼き払ったという。 弓のかわりに鉄砲を買いあさったという。 鉄砲の構造を熟知しているという理由で、 村を支配したという。 こともあろうに、子供達に鉄砲を持たせ、 隣村に戦を仕掛けたという。 弾はことごとく的を外し、全滅したという。 村の子供達は矢の雨の中に倒れたという。 |
旅先で嵐に遭う。 橋が流され道が断たれる。 進むことも引くことも出来ない。 復旧に5年かかると告げられる。 (是非もない) まずは、慌ただしく暮しを整えることだ。 それで、瞬く間に1年が過ぎる。 そして、仕事をかき集め汗をかくことだ。 それで、瞬く間に2年が過ぎる。 更には、友と酒を酌み交わし語ることだ。 それで、瞬く間に3年が過ぎる。 時には、分厚い小説を読みあさることだ。 それで、瞬く間に4年が過ぎる。 ついに、あと一年しかないことに気付く。 その時、5年は過ぎたも同然だ。 何事も無かったように旅を再開する。 そんな時期もあったな、と 橋を振り返り微笑む。 (人生は、その繰り返しだよ) |
君が走り続けるのはね、 誰のためでもないのさ。 もしかすると 君にさえ理由がわからないことさ。 (ただ、確かなことは) 走っている時には、 笑顔だったはずだ。 善良だったはずだ。 無垢だったはずだ。 流れ来るものを美しいと思えたはずだ。 流れ去ったもの達と和解出来たはずだ。 道の先に明日の後ろ姿が見えたはずだ。 人生の最先端に立つ瞬間だったはずだ。 風を胸板に受けて言葉が溢れたはずだ。 カーブの奥に真実を追いかけたはずだ。 轟々たる空の下で静寂を聞いたはずだ。 孤独の中で帰るべき所を悟ったはずだ。 移ろう光の中に自分の影を見たはずだ。 ただそれだけのことで、 走り続ける理由は遂にわからない。 |
つらい話を切り出す時に、 天気の話から始めなくていいんだよ。 迷いなく結論を告げるんだよ。いいね。 希望を持たせちゃ、可哀想だからね。 覚悟した人間を斬る時に、 身の上話なんかしなくていいんだよ。 間髪入れず終わらせるんだよ。いいね。 なごませた後じゃ、残酷過ぎるから。 十字架を背負わせる時に、 天国の話なんてしなくていいんだよ。 罪の重さを静かに渡すんだよ。いいね。 心軽くした後じゃ、担げないからね。 待ち受けているものを はっきり示してあげるんだよ。 (それが思いやりだよ) |
王様は、その絵描きの男が許せなかった。 来る日も来る日も、 男は、城のまわりの山や川に向き合い、 絵筆を走らせた。 降る日も照る日も、 男は、城下の風や時の流れを受け止め、 絵筆に吸い取った。 王様は我慢ならなくなった。 「あの者が描く絵のおかげで、 城の備えはまる見えだ。実に危険だ」 王様は、ついに絵描きの男を追放した。 「これで描き続けられまい」そう確信した。 絵描きが姿を消して間もなく、 王様のもとへ見覚えのある絵が毎日届いた。 どの絵にも城と周囲の風景が描かれていた。 絵描きの男は、膨大なスケッチを残していたのだ。 樹木の線や光の色や風の匂いまで 心に描き溜めていたのだ。 そこに暮らしてはいなくても、 愛した場所のことならいくらでも描ける。 (題材は無尽蔵だ) やがて異郷の地で男の絵は広く関心を呼んだ。 その絵によって城と王の秘密は明らかになり、 地平の彼方まで知れ渡った。 |
凍る季節がやって来る。 幾度の冬を数えるのか、 凍てつく夜が押寄せる。 だから今日も森に入り、 夢中で薪を拾い集める。 今日という日の記憶を、 狂った様にかき集める。 来年の今日の為に。再来年の今日の為に。 その次の年の今日の為に薪を拾い集める。 (それは、つまり) 未来の自分へ手渡す今日の思いだ。 綴り続ける志を支える題材なのだ。 未来の私よ思い出してくれるか。 歳月の重さに潰されそうな私が、 旅立つ決心をしたこの秋の事を。 故郷を離れて暮らす日々の為に、 精一杯の記憶を刻んだ秋の事を。 風にまじる濡れ落ち葉の匂いや、 少し霞んで連なる山並みの影を 昨日の事の様に思い出してくれ。 この秋の風景に魂を入れてくれ。 再び此処に立つ日を思ってくれ。 今日の記憶を燃やし耐えてくれ。 |