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イワテバイクライフ 2009年11月前半
そうありたいと願うことは、 行動の起点だ。 では、どうありたいのか。 それを知るために 人は何もせず閉じ籠もることもある。 そう伝えたいと志すことは、 表現の原点だ。 では、表わすべきは何か。 それを知るために 人は思い描いた夢を焼くこともある。 そう生きたいと祈ることは、 日々の基本だ。 では、求める道とは何だ。 それを知るために、 人は冬空の下に飛び出すこともある。 |
雪が降り出した。宵闇が白く染まった。 老夫婦は、プラットホームのベンチに座っていた。 「ねえ、あなた。 こうしていれば、列車がやって来て、 あたたかい所へ連れて行ってくれるのね。 楽なものね。ありがたいことね。」 「そうだね。まったくだね。 でもね、列車を降りずに、 窓に流れる季節を楽しんでいてもいいんだよ。 すると、やがて列車は、 ぐるり歳月を一周してね、 また此処に戻って来るのさ。春の頃にはね」 「まあ、うれしい旅なのね。 でも、その日、 私たちを覚えている駅員さんはいるかしら」 「そうだね。みんな旅の途中だからね。 もしかすると、この駅も無いかもしれないね。」 「まあ、さみしい話。」 「そうだね。さみしい話だね」 闇の彼方に汽笛を聞いた気がして、 二人は、肩の雪をはらった。 |
あなた、考え過ぎよ。 その男の沈黙はね、 言うべき事を持たないだけなのよ。 何も打つ手が無いだけ。それだけ。 (深い意味なんてありゃしない) あなた、構え過ぎよ。 その男の不遜はね、 常識を知らずに育っただけなのよ。 振る舞い様が無いだけ。それだけ。 (何も思惑なんてありゃしない) あなた、疑い過ぎよ。 その男の狡さはね、 本能のまま走っているだけなのよ。 欲に従うほか無いだけ。それだけ。 (気の利いた嘘もありゃしない) あなたがどうのこうのという話じゃないのよ。 そいつが、それだけのものだというお話よ。 (正体を眺めていればいいのよ) |
俺が孤立無援だった時代、 お前は、まだ設計図にすらなかった。 俺が此処に流れ着いた日、 お前は、まだ溶鉱炉にさえ無かった。 俺が迷い苦しんでいた秋、 お前は、まだ太平洋上の船底だった。 俺がすべて乗り越えた冬、 お前は、ようやく横浜港に揚がった。 俺が未来を予感できた朝、 お前は、此処に辿り着き俺を待った。 俺が波乱を覚悟した夕刻、 お前は、俺の目前で開封されたのだ。 ついに合流した者よ。 どうか俺の歳月を優しく運んでくれ。 どうか俺の狂気を笑って流してくれ。 |
昨日の件ですが、忘れていただけますか。 私、ちょいと旅に出ますので。 (いえね、目的の無い旅です) ですから、話の続きは、 幾度か春を数えた後にしていただけませんか。 例の約束ですが、猶予して貰えませんか。 私、ちょいと退席しますので。 (いえね、恒例の野暮用です) ですから、道の続きは、 幾度か夏を数えた後にしていただけませんか。 例の計画ですが、遠回りは出来ませんか。 私、ちょいと道草しますので。 (いえね、単なる暇潰しです) ですから、夢の続きは、 幾度か秋を数えた後にしていただけませんか。 もし、幾度冬を数えても私が戻らなかったら、 私の記憶を焼き払って貰えませんか? 無意味な歳月に力尽きたと御想像いただき、 灰にして貰えませんか? |
僕ら夫婦は、乳飲み子を抱え アフリカのある村に辿り着いた。 不思議に木造の日本家屋があり、 暮らし始めたのだが、 やがて、その村が諍いの村であることを知る。 多くの人々が、ひどい暴力の果てに 切り刻まれ、焼かれていく。 けれど、僕ら日本人に対し、 彼らは、けして手を出さない。 肉片や骨の焼ける匂いに麻痺した頃、 村にもうひと組、日本人の夫婦が住みつく。 善良な二人が、ある日、僕らの子供を連れ去り、 自分たちの子供だと主張する。 双方の夫婦に味方して村は二つに割れた。 僕らの庭(ジャパニーズガーデン)は、 凄惨な主戦場と化す。 台所の隅で、夫婦は腐ったにぎり飯を頬張り、 雨戸を叩き割る音を聞いている。 斧を握りしめた手が震える。 そんな夢を見た。おそろしく生温かい朝だった。 |
「あなた様は、たぶん ご立派なお方なのでしょう」 そう言ったまま言葉の絶えた受話器に、 青春の求愛は頓挫し、 人の世の視界が開けた気がしたのだ。 愛するひとを 休ませ、和ませ、満たし、幸福にする。 そのために膨大な研鑽と経験を積む。 深く豊かな精神の湖水を広げる。 無垢で純で優しく、多芸で博識で・・・。 それで、ようやく愛されるというわけか。 (なるほど、ご立派なことだ) あれから、 失恋は歳月の果てに流れ去ったのだが、 私は、未だに「ご立派」とは無縁だ。 今日も、先が見えない決断をして、 その決心に見合った苦難を引き受け、 途方に暮れている。 そんな私に、いつも通り寄り添ってくれるのは、 妻よ、君ひとりだ。 |
きっぱりと断ち切る。 大したことじゃない。 問題は、その後だよ。 未練があると揺れる。 悔いがあると乱れる。 面影があると震える。 それがわかっていて、 きっぱり切り捨てる。 問題は、その先だよ。 変化が無いと萎える。 意義が無いと凍える。 展開が無いと絶える。 それがわかっていて、 きっぱり止めるなら、 覚えておくといいよ。 取り返しがつかない ものごとの中にこそ、 教訓がひそんでいる。 手遅れになってから、 やっとそれに気付く。 |
なにかに出会い、 なにかを選び取り、 なにかを捨てる。 それはね、今日の心のことさ。 今日に限って言葉に出来る話さ。 明日になれば、 選んだ理由も、 捨てた理由も、 探し出せないことがある。 本当に選ばなくちゃいけなかったのか。 本当に捨てなくちゃいけなかったのか。 それほどのものだったのか。 それを確かめるために 生きるんだよ。 |
何かひとつ方針が決まったところから、 ものごとは本当に動き出す。 方針を離れ、方針を否定し、方針を破棄し、 ついに、方針とは正反対の結論へおさまる。 (そんなものだよ) 君が北をめざすと言い切るから、 道は途絶え、南に道ができるんだよ。 君が春を描いてくと決めるから、 空は暗転し、季節は冬になるんだよ。 君が此処を終の棲家と言うから、 意地でも阻止する影が現れるんだよ。 だからね。 ひとつ方針が決まっても、 それで安心してはいけない。 それで諦めてもいけない。 (逆転のための時間はたっぷりあるからね) |
ねえ、俺はね、今日、決めたんだよ。 馬鹿馬鹿しい嵐が去ったら、 このシートに君を乗せて旅に出ると、 決めたんだよ。 何を語ろうと、 どう振る舞おうと、 何を夢見ようと、 誰にも咎められない朝、 こいつに火を入れようと思うんだ。 出会った土地。 親になった街。 光り輝いた時。 黙り込んだ日。 復活した場所。 心を決めた丘。 それらひとつひとつを訪ね、慈しみ、 心からの涙を流し、 「じゃあ、またね。元気でね」と 別れを告げるために、 君をこいつに乗せて出掛けてみたい。 感傷にひたることさえ許されなかった俺たちには、 そんな旅が必要なんだと思う。 |
その女は、 用もないのに私のそばで じっとしているから、 身の上話のひとつもしてあげる。 嘘をしのばせ話してあげる。 (さあ、早く持っておいき) 私を探る者へ届けておくれ。 その男は、 わけもなく私にすり寄り 同調してみせるから、 理想や計画など披露してあげる。 毒をしのばせ語ってあげる。 (さあ、早く拾っておいき) 私を窺う者へ届けておくれ。 その群は、 音もなく私を取り囲んで 仲間などを装うから、 秘密の道や扉を明かしてあげる。 罠をしのばせ教えてあげる。 (さあ、早く盗っておいき) 私を憎む者へ届けておくれ。 |
うれしさを噛み締めている者に、 わたしは、微笑んで頷くだけだ。 大袈裟な拍手や讃辞はいらない。 こみあげる感動の邪魔はしない。 知ったような顔で肩を叩かない。 (喜びが器にみたされるまで) 激しい痛みをこらえている者に、 わたしは、口を噤み俯くだけだ。 大袈裟な心配や見舞はいらない。 耐えて忍ぶ意志の邪魔はしない。 その場限りの気休めを言わない。 (苦しみが器から消えるまで) ※本文は画像と一切関係ありません。 |
崩れていく理由など 誰だって知っている。 けれどそんなことを わざわざ告げる者は ついに現れないのさ。 腐っていく仕組など 誰もが気付いている。 けれどそんなことを あえて口にする者は けして出て来ないさ。 正されることを不名誉に思う者に、 誰が真実なんか告げるというのだ。 頂に居座りうっとりしている者に、 誰が明日の嵐を伝えるというのだ。 平穏であればうれしいだけの者に、 誰が闘う術など明かすというのだ。 (歳月よ、さっさと掃き捨てろ) |
ひとつとして 同じことには ならないのだ。 繰り返すほど 同じ道程には ならないのだ。 思い描くほど 同じ結末には ならないのだ。 (それはね) 昨日とは違う天地だからさ。 さっきとは違う風だからさ。 あの日とは違う私だからさ。 心はみるみる移ろうからさ。 (それでもね) めざすものを夢に見るのさ。 どうありたいのか思うのさ。 その瞬間を掴み取るまでね。 |